第325話 グレートマザー
「エレノアちゃん!!ああ……よく……よく無事で……!!」
バッシュ公爵領にきてからこっち、まだ3日目にもかかわらず、すっかり勝手知る状態になった離れのサロン。
そこで待ち構えていた聖女様ことアリアさんが私を抱き締めながら、感極まったように声を詰まらせる。
うわぁ……。フカフカして柔らかい。それにとっても甘くていい香り……。
普段、逞しい男性達の、のっぺり固い胸に抱き締められ慣れているので、まさに、『ザ☆母』といった大人の女性の身体に包まれた私は、恐れ多くも心配全開で私を抱き締めるアリアさんに対し、心の中でセクハラ発言をしてしまいました。どうも済みませんです。
そんな中、沢山の視線を感じ、抱き締められながら周囲を見てみると、ウィルやミアさんを筆頭に、バッシュ公爵家王都邸の使用人のみんなが、目を潤ませて私を見つめていた。
更に今回、牧場について来られなかった近衛騎士の皆さんまでもが勢揃いして、同じく目元をそっと拭っている。皆さん、本当にご心配おかけしました!
「聖女様……。ご心配おかけして、本当に申し訳ありません」
心の中で皆に謝罪した後、聖女様にも心配させてしまったお詫びを述べる。
すると、聖女様はおもむろに抱き締めていた私から身体を離した。
「違うでしょう?エレノアちゃん!」
「えっ!?」
し、謝罪……軽かったですか?あっ、それとも心の中でとはいえ、アリアさんより皆への謝罪が先だった事を見抜かれた!?
「ここは『心配かけて御免なさい、お母様』って言ってくれなきゃ!」
「は……はぁ?」
思わず、間の抜けた声が出てしまった。
私の顔を覗き込むようにして、プンプン怒っているアリアさん、四人の子供がいるとは思えない程、若々しく愛らしい……んだけど、どさくさ紛れに「母」呼び強要って……。ここらへんがやっぱり肝っ玉母さんですよね。
そんなアリアさんの暴走(?)に対し、反応したのは本邸の騎士達だった。
「せ、聖女様がっ!?」「お、お嬢様に……お母様呼びを!?」……なんて声が後ろから聞こえてくる。
ちなみに、近衛の皆さんは慣れっこって感じ。……そうだよね。王宮でカオスな現場に何度も遭遇しちゃってるもんね。
ひょっとしてクリス団長達も、いずれはこういう状況に慣れていくのかもしれない。
「……聖女様。まだ殿下方は(仮)ですので。それに、いくら聖女様ご自身が望まれようとも、身内でもない者が、恐れ多くも聖女様を「母」と呼ぶ訳にはまいりません。そこの所を、どうかご理解下さいませ」
背後に黒い魔力を揺らめかせながら、アルカイックスマイル全開のオリヴァー兄様がやんわりとアリアさんに進言する。
ちなみにこれを要約すると「まだ貴女の息子の婚約者でもないのに、母と呼ばそうなんてずうずうしい」……です。
ひえぇぇ!!オリヴァー兄様、不敬なんてもんじゃないー!!
ほらー!クリス団長達、顔色真っ青だし、近衛の皆さん青筋立ててますよー?!
ウィル達だって……あれ?皆『その通り』って顔して頷いてる。クライヴ兄様やセドリックも言うに及ばず。貴方達、聖女様相手でもぶれませんね!?
「あら?でも私、一応『国母』でしょう?という事は、このアルバ王国の国民全員の母でもある訳なんだから、問題ないわよ?なんだったらオリヴァー君も私の事「母様」と呼んでいいのよ?」
「――ッ!」
ああっ!オリヴァー兄様の先制攻撃にもひるまず、聖母の微笑を浮かべながら、アリアさんがボディブローを放った!
それをもろに喰らったオリヴァー兄様、顔を赤くして二の句が継げない!ま、まさに母は強し……!というより、アリアさんが強い!
あっ!よく見たら、周囲の男性陣全てが顔を赤くして(多分感激のあまり)震えている!クリス団長達なんて、片膝突いて祈り始めちゃったよ!しかもあのティルまで!さ、流石は聖女様。第三勢力からも敬われているとは!
「さあ!そういう訳でエレノアちゃん!『アリア母様』って言ってちょうだい!」
……何が「そういう訳」なのかはよく分からないけど、この場においてグレートマザーのお言葉に逆らう訳にはいかない。
「ア……アリア……かあさま?」
真っ赤になりながら、上目遣いでモジモジとそう口にした途端、「んんっ!」と声を上げたアリアさんが、顔を両手で覆って身体を震わせ始めた。えっ!?ア。アリアさん。どうしたんですか!?
すると周囲からも「ふぐっ!」「くっ!」といった呻き声と共に、バタバタバタッと何かが崩れ落ちる音が聞こえてきて、慌てて周囲を見回す。
すると、兄様方やセドリック以外の人達(イーサン含む)が、いつものお約束とばかりに胸に手を充てながら、膝を突いたり倒れ果てたりしていたのだった。まさに屍累々。しかもよく見れば、兄様方やセドリックも顔を手で覆って震えている。
皆、しっかり!!……ってかこれ、見慣れた光景なんだけど、なんでいつもこうなっちゃうの!?
「と……尊い……!!可愛い娘に母と呼ばれるのが、これ程胸にクるなんて思わなかったわ……!!ああっ!息子達に発破かけて、早く(仮)取れるようにしなくちゃ……!」
周囲の様子にオロオロしていると、アリアさんが何やら小声で呟いている。それについて、真っ赤になった顔を手で覆っていたリアムがコクコク頷いている……?
「お……お嬢様の恥じらいながらの上目遣い……!尊すぎる……!!」
「ひ、久々に見たから……腰と膝が……!」
「姫騎士の恥じらい……なんという眼福か……!!」
「聖女様とご一緒という神配置が……たまらん!真面目に死ねる……!!」
「くっ……!今のこの一瞬を後世に残せたら……!!何故私はこの場に画家を配しておかなかったのだ!なんたる不覚!自分自身を殴りたい!!」
……最後の言葉、イーサンかな?
というか、何でこの場に画家を配する必要があるのかな?あっ、聖女様か!
うんうん、聖女様と直接お目にかかれる機会なんて一生にあるかないかだからね。そりゃあ記録として残したいよね。
ふふっ。イーサンもしっかり、アルバの男だったんだね。
――バンッ!!
「エルーッ!」
「うひゃぁ!」
突然ドアが派手に開け放たれた……と思った次の瞬間、浮遊感を感じる間もなく、私の身体は誰かにスッポリと抱き締められていた。
「お前!大丈夫かっ!?
「デ……ディーさん……」
「おう!……ん、よしよし。怪我はしてねぇみたいだな!」
私の顔をのぞき込んでホッとしているディーさんを見ながら顔が引き攣る。
い、いや怪我人は貴方ですがな!!なんですか、そのズタボロっぷりは!?
「どわっ!」
ディーさんが叫んだ一瞬後、私の目の前でディーさんが受け身を取りながらこちらを睨み付ける。
「ヒュー!何しやがる!!」
「……ちっ!かわしたか……」
んん!?えっ!?ヒ、ヒューさん!?
いつのまにやら私、ヒューさんに片手で抱き上げられていた。しかもヒューさんもディーさん程ではないけど、かなりボロボロな状態だ。
「ったく……。完全に落ちたと思っていたから、エル君の事口にしたってのに、まだそれだけ元気だったとは。あの脳筋、無駄に鍛え上げやがって……!」
忌々しげにヒューさんが悪態をつく。
って、あの脳筋ってまさか、グランド父様ですかね?!というかヒューさん、口調!!
「師匠との修行を無駄って言ってんじゃねーよ!だいたい、最愛の女の一大事に奮い立たねぇ男なんざ、アルバの男じゃねぇ!!」
「ほぼ一方通行ですがね!!」
「やかましいわ!!」
バチバチと火花を散らすヒューさんとディーさん。
そんな二人のやり取りを、いきなりの乱入に思わず剣に手をかけ固まりながら凝視していたクリス団長達が、思わずといったようにざわめきだす。
「え!?デ、ディラン殿下……!?」
「い、今殿下、愛しい女って……」
「エレノアお嬢様!王家直系、二人も喰っちゃったんすか!?」
ティルー!表現!!あ、目にもとまらぬ早さでイーサンがティルをぶちのめした!
「……お前達。分かっていると思いますが……」
「はっ!心得まして御座います!」
言葉と共に視線を向けられ、クリス団長達が一斉に背筋を伸ばした。
「宜しい。……ではひとまず、そこに倒れ伏している生ゴミを連れて退室するように。貴方がたもです。全員この場から立ち去りなさい」
イーサンの有無を言わせぬ態度に、近衛騎士達が一瞬殺気立つが、ヒューさんがそれに同意し、近衛騎士達を一瞥すると、たちどころに殺気を引っ込め、一礼した後サロンを出て行く。
ウィル達やクリス団長達もそれに倣い、共に出て行った。……生ゴミと呼ばれたティルを引きずりながら。
そしてこの場には、私や兄様達、王家関係者達、そしてイーサンのみが残った。
イーサンはおもむろに魔法陣を展開させる。多分だけどあれは……防音結界……?
「さて、皆様。おかけになってください。……ところでそこの貴方。いつまでお嬢様を抱き上げてるんですか?ぶっ殺しますよ?」
イ、イーサン!言い方!
あっ!ヒューさんのこめかみに青筋がっ!
それでも何も言わず、ヒューさんが私を床に下ろすと、オリヴァー兄様が、すかさず手を出そうとしたディーさんを牽制しながら私を確保し、サッサとソファーに腰掛けてしまった。
文句を言おうとしたであろうディーさんですが、アリアさんに耳を引っ張られ、傍にあったソファーに無理矢理座らされていました。やはり母は強し!
そんなこんなでクライヴ兄様、セドリック、リアムも次々とソファーに腰を下ろす。
「それでは、今より重要な報告をさせて頂きます」
そう言うとイーサンは、眼鏡のフレームを指でクイッと上げた。
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エレノアは勘違いしていますが、イーサン、「アルバの男」だからではなく、「バッシュ公爵家関連の男」だからが正しいです。
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