第321話 猜疑心と怒り【エルモア・ゾラ視点】
それにしても、私が今探している『コメ』という穀物。これは本当に存在するものなのだろうか?
なんでもエレノアお嬢様の「どうしても食べたい」との強い要望があり、公爵様がお嬢様の誕生日プレゼントにと望まれているとか……。
だがこの数ヵ月、国内外のありとあらゆる伝手を使い、似たようなものがあれば、外国にも自ら赴いているというのに、そのことごとくが空振りに終わってしまうのだ。
焦りと共に、段々と私の心に疑念が湧いてくる。
そもそも何故、深層のご令嬢であるエレノアお嬢様が『コメ』などという未知の植物をご存じなのか。
エレノアお嬢様は領地を田舎だと馬鹿にし、ほとんど寄りつかず、そのうえあの人格者であられるアイザック様のご息女とは思えない程我儘なお方だと聞いた事がある。
しかもあの、『貴族の中の貴族』と称される程に優秀なご婚約者様をないがしろにし、自分好みの男性を手当たり次第に婚約者にしているとも……。
次期宰相であり、このバッシュ公爵領の誇るご当主様であられるアイザック様の、エレノアお嬢様に対する溺愛ぶりは有名だ。
貴族のご令嬢方が我儘なのは当たり前の事ではあるが、もしお嬢様が噂通りのお方だったとすれば、お嬢様は、我々が右往左往するさまを楽しまれる為、ありもしない架空の穀物をお父上に強請られたのではないだろうか……?
いや、いくらなんでもそのような事。……だが実際、伝え聞くお嬢様の評判は、どれも芳しいものではない。
私の脳裏に、愛する娘の顔が浮かんだ。
貴族になったのだからと、王立学院への入学を進めた私に対し、「王都に行くよりも、この領地の為に私が出来る事をしたいのです」と、言っていた……誰よりも優しく、そして美しい娘。
王立学院には、国中の貴族の子供達が通っている。当然、数多のご令嬢方もだ。
優しく美しい娘が王立学院に通えば、どの貴族の子弟達の心も虜にしてしまうに違いない。そうなれば、どれ程のご令嬢方の憎しみと嫉妬が娘に向かうか……。しかも今現在、エレノアお嬢様も学院に通われているのだ。
もしお嬢様が噂通りのお方だったとしたら、きっと娘は目を付けられ、その身に危険が及んだに違いない。娘が王立学院に通わなくて、本当に良かった。
そして私がエレノアお嬢様に対し猜疑心を抱いた丁度その時、当のエレノアお嬢様が本邸に来られると、イーサン様から連絡を受けたのだった。
本邸の管理者として、エレノアお嬢様をお迎えすべくバッシュ公爵領に赴こうとしたその矢先、滅多に我が国に訪れないとされている、東方の小国が、『コメ』らしき穀物を持ってヴァンドーム領内の港に寄港したとの情報がもたらされた。
私は部下に『コメ』の捜索を命じ、自分はバッシュ公爵領に戻ろうとしたが、間が悪い事に部下達は全て出払っており、私が直接赴く以外方法が無くなってしまったのだ。
だが、管理者として主家の姫であるエレノアお嬢様に不義理を行う事は出来ない。
……それに、お嬢様とフローレンスを会わせる事に不安もあった。何か不測の事態が起こった時に、私が傍に居て娘を守ってやらなくては。
私はイーサン様に魔導通信でご指示を仰いだ。すると、「お嬢様はそのような事を気にされるお方ではないから、そのまま己の仕事を進めるように」と告げられてしまったのだ。
当主代行のお一人であるイーサン様にそう言われてしまえば、そのお言葉を無視してバッシュ公爵領に戻る訳にもいかない。
私は後ろ髪を引かれながら、その指示に従い、港へと向かったが、結論から言うと、今回も空振りであった。
意気消沈しつつも、取り敢えずバッシュ公爵領に戻ろうとした私の元に、信じられない報告が飛び込んで来た。
なんと、妻と娘がバッシュ公爵家本邸から追い出されたというのだ。
私が懸念した通りの、最悪な事態が起こってしまった。
私は取るものも取らず、バッシュ公爵領に戻るや、自分の屋敷へと向かった。
そして戻った屋敷の中は、まるで火が消えたように消沈した雰囲気に満ちていた。
「だ、旦那様!」
「ロバート!マディナは!?それにフローレンスはどうしているのだ!?」
「そ……それが……」
出迎えてくれた執事の表情は悲壮感と焦燥に満ちたものであった。召使達の顔も総じて暗い。
「お父様!!」
「あなた!」
そんな中、私のかけがえのない宝である娘のフローレンスが、泣き腫らした顔をしながら、マディナに支えられ、こちらへとやってくる。
その痛々しい姿に、私の胸は張り裂けんばかりに痛んだ。
「ああ、フローレンス!」
「お、お父様ー!!」
私の名を呼び、胸に飛び込んで来た最愛の娘を、私は力一杯抱き締めた。
娘の話によれば、エレノアお嬢様は本邸に到着するなり、イーサン様に命じて妻と娘の部屋を移動させたとの事だった。
おまけに、集積市場への視察への案内をかって出た娘に対し、ご婚約者様に色目を使ったと立腹したお嬢様は、娘に対して冷たくあたり、周囲の者達も手のひらを返したようにお嬢様に迎合し、冷たい態度を取ったとの事だった。
私は怒りに震えながら、そんな娘の言葉に耳を傾けた。
更には農民達の特産物の視察の際、礼を失した者達に注意を促した事を逆手に娘を……フローレンスを責め立て、それを理由に本邸から追い出したのだという。
――エレノア・バッシュ!あの悪女め!!
激昂のあまり、思わず心の中で不敬極まる言葉を叫んでしまう。
「本邸の者達は、何をしているのだ!?誰もお前達を庇ってくれる者はいなかったのか!?」
「ええ。私もフローレンスも、釈明の機会も与えられず……。でも皆様はきっと、お嬢様の……いいえ、お嬢様のお父上であるバッシュ公爵様の怒りを買うのが恐ろしくて、逆らえなかったのでしょう」
そんな……!有り得ない!!
本邸を取り仕切るイーサン様ですら、二人を庇って下さらなかったのか!?
お嬢様の命令とはいえ、あれ程バッシュ公爵領の為に尽くした妻と娘を、用済みとばかりに追い出すだなんて。こんな非道がまかり通っていい筈がない。
「バッシュ公爵家に向かう!馬車の用意をさせろ!」
「だ、旦那様!?お待ち下さい!まずはバッシュ公爵家に先ぶれを出してから……!」
ロバートが慌てて私を止めようとするが、その制止を振り切り、私はバッシュ公爵家本邸へと向かった。
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ゾラ男爵……お米探しさせられておりました(゜Д゜;)
これぞ、実益も兼ねた隔離政策!(?)……うん、お米探索の件については、ゾラ男爵は怒ってもいいと思いますv
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