第318話 エルモア・ゾラ男爵

私は待ち構えていたミアさんとウィル、そして美容班の面々と共に本邸にある私の主寝室に向かうと、入浴・着替え・化粧(何故?)を急スピードでおこなう。


そして私同様、身支度を整えたオリヴァー兄様とクライヴ兄様によってエスコートされながら、ゾラ男爵の待つ応接室へと向かった。


「エレノア、先ぶれもなくやってきたのは相手の方だ。急いでやる必要なんざねーんだからな!」


クライヴ兄様が憮然としたように言い放つ。


うん、そうなんだよね。私は構わなかったけど、貴族間の常識で言えば、本来ならば訪問の際に先触れが前提なのだ。


主家の姫である私に挨拶をと気が急いたのかもしれないけど、今は状況が状況なだけに、イーサンが後日改めての顔合わせにしなかったのは、ちょっと意外だった。オリヴァー兄様も異を唱える事なく了承しているしね。


まあ、その代わりにクライヴ兄様が納得いかないって態度をあからさまに出してるけど。

それでも会うのを止めないのは、多分オリヴァー兄様に何かを言い含められたに違いない。


あ、ちなみにワーズですが、私の部屋の中に置いてあったフルーツに貪り付いていたので置いてきました。相変わらずというか、行動にブレがない奴である。


『ゾラ男爵か……。初めてお会いするなぁ』


なんといってもゾラ男爵といえば、あの・・フローレンス様のお父様なのだ。


フローレンス様とは、あの後まともに話もしないうちにお別れ……というか、イーサンが追い出したような形になってしまったから、なんとなく顔を合わせづらい。


けど皆の話によれば、若くして集積市場の統括になった程優秀な方だそうだから、色々と察してくれているだろう。というか、イーサンが先にちゃんとそうなった経緯を説明しているに違いない。


そのイーサンの話によれば、父様のお仕事の関係でこちらに帰ってくる事が出来ずにいたとの事だったけど、こうしてこちらに顔を出したという事は、ようやっとお仕事が一区切りついたのだろう。

丁度良いからご挨拶がてら、父様のお仕事を手伝って下さった事への感謝もお伝えしておくとしよう。


「お嬢様。お待ちしておりました」


イーサンに迎えられ、応接室へと足を踏み入れると、一人の男性が私達に向かい、深々と頭を垂れていた。多分この人がゾラ男爵なのだろう。


「お待たせいたしました。アイザック・バッシュの娘のエレノアです。ゾラ男爵様。どうぞお顔をお上げ下さい」


アルバ王国は、女性が絡むと色々と緩いけど、基本は身分が上の者が先に声がけをしなくては、目下の者が口を開く事は許されない(でもアルバ王国の場合、そこら辺も臨機応変らしいけど)


私の言葉に、ゆっくりと顔を上げたゾラ男爵は、やや黒に近い焦げ茶色の髪と瞳を持った、三十代後半といった年齢の美丈夫だった。

きりりと上がった濃い眉毛が、意志の強そうな顔立ちを際立たせている。元々やり手の大商人の家系だと言っていたが、まさにそんな感じに見える。


互いの視線が交錯した瞬間、その瞳に一瞬鋭いものが走ったような気がしたが、ゾラ男爵はフッと視線を下に向けると、再び深々と頭を垂れた。


「エルモア・ゾラに御座います。エレノアお嬢様におかれましては、ご健勝のご様子何よりでございます。先触れ無く訪れたにも関わらず拝顔の栄を賜り、感謝を申し上げると共にご挨拶が遅れました事、重ねてお詫び申し上げます」


「いいえゾラ男爵様。貴方様が我が領地の件で手が離せなかった事は承知しております。その事でお詫びなど仰らないで下さいませ」


「寛大なお言葉、まことに勿体なき事に御座います」


なんかこのまま謝罪合戦が続きそうな予感に、私は話題を変えるべく、努めてにこやかに声をかけた。


「あの、ゾラ男爵様。ご紹介いたします。私の兄であり、婚約者のオリヴァー・クロス伯爵令息と、クライヴ・オルセン子爵令息です」


私の言葉を受け、オリヴァー兄様は花が綻んだような麗しい微笑を浮かべ、クライヴ兄様は安定の無表情で、それぞれゾラ男爵に挨拶をした。


「初めましてゾラ男爵。私はクロス伯爵の嫡男、オリヴァー・クロスです。エレノア・バッシュ公爵令嬢の筆頭婚約者を拝命しております。そしてこちらは、私とエレノアの兄である、クライヴ・オルセン。オルセン子爵の嫡男です」


「初めまして。ゾラ男爵」


「こ、これはご丁寧に……。エルモア・ゾラで御座います。どうぞお見知りおきを」


ゾラ男爵は、兄様方の顔面破壊力と言う名の圧に気圧されたようにそう述べると、深々と礼をとった。

ありゃ。余計に緊張させちゃったみたいだ。


「ゾラ男爵様。立ち話もなんですし、どうぞおかけ下さいませ」


「は、はい。では、お言葉に甘えまして……失礼致します」


ゾラ男爵にソファーに座るよう勧めた後、私も彼と対座する形でソファーへと腰かける。

オリヴァー兄様はというと、私の横に腰かけ、クライヴ兄様はソファーに座らず、私が座ったソファーの後方に立っている。


これって、筆頭婚約者と自分の立場を明確にしてる……んじゃないよね。


クライヴ兄様の纏う研ぎ澄まされた空気。多分何があっても対応できるように、わざと立ったままでいるんだろうな。


ちなみにイーサンは、私とゾラ男爵の丁度中間の場所に立って控えていた。


そうしてテーブルにお茶とお菓子が運ばれ、私達は互いに当たり障りのない会話を始めた。


「昨日、お嬢様はどちらに行かれたのでしょうか?」


ゾラ男爵の言葉に、私は内心で首を傾げる。あれ?イーサン、ゾラ男爵に昨日の話をしていないのかな?


「あ、私は昨日、クライヴ兄様と一緒に集積市場に視察に行ったのです。その際、フローレンス様ともご一緒致しました」


娘さんの名前を出したら、ゾラ男爵の肩がピクリと動いた。あれれ?本当にイーサン、何もゾラ男爵に話していないのかな?


「……そうですか……。娘と集積市場に……」


「ええ。流石はアルバ王国が誇る一大穀物産地と感心してしまう程、野菜も果物も素晴らしい出来栄えでした。なにより皆活気に溢れていて……。我が領地ながら、とても誇らしい気持ちになりましたわ。そういえばゾラ男爵様は、あの市場の統括をされているのでしたっけね?」


「はい。若輩ながら、少しでもバッシュ公爵領の為になれば……と、日々粉骨砕身させて頂いております。ですが、せっかくエレノアお嬢様がいらっしゃったというのに、あの場でご挨拶出来なかった事は、まことに痛恨の極みで御座います」


そう言うとゾラ男爵は心底悔いているといったように眉を顰め、私に対して深々と頭を下げた。


「ゾラ男爵様、どうかお顔をお上げ下さいませ。バッシュ公爵領の為に働いておられ、その所為で戻られなかったのでしょう?それなのに、どうして責める事ができましょうか。それになにより、私や父の代わりにバッシュ公爵領と本邸の管理までして頂いているのですもの。本当に、有難う御座います。心から感謝しております」


そこで、ゾラ男爵の肩がピクリと反応した。


その顔には、なにやら複雑な感情が入り混じったような表情を浮かんでいるように見えた。


「……まことに……そう思っておられるのでしょうか?」


「え?」


「ならば何故……。私の代理として、こちらに滞在しておりました我が妻と娘を追い出されたのでしょうか?」


低い声が絞り出すようにゾラ男爵の口から洩れる。表情は一変し、強い憤りを湛えた視線が鋭く私を射貫いた。



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エルモア・ゾラ男爵登場!

どういうつもりで来たかって、文句いうつもりで来たもよう。

なんて命知らずな……(;゜д゜)ゴクリ…

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