第317話 本邸への帰還と予期せぬ来訪者

その後、私が牧場の皆さん方に「祈らないで下さい!お願いだから普通にしてー!」と必死に懇願している間、オリヴァー兄様とクライヴ兄様は、クリス団長と互いの情報のすり合わせと、今後の話し合いを行っている。

あ、ちなみにワーズはというと、私の肩にとまって寛いでいます。


他の騎士達はというと、牧場内部の偵察を行っている。……チラリと聞いた話によれば、今回の魔獣の襲撃には、とある国の陰謀が絡んでいるのだとか。


そして魔獣を使い、私達を襲わせた犯人は『魔獣使いビーストマスター』という、テイマーの頂点に君臨する異能使いの男だったそうで、彼は既にオリヴァー兄様とワーズによって捕らえられ、『影』達によってイーサンの元へと連れて行かれたとの事。


――なんてこった!まさかこんなのどかなバッシュ公爵領で、そんな事件が起こるなんて!


そんな危険人物、ひょっとしたらまた魔獣を使って反撃して来るかもしれない……という私の懸念に対し、「彼の魔力回路は断ち切ってあるから大丈夫だよ」とのたまいながら、オリヴァー兄様が非常に恐ろしい笑顔を浮かべた。


……その魔獣使いビーストマスターって、生きているのかな……?


なんて、ちょっぴり心配になってしまったけど、下手をすればこの場に居た全員が彼の所為で死んでいたかもしれないと思うと、あんまり同情する気にはなれない。


彼がどんな目に遭おうとも、結局は自分のした事が我が身に返ってきただけの事。いわば自業自得なのだから。


「クリス団長!怪我人及び建物の被害は無かったようです」


騎士の一人が、兄様方と打ち合わせをしていたクリス団長に声をかける。他の騎士達も指示を貰おうと次々と集まってきている。


「そうか。不審人物の有無は?」


「はっ!牧場内外。半径数キロに渡り、魔力残渣及び不審人物の存在は確認出来ませんでした!」


「……もし魔獣使いビーストマスターの仲間がいたとして、奴が捕まった時点で撤退している筈。……よし。ティル!テッド!ポール!お前達は僕と共にお嬢様を護衛しながらバッシュ公爵家に帰還する!他の者達は、アリステアの指示に従い、交代要員が到着するまで、ここの警備を引き続き行うように!」


「「「「「「はっ!」」」」」


「……その前に。皆そこに整列!」


「は?」


「え?」


困惑した様子で、それでも指示通りに一列に並んだ騎士さん達。あれ?一体何が始まるんだろうか。


「ティル!お前はちょっと列から外れてろ!」


「はぁ?」


一緒に列に並ぼうとしたティルを端にどけたところで、オリヴァー兄様とクライヴ兄様が揃って騎士達の前に並んだ。


「皆、此度の襲撃によく対応してくれた。一人の死傷者も出す事無く敵を退ける事が出来たのは、まさに君達の勇猛と献身の賜物だ。当主代行の一人として、君達に心からの感謝を捧げる」


微笑みながらそう告げるオリヴァー兄様に対し、騎士達は全員表情を引き締め、深々と騎士の礼をとった。


「……でだ。そんな君達に対し、非常に申し訳ないが、名誉の負傷……とはいえ、その恰好のままでは牧場の皆の不安感が収まらなかろう。なので少々手荒ではあるが、僕達が簡易的に洗浄させて頂く」


最後のお言葉に、騎士達が全員「?」という顔になった。というか私も何の事やらである。


まあ多分、騎士さん達の制服、魔物の血や土埃などで汚れちゃっているから、洗浄魔法か何かを使って綺麗にしてあげるんだろう。


洗浄魔法か……。やっぱりそういった魔法もあるんだね。旅をする時とか寝たきりの時とか便利っぽい。兄様にお願いして、今度習わせてもらおうっと。


「では、開始する。全員出来るだけ息を止め、足腰に力を入れるように!」


「「「「「え?」」」」」」


ん?足腰に力を入れる?


次の瞬間、騎士の皆さんに向かって、四方八方から水が勢いよくぶっかけられた。


見れば水はクライヴ兄様の手元の魔法陣から出ている。こ、これは俗にいう高圧洗浄!?人間ケル●ャーですか!?


約一分程高圧洗浄に晒され、全身濡れネズミとなった騎士さん達だったが、呆然としている間も無く、今度は四方八方から温風が彼らに襲い掛かった。


あ、オリヴァー兄様とクリス団長の前に魔法陣が出てる。……成程。つまりはクリス団長の風魔法を、オリヴァー兄様の魔力で温めてるんですね!つまりは人間温風機だ!


たまらず、幾人かの騎士が温風の勢いに負けて転がるが、温風の威力は収まらない。皆、必死にオリヴァー兄様に言われた通り、両足を踏ん張って耐えている。


そんなこんなで五分後。耐えきった騎士さん達の服はすっかり綺麗になっていた。(髪の毛は乱れに乱れまくっていたけど)


……それにしても兄様方。洗浄魔法って、物理だったんですね。


「あのぉ?なんで俺だけ外れたんっすかね?」


一人だけ汚れたままのティルが不思議そうに尋ねると、オリヴァー兄様は実に良い笑顔をティルへと向けた。


「ああ、ティルロード君。君は特に念入りな洗浄が必要だと思ったから、あえて外れてもらったんだよ」


「へ?」


「じゃあ、今から始めようか。クライヴ、宜しく」


「おっしゃ!」


そう言うなり、ティルにも先程同様、容赦のない高圧洗浄が襲い掛かった。……のだが。


「うぎゃー!!つめてー!!ってか、痛ぇぇー!!」


ティルの口から悲鳴が上がった。いや、そりゃ水だから冷たいし痛いだろうけど……って、あれ?さっきと違って、なんか水がキラキラしている……って、なんかこっちにも細かい粒が跳ねてきて……。って!こ、これって、氷の粒!?まさかティルがぶっかけられているのって、氷水ー!?


「……よし。こんなもんかな?じゃあクリス団長。また頼むよ」


「はっ!お任せ下さい」


そう言うと、クリス団長が実に良い笑顔を浮かべながら、氷水をかぶり、「ひー!さむっ!」と震えているティルに向かって温風を放った。


「うっぎゃー!!あっちぃー!!ちょっ!まっ!あちちちちっ!!」


途端、ティルの口から再び悲鳴が上がった。……ま、まさか……。あれ、温風じゃなくて熱風……とか言わないよね……?


必死に逃げ惑うティルだったが、熱風(多分)は容赦なくティルの身体を強制的に乾かしていく。ティルも喋ると熱風を吸い込んで辛いのか、最初はギャーギャー喚いていたけど今現在は無言で逃げ惑っている。


……やがて、五分も経たずにティルの全身は乾き切ったのだが……。元々癖っ毛だったティルの髪の毛が物凄い事になっている。アフロとまではいかないけど、めっちゃ膨張してチリチリですよ。


「ひどっ!!鬼ッ!悪魔!!」


息も絶え絶えになりながら、ギャーギャー抗議しているティルを見つめる騎士さん達。めっちゃ満ち足りた顔をしています。今日一番の笑顔と言ってもいいくらいだ。


……ああ。多分これって、暴走したティルへのお仕置きだったんだな……。


余談だが、この場にいた騎士達と、後日彼らからお仕置きの話を聞いたバッシュ公爵家の騎士達は全員、オリヴァーとクライヴに心からの忠誠を誓ったとの事であった。







「エレノアお嬢様!!よくぞ……よくぞご無事で……!!」


バッシュ公爵家本邸に戻った私は、馬車から下りてくるなり、帰りを待ち構えていたイーサンにきつく羽交い絞めにされた。思わず衝撃に「ふぐっ!」と声を上げると、微妙に締め付ける力が弱まる。


「イ、イーサン!?」


「私の配慮ミスで御座います!あのようなドブネズミが潜んでいたのも気が付かず、みすみすと危険地帯にお嬢様を送り出してしまうとは……!!なんたる不覚!なんたる無能!!かくなるうえは、この腹を掻っ捌いてお詫びを……!」


「やめてー!!私、無事だから!!お詫び不要ー!!切腹ダメ絶対!!」


イーサンの失態ではない、だから自分を責めないで!と必死に説得すると、「お嬢様……なんとお優しい……!!」と涙ぐみながら、なんとか切腹を思い止まってくれました。


『お前の周りは相変わらず過保護な奴らばかりだな!』なんて、私の肩に乗っているワーズが呆れていたけど、私もそう思うよ。本当に、相変わらずアルバの男って、愛が重すぎる!!


「イーサン。例のネズミは?」


オリヴァー兄様の問い掛けに、イーサンは途端、有能家令らしい怜悧な表情を浮かべると、恭しく礼をとった。


「は。地下牢に叩き込んでおります。尋問は後程。私自ら致しますゆえ」


「うん。僕らも是非同席させておくれ。……多分殿下方もご同席されるだろうから、よしなに頼むよ」


「畏まりました。それとお嬢様。ご帰宅早々、大変申し訳ありませんが、至急お召し変え下さいませ。……一人、ある者を待たせておりますので」


「え?来客?」


「はい。エルモア・ゾラ男爵で御座います」


来訪者の名前を聞いた私は目を見開いた。


エルモア・ゾラ男爵!?

それってもしや、フローレンス様のお父様……では?



======================



互いのお話のすり合わせをした結果、ティルへのお仕置きが確定した模様。

その結果、「絶対怒らせてはいけない人」兄様方が(特にオリヴァー兄様が)No1にめでたくランクインしました!

そして出ました!養殖娘の父親登場です!

彼は果たして何をエレノアに言うのでしょうか?

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