第316話 大地の魔力再び

地中から伸びた蔓は、九頭大蛇ヒュドラの身体に縦横無尽に絡まり付く。


当然、九頭大蛇ヒュドラも抵抗し、絡み付く蔓を次々と引き千切っていくが、蔓は千切れた先から回復し、再び絡み付いていく。その再生スピードは九頭大蛇ヒュドラと同等かそれ以上だ。


やがて、九頭大蛇ヒュドラが身動き一つ取れなくなる程絡み付いた蔓は、その身を成長させ、枝となり大樹となっていき、それに比例し、九頭大蛇ヒュドラの身体がボロボロと崩れ落ちていく。


その様はまるで、蔓が九頭大蛇ヒュドラを喰らい、成長していくようにも見える。……いや、実際生命力を吸い取っているのだろう。


「――ッ……!」


一瞬、樹木の檻に絡め取られたボスワース辺境伯の姿が脳裏を過り、思わず祈るように組んだ両手に力が入った。


その間にも、九頭大蛇ヒュドラはマングローブの根のごとくに巻き付く樹木の檻の中、どんどんその身を崩していった。


やがて、九頭大蛇ヒュドラの身を完全に取り込み、畏怖堂々とした大樹がその場に出来上がる。


「わ……!」


その堂々とした大きさに呆然としながらも、思わず感嘆の声を上げてしまう。


大人が十人手を繋いでも足りない程の幹の太さといい、天をも貫かんとする高さといい、まるで以前アニメとかで見た事のある世界樹のようだ。……というより理解が追い付かないんだけど、これ……もしかしなくても、私がやったの……?


そんな私の混乱を他所に、檻のように絡まり、大樹たらしめていた枝が突然バラバラと解けていく。


一連の出来事に唖然としていたクライヴ兄様や騎士達が、思わず剣を構え身構える。


だが、枝が完全に解けたその中心にあったものは……。九頭大蛇ヒュドラの死体ではなく、ほっそりとした美しい少女だった。


その光景に、クライヴ兄様や騎士達が揃って息を呑む音が聞こえてくる。


瞳を閉じ、佇むその少女。


長いストレートヘアは木漏れ日に透ける若芽色。白いワンピースのような服には、まるで模様のように植物が絡み付いている。


『ほぉ……!樹木精霊ドライアドではないか!九頭大蛇ヒュドラを喰らい、進化したようだな!』


不意に、耳元に届いた聞き慣れた声に振り向くと、なんとそこにはミノムシ……じゃなくてワーズがふよふよ浮いていた。


「えっ!?ワーズ!?ってか、樹木精霊ドライアドって!?」


『お前の『大地の魔力』に反応し、力を貸していた地妖が九頭大蛇ヒュドラの魔力を喰らい、樹木精霊ドライアドになったという事だ。樹木精霊ドライアドは土地神とも言われる程、自分の縄張りテリトリーを守護し実りを授ける。お前ら人間が土壌を汚さない限り、ここら一帯栄えるぞ。良かったな』


――えええっ!?み、実りを授ける土地神!?九頭大蛇ヒュドラを食べて進化!?な、なんじゃそりゃ!?


ちなみに地妖とは、意志や感情のない植物系の魔物の一種らしい。


それらは、ダンジョンに生を受ければアルラウネなどの魔物に。清浄な森などに生まれると、樹人トレントに進化するのだとか。

樹木精霊ドライアドは、その樹人トレントの最終形態で、豊かな森で数百年『地』の魔力を摂取し続ける事によって進化するんだって。


……そして今目の前にいるこの樹木精霊ドライアドだが、私の魔力と九頭大蛇ヒュドラの魔力を摂取し、地妖が樹人トレントすっ飛ばして進化しちゃったんだそうな。


「そ、そんな事ってあるの?」


『さあ?私は基本ダンジョンの中にしかいないから、よくは知らん。まあ噂によれば、数百年前に一度だけ、そういった事があったそうだぞ』


「噂って……それ、どこ情報よ?」


私の周りをふよふよ飛びながら、呑気に説明するワーズに、ガックリと肩が落ちる。きっとどこぞの冒険者の話をダンジョンの中で聞いたりしたんだろう。


やがて、緑色の美しい少女がゆっくりと目を見開く。その瞳は髪の毛と同じ、透き通るような緑色。

そして私と目を合わせるなり凄く嬉しそうな笑顔を浮かべ、手を振る。


思わず手を振り返すと、少女……樹木精霊ドライアドは、更に満面の笑みを浮かべ身体をキラキラと金色に耀かせる。


その輝きは地面へと広がり、私達の足元にも金色の波のように広がっていく。


その眩しさに、誰もが目を瞑ったその一瞬の間に、樹木精霊ドライアドは蔓と共に、まるで地面に溶けてしまったかのように、忽然とその姿を消してしまったのだった。


しかも九頭大蛇ヒュドラの毒液によって荒らされた牧草地全体を、白い花畑にして。……これが……樹木精霊ドライアドの実りの力……?


――……だがちょっと待って欲しい。……何故にぺんぺん草なの!?


「サービスです」とばかりに、アフターケアしていってくれたのは有難いんだけど、牧草復活させるんじゃなく、なんでぺんぺん草咲かせていくんですか!?わざとなの!?それとも面白がっている!?ねえ、どっちなの!?


……まあ、黄色い悪魔タンポポがいないのは、流石に空気を読んだのかもしれないけど、もっとさ……こう、スミレとかレンゲとかコスモスとかフクジュソウとか、可憐な野草、いくらでもあるよね?


なのになんでぺんぺん草一辺倒なんですかね!?まさか樹木精霊ドライアドの中で私のイメージフラワー、ぺんぺん草で定着しちゃったっての!?


いやだー!!仮にも公爵令嬢のイメージフラワーがぺんぺん草って、何の冗談!?有り得ないでしょ!?


あっ!そういえば以前、フィン様のお父様であるフェリクス王弟殿下が、私の事を「マグノリアの君」って呼んでいたな。

マグノリアって、モクレンの事だよね?いーじゃないかモクレン!それでいこうよ!!


という訳で謎の蔓……いや、樹木精霊ドライアドさん。もう一回出てきてモクレン咲かせてみよう!同じ白ならハクモクレンなんかいいんじゃないかな?よしっ!意識集中、魔力放出……って!何で無反応!?……んん?足元にタンポポが一本……。


ちょっとまてやコラー!やっぱあんた、私を馬鹿にしてんでしょー!!?


足元のタンポポに憤っていた私は、いつの間にか結界が解かれている事に気が付き、顔を上げた。……が。


「……へ?!」


見れば、私の目の前には騎士達が地面に片膝を付き、両手を組んで頭を垂れていた。

その姿はまるで、神に祈りを捧げる聖職者のようだ。……って!拝まれているのって、ひょっとして私!?


慌てて後方を振り返ってみると、なんと従業員や獣人の皆さん方迄、両膝を地面に付けて祈ってらっしゃるではないか!

えっ!?な、なんで!?どうしちゃったんですか皆!?チビケモっ子達も、いつの間にか親の真似して拝んでますよ!こちらはめっちゃ可愛いから良し!……じゃなくて!!


「我らをお救い下さる為、精霊を呼び出されるとは……!」


「なんたる慈愛と献身!!」


「あれ程に荒れ果てた土地が祝福の花で満ち溢れている……奇跡だ!ああ……女神様!!」


「お嬢様は真に、女神様の御使いであらせられたのだ……!!」


「身体に負った傷も痺れも治りました!!有難う御座います!!」


「お嬢様!かっけー!!」


……うん。最後の台詞、いつもの誰かさんで安心したけど、奇跡だの女神様だの、なにやら不穏過ぎるワードがポンポン出てきているんですけど!?


「遂に拝まれるまでになったか……。もう立派に『聖女』だな」


「ク、クライヴ兄様!?」


いつの間にやら私の横に立っていたクライヴ兄様は、私の頭を優しくクシャリと撫でた後周囲を見回し、ぺんぺん草のお花畑を見ながら溜息をついた。


「だがなぁ、お前……。咲かせるにしても、もうちょっとマシなもんにしろよ。この期に及んでぺんぺん草……。まあ、花は花だが……」


「好きで咲かせたんじゃありませんっ!!」


クライヴ兄様!その残念な子を見る眼差し、やめて下さい!!私だって咲かせられるもんなら、もっとマシな花咲かせてます!!


「エレノア!」


「うひゃあ!!」


ひょいっと、これまたいつの間にやら私の傍にいたオリヴァー兄様が私を抱き上げ、クラクラする程に眩しい、蕩けそうな笑顔を私へと向けた。


「僕のお姫様。僕がいない間に、こんな奇跡を起こすだなんて……!ああ、なんて素晴らしいんだ!エレノア、君は僕の誇りだ。愛しているよ」


そう言って、優しく唇にキスをされ、ボフンと全身真っ赤になってしまった。


「オ、オリヴァー兄様……」


「でも、花のチョイスが……ね。流石にぺんぺん草はないんじゃないかな?」


――だーかーら!私が咲かせたんじゃありませーん!!



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樹木精霊ドライアド爆誕!

エレノアの力で生まれたようなものですから、行動もしっかり母(?)に倣っていますv

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