第315話 ヒュドラとの決着

「我が名、我が魔力に宿れ『氷結の息吹』。全ての者に白銀の死を!!」


結界の外で、オリヴァーが今回の元凶と対峙していた丁度その頃。結界内ではクライヴが再び、詠唱と共に九頭大蛇ヒュドラに向けて斬撃を放っていた。


既に下半身が凍りついている九頭大蛇ヒュドラの身体に、先程の威力の倍はある斬撃がぶち当たる。


すると次の瞬間。九頭大蛇ヒュドラが唸り声をあげる間も無く、その身体全体がピキパキと凍りついていった。


やがて九頭大蛇ヒュドラの前身は真っ白い氷に覆われ、彫像のようにその場で固まる。


だが流石は災厄の魔物と呼ばれるS級討伐対象。ピシリ……ミシ……と、氷が軋むような音が聞こえてくる。このままの状態では遠からず自ら氷を割り、再び暴れ出すであろう事は容易に想像がつく。


「さて?言われた通りにしたが……。これからどうする気だ?」


「クライヴ様。このティルロードは、『雷』の属性を持っております」


「『雷』だと!?」


クリスの言葉に、クライヴは驚きに目を見開いた。


『雷』属性は、『風』属性または『光』属性から派生されるとされる亜種属性だ。


『光』属性自体が超希少属性である事から、パトリックの持つ『時』やフィンレーやイーサンの持つ『闇』と匹敵する程の希少属性とも言われている。


まさか、この掴みどころのない飄々とした青年が、その『雷』属性を持っていたとは……。

偶然か必然か、エレノアの周囲には何故か希少属性が多く集まってくるように思えてならない。


「ティル!タイミングを見誤るな!?……そろそろだぞ!!」


クリスの言葉に、ティルは片手を天へと掲げた。


「『空にたゆたう光の精霊よ。我が魔力に応じ集え。猛き稲妻となって敵を滅ぼせ』」


その瞬間、ティルの身体が光の支柱となったかのごとくに輝きを放つ。


そして「ドン!」と雷鳴……と言うにはあまりに巨大な爆音が周囲に響き渡った。


地面もまるで地震のようにグラグラと揺れ、エレノアと従業員一同がいる結界内が阿鼻叫喚の大パニックに陥ってしまう。


エレノアも思わず子供達と抱き合いながら、眩い光と衝撃にギュッと目を瞑った。


「……え……?」


そうして一分ほどが経過しただろうか。


エレノアが目をゆっくりと見開くと、結界の外は靄のようなものが立ちこめていて、咄嗟の状況確認が出来なかった。


九頭大蛇ヒュドラは……!?クライヴ兄様や騎士達は……!?』


やがてゆっくりと靄が晴れていき、その先に見えてきた光景に、エレノアは思わず息を飲んだ。


「ええええっ!?な、なにこれー!?どゆこと!?」


目の前には、屍累々といったように、倒れ伏している夥しい数の魔獣達と……何故か騎士達がいた。


魔獣達は既に息絶えているようだが、騎士達は全員身体を震わせたり、なにやら呻いているので、無事に(?)生きているようだ。よ、良かった……!?


「そ、そうだ!九頭大蛇ヒュドラは!?」


慌ててその先にある小山のような巨体を見てみると……。そこには無残に焼けただれ、九つの首を全て切り落とされたであろう九頭大蛇ヒュドラと、その前で剣や刀を地面に突き刺し、辛うじて立っているクライヴ兄様とクリス団長。そしてティルの姿があった。


不意に、ティルがくるりと私の方へ振り返ると、爽やか笑顔スマイルを浮かべながらサムズアップする。

その姿に思わず、主人に「褒めて!」と言いたげに尻尾を振っているワンコを思い出してしまった私は悪くないと思う。


今のティルに、先程までの夜叉そのものといった猛々しさは欠片も見当たらない。それどころか、実にスッキリとした様子だ。


「……ッ……ティル……!てめぇ、はしゃぎ過ぎだろ!!なーんで僕らまで感電させてやがんだ!!」


「てめぇ!!敵味方関係なしにぶっ放しやがって!!ってか、最大出力で雷撃撃つって何故事前に言わねぇんだよ!!防御結界張ってなけりゃあ、全員即感電死だぞ!?」


怒りからか感電からか、クリス団長とクライヴ兄様が身体を小刻みに震わせながら、ティルを怒鳴りつけた。


「え~?そんな下手うつ無能なんて、この場にいないっしょ?俺が全力ぶっ放せたのも、皆を信頼しているからこそっすよ!」


そんな二人に悪びれる事もなく、ヘラヘラ笑うティルに対し、怒りが頂点に達したか、倒れ果てていた騎士達も次々に身を起こし、口々に罵倒の言葉を浴びせかける。


「ふざけんじゃねぇ!!この戦闘狂パーサーカーがっ!!貴様は信頼していたんじゃなくて、なんも考えていなかったんだろうが!!」


「確かに魔獣は全滅したが、俺らも全滅しかけただろうがー!!お前なんぞ、いっぺん死ね!!というか、後で覚えてやがれー!!」


「クリス団長!あいつやっぱりましょう!お嬢様を危険に晒したって言い訳すりゃあ、罪になりません!!イーサン様がどうとでももみ消してくれます!!」


「皆、何言ってるんすか!俺はこう見えて、お嬢様にかすり傷一つ負わせないよーに、ちゃーんと力の振り幅考えて撃ったんすからね!……その分、ちょーっと放電過多になったのは……まぁ、尊い犠牲ってヤツっす!!」


「「「「「「やっぱお前、後でぶっ殺す!!」」」」」


キリッとドヤ顔で言い放ったティルに対し、騎士達の怒りは頂点に達してしまったようだ。しかも怒れる騎士達の中に、しっかりクライヴ兄様も混ざっている。兄様!お気持ちは分かりますが、どうか落ち着いて!!


しかし、ティルの属性が『雷』だったとは……。


成程。九頭大蛇ヒュドラを氷漬けにして動きを封じると共に、その氷全体に亀裂が入った瞬間、落雷を落したのか。


本来、氷は雷を通し辛いのだけど、最大出力とも言える電撃を直撃させられ、なおかつ覆っていた氷も電流を帯びた鋭い刃となって身体を攻撃すれば、九頭大蛇ヒュドラの固い表皮もダメージを負う……という事なんだね。


で、後はクライヴ兄様とクリス団長が、同時に九頭大蛇ヒュドラの首を切り落とす……という作戦だったんだろう。


誤算だったのは、ティルの雷撃の威力が予想以上で、兄様や騎士達全部が大なり小なり感電しちゃった……って事かな。


おかげで魔獣も一掃出来たけど、味方までもがとばっちりを喰らってしまったと。……ティル……。折角頑張ったのに、ダメダメだよ。プラマイゼロだよ。


ほらー、クライヴ兄様もクリス団長も、全身が痺れて立ってるのがやっとって感じだから行動に移さないだけで、背後から殺意駄々洩れしているからね!?こっちに再びドヤ顔向けてないで、さっさと皆に謝りなさい!


「おじょうさまー!もう、恐いのないない?」


「うん、そうだね。強いお兄さん達がやっつけてくれたよ?」


「「「すご~い!!」」」


さっきまで大泣きしながら私にしがみ付いていたチビケモっ子達が、耳や尻尾をピルピルパタパタしながら喜びはしゃぐ。

結界内にいた人達も、このやり取りを呆気に取られながら見ていたが、脅威が去ったのが分かってきたのか、雰囲気が徐々に明るいものへと変わっていった。


……だが。


「――ッ!?何だ!?」


突然、黒焦げになって動きを止めていた九頭大蛇ヒュドラが身体を動かし出す。


「馬鹿な!首は全て落とした筈!?……チッ!刈り切れていなかったか!!」


舌打ちするクライヴ兄様の怒声に九頭大蛇ヒュドラを見れば、小さくだが、一本の頭が少しだけ再生しかけていた。


だが、流石に身体の損傷が激し過ぎるのか、他の頭は全く再生していない。……いわば最後の断末魔……という所だろう。


クライヴ兄様やクリス団長、ティルが再び刃を構える。が、もがき苦しみながら突進してくる九頭大蛇ヒュドラから、まだ身体を上手く動かす事の出来ない騎士達全員を守る事は不可能だろう。


しかもクライヴ兄様達も、流石に疲労困憊といった状態なうえに、感電の影響がまだ抜け切れていないのは明白だ。ティルも先程の雷撃で魔力が底を尽いてしまったのか、険しい表情を浮かべている。


しかもこの結界だとて、あの巨体の直撃を喰らってしまったら、持ち堪える事が出来ないかもしれない。


『駄目!!そんな……誰も傷付かないで!!』


そう強く心の中で叫んだ直後、身体の中心に熱が集まり、フワリとした温かい風が地表部分から噴き上がる。

そして金色の光が私を中心に地面へと物凄い勢いで広がっていった。


「エレノア!?」


「エレノアお嬢様!!」


その黄金の光は九頭大蛇ヒュドラの元へと届くと、まるで九頭大蛇ヒュドラの周囲を覆う様に光る強さを増していき……。地中から、瑞々しい蔓が次々と生えてくるなり、その巨体に絡み付いていったのだった。



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まさに、肉を切らせて骨を断つ!(ちょっと違いますかね?)

そしてまた、例の力が発動しそうです。

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