第314話 あの時の黒幕は

「ほらぁ~!君達が視察したベビーダンジョンで魔獣に襲われたアレぇ。実はぁ、ダンジョン妖精捕まえたのって、僕なんだよねぇ~」


突然の告白に、オリヴァーの表情が更にきつくなった。


忘れもしない。あのダンジョンでの出来事。あの時、自分達を助けようとして、エレノアは死にかけたのだ。


「……お前が、裏で糸を引いていた……という事なのか?」


「裏で糸……っていうかぁ、魔獣を手っ取り早く大量にテイムするには、ダンジョンの化身と言われてるぅ、ダンジョン妖精を手に入れるのが手っ取り早かったからさぁ~。そもそも、あの無能なリンチャウ国の連中がぁ、ダンジョン妖精手に入れられる訳ないじゃーん?」


「リンチャウ国……?」


ダンジョンの事件の時、リンチャウ国の人身売買組織の存在が明るみとなり、手を組んでいた貴族達もろとも粛清したのだが、賠償金免除をチラつかせ、攫った女性達の返還を求めたにも拘らず、戻って来る者達の数はあまりにも少なかった。


組織の者達に、尋問と言う名の拷問で口を割らせたものの、売った先はリンチャウ国国内が殆どとの事だったが……。この男が関わっていたとしたら……。


「まさかと思うが……。リンチャウ国の組織を裏で操っていたのは『帝国』なのか?」


『帝国』の名を出され、魔獣使いビーストマスターがピクリと反応する。が、次の瞬間、ローブから見える口端が吊り上がった。


「そーだよぉ?だーって、『こぼれ種』は全部、王侯貴族が独占しちゃうからねぇ~!下級貴族や平民には中々おこぼれこないしぃ?別のルートで女確保するのは当然でしょぉ?」


「『こぼれ種』?何だそれは」


瞬間、魔獣使いビーストマスターが「しまった!」とでも言う様に口を噤んだ。


「……ん~、ま、いっか!知られても。どうせ皆殺しにしちゃうしぃ!ま、そーいう訳で、欲かいてアルバ王国の女にまで手をだしちゃったのは失敗だったぁ!おかげでせーっかく作った安定供給機関潰れちゃって、大打撃ぃ~!!」


そこで初めて、口調に冷たいものが混ざる。


「将来絶対に我が帝国の脅威になり得るだろう、若手貴族筆頭の君にぃ、丁度恨みのあるアルバの貴族がいたからぁ、ダンジョン妖精貸して、消してもらおうって思ったんだけどぉ、やーっぱ無能は使えないよね!見事に裏目にでちゃったよぉ~!」


はぁ~……と、わざとらしく溜息をつきながら、魔獣使いビーストマスターの恨み節は続いた。


「お陰でぇ、僕の評価だだ下がり!こうしてどさ回りしなけりゃいけなくなっちゃったんだよぉ~!希少な魔獣使いビーストマスターの僕がだよぉ?!信じらんないよねぇ!」


「それって、君自身が無能だったってだけじゃないのか?」


サラリと返されたオリヴァーの言葉に、魔獣使いビーストマスターの唇が歪んだ。


「……だ・か・ら!その原因になった君がここにこうしているって、最高かな~って!復讐と邪魔者排除、一挙両得ぅ!おまけに、君の大切な妹ちゃんを貰っていけちゃうしぃ♡あ~最高!……だからぁ、ここで君、無残に死んでねぇ!」


「エレノアを……貰う……だと?」


魔獣使いビーストマスターの言葉を受け、オリヴァーの声が低くなる。


「……うん。確かに最高だね。実は僕もあの時、元凶の男をこの手で血祭りにあげられなかった鬱憤が残っていてね。まさか、あの時の黒幕と遭遇できるなんて……。これはまさに、女神様のご褒美というやつかな?」


うっそりと、ゾッとする程妖艶に嗤うオリヴァーに、魔獣使いビーストマスターの喉がゴクリと鳴った。


「美し過ぎるって、ある意味凶器ぃ~!……思わず血塗れにして、悲鳴上げさせたくなっちゃうぅ~!」


言葉が終わると同時に、魔法陣から真白い優美な獣が躍り出てきた。


「――!?フェンリル!?」


一説によると、『神殺し』と異名を持つほどの、凄まじい魔力を有する幻獣。


子牛程の大きさだが、契約した者の魔力に応じ、その大きさと力を変えるとも言われている。


「あははぁ!君、九頭大蛇ヒュドラで頭打ちだと思ったから、あの結界から出て来たんだろぉ!?ざーんねんだったねぇ!ほら、ちゃーんとこうして、最終兵器があったんだよぉ!」


「オリヴァー様!」


「おっとぉ!君達には、こいつらをプレゼントするよぉ!」


オリヴァーを守ろうとした影達に、魔獣使いビーストマスターが魔獣を次々と差し向ける。


「はははー!幻獣であるフェンリルには、生半可な魔力攻撃が殆ど通用しない!君もこれで終わりだぁ!いけ!フェンリル!目の前の男を八つ裂きにしろぉ!!」


フェンリルが咆哮をあげ、オリヴァーへと襲いかかろうとしたその時だった。

突如、オリヴァーの目の前に、青白い巨大な魔法陣が展開し、フェンリルはその中へと吸い込まれてしまう。


「な、なにぃ!?」


「……聞いたかい?あの男、君を捕らえた黒幕だって。ここまでついて来た甲斐があったね?」


『ついて来たんじゃない!拉致られたんだ!!』


オリヴァーの胸元から、小さな何かが飛び出してくる。

それは枯れ葉を寄せ集めた虫……の様な奇妙な姿をしていた。だが、その姿を見るなり、魔獣使いビーストマスターが激しく狼狽えた。


「だ……ダンジョン妖精!?な、なぜここにぃ!?」


「ここに来る前に、少しでも戦力になればと拉致……いや、招待しておいたんだよ。早々役に立って良かった」


実はオリヴァー、王宮を出る前に離宮に寄り、パトリックの元で優雅に果物を貪っているダンジョン妖精……もとい、ワーズを拉致り、結界で縛って胸ポケットに突っ込んで来たのである。


当然ワーズも抵抗したが、「バッシュ公爵領に行けば、採れたて新鮮な果物を死ぬ程食べられる」の言葉に大人しくなった。相変わらず果物に目が無いチョロい生き物である。


「く、くそっ!!」


魔獣使いビーストマスターが魔方陣を幾つも展開させ、魔獣の大群がオリヴァー達に降り注ぐ。が、そのことごとくがワーズの作った魔法陣に次々と吸い込まれていった。

中には吸い込まれず、そのまま襲い掛かって来る魔獣もいたが、それらは『影』達により、ことごとく討ち取られていく。


「ば、馬鹿なぁ!!なんで……なんで、僕の魔獣達がぁ!?」


『元々お前が捕えた魔獣達は、私のダンジョンから持って行った者達だからな。『道』を付けてやれば、勝手に古巣に引き寄せられる。いくら魔獣使いビーストマスターだとて、他の隔絶空間に収容された魔獣を呼び寄せるのは至難の業であろう?』


「く……っ!!だ、だったらぁ!ダンジョン妖精である、貴様をテイムしてやるよ!」


カッと、赤い光が輪となり、ワーズの身体に幾重にも絡み付いた。


「あん時はぁ、テイム寸前に分離しちゃってぇ、完全にテイム出来なかったけどぉ!今回は完全に……はぁっ!?」


魔獣使いビーストマスターが目を剥く。何故ならダンジョン妖精に絡み付いた筈の自分の『力』が、瞬く間に消滅してしまったからだ。


「な……んでぇ!?」


「残念だったね。この妖精は既に、僕の妹であるエレノアに『名』を預けている。つまりは魂の契約だ。テイムなど出来る筈がない。……それより、そのバイコーンも彼のダンジョンから奪った魔獣だったりする……?」


酷薄な笑顔に、オリヴァーが何をする気か察した魔獣使いビーストマスターは、慌ててその場から逃げようとする。

だが次の瞬間、魔獣使いビーストマスターが乗っていたバイコーンがワーズの魔法陣へと吸い込まれた。


乗り物を失い、魔獣使いビーストマスターは無様に悲鳴をあげながら、真っ逆さまに地上に落ちていくと、そのまま地面に全身を叩き付けられた。


「がはっ!!」


衝撃に、一瞬意識が暗くなる。


地上からそれ程離れていなかったとはいえ、多分今、自分の身体は全身至る所の骨が折れてしまっているに違いない。


――魔獣使いビーストマスターは魔獣を使役し、自分の代わりに戦わせる術には長けていても、騎士や魔導師のように自分自身で己が身を護る術は何一つない。


その事実を今更ながらに痛感していると、フッと自分の上に影が落ちる。


痛みに霞む目をこらすと、オリヴァー・クロスが自分を見下ろしているのだという事が分かった。


先程まで見下ろしていた相手に逆に見下ろされている。


その穏やかとも言える表情の中、紅く揺らめく瞳。

まるで魂を絡め取るかのごとくに禍々しくも美しいソレから目が離せられない。


「――ッ!?あ、ああああっ!!」


ジュウ……という音と共に、凄まじい激痛が両目を襲い、視界が暗転する。


絶叫を迸らせる魔獣使いビーストマスターを、オリヴァーは冷めた眼差しで見下ろしながら、ゆっくりと話しかけた。


魔獣使いビーストマスターとは、『魔眼』でもって、魔獣を使役すると言われているからね。いっそ舌も焼き切ろうと思っていたけど、情報が手に入らないのは困るから、目だけで許してあげよう。ああ、精神感応の類が使えたら厄介だから、魔力回路も遮断させてもらうよ?」


額に、ひんやりとした指が触れたと同時に、魔獣使いビーストマスターの意識は暗闇の中に落ちていった。


彼が生涯の最後で目にしたもの。


それは魂をも焼き尽くさんとする煉獄の炎……。人生で最も鮮やかなくれない色だった。



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オリヴァー兄様、見事元を断ちました。

そしてワーズですが、面倒見てくれている(毎日果物をくれる)パト姉様にすっかり懐いている様子ですね(ダンジョンどうした!?)

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