第313話 魔獣使い

「あれ~?おっかしいなぁ~?まだ壊れないよこの結界」


結界の外。上空に浮かぶバイコーンに跨り首を捻っているのは、白いローブに身を包んだ小柄な男だった。


「せーっかく僕の~、とっておきの九頭大蛇ヒュドラ投入したっていうのに~。まだもちこたえているってぇ、さっすがはアルバ王国の騎士ーってとこぉ?」


所々間延びした、聞く者をイラッとさせる口調で独り言ちながら、男は感心したように結界を見下ろす。


この不透明な結界は、この広大な牧場全体を余す事無く覆っている。


しかも牧畜や人はスルリと出入り出来るのに、部外者や悪意のありそうなものはたちどころに弾かれ……もしくは焼き尽くされてしまうのだ。


試しにネズミ型の魔獣を放ってみたが、見事にはじき返された。

ならばと、ミニゴブリンを入れようとしたら、結界に触れた途端、跡形もなく灰になってしまったのだ。


どうやら悪意と凶暴さの程度により、弾かれるか殺されるかが分かれるようだ。多分自分が入ろうとしたら、瞬時に消し炭にされてしまうのは確実だろう。

しかも術式が複雑過ぎて、解除する事も不可能ときている。きっとこの結界を張った者は腹黒なうえ、性格がねじ曲がり切っているに違いない。


ならばと、下位の魔獣達をぶつけまくり、結界を弱めてから上位魔獣を投入した訳なのだが……。まさかワイバーンがつっかえてしまうとは思ってもみなかった。


うん、あまりにも間抜けすぎる。もし仲間内に知られたりしたら、思い切り馬鹿にされてしまうに違いない。というか、破壊してもあの威力。どんだけ執念深い結界なのか。


おかげで、ようやっと手に入れた九頭大蛇ヒュドラまでをも投入しなくてはいけなくなったのだ。あれは扱いが難しいから、下手するとあの子も巻き込みかねないというのに。


「それもこれもぉ、あのオリヴァー・クロスの所為だよねぇ!ったく、忌々しいってらぁ~!!」


本来なら、パパッと護衛騎士達を皆殺しにし、サクッとあの娘を連れ去る予定だったというのに、突然の予期せぬ出来事に、すっかり計画が狂わされてしまった。


「も~、本当に~!大番狂わせ~!まっさか、あのやっかいなぁ~魔導師団長の息子がぁ、こんなに早くバッシュ公爵領ここにやって来るなんてぇ、思わないじゃん!あの男ぉ、『万年番狂い』なんて二つ名持っているらしいけどぉ、まんまその名の通りの執念深さ~!」


「それはそれはどうも。お褒めに預かり恐悦至極」


愚痴っている最中に、いきなり聞こえたきた声にビクリと身体が跳ねる。


慌てて眼下に視線を向けると、そこには麗しいとしか表現の出来ない、黒髪黒目を持つ美貌の麗人……オリヴァー・クロスが悠然と微笑んでいたのだった。


「うっそぉー!なぁんでお前が、ここにぃ~!?」


「何でって……。元を断ちに来たのですよ。存外早く見つける事が出来て重畳。君が魔獣使いビーストマスターだね?」


「そぉだけどぉ?……あっは!でも元を断ちにって、僕を殺そうってのぉ?出来るわけないじゃーん!むしろぉ、こーんなとこまでノコノコやってくるなんて馬鹿ぁ?ま、僕はぁ、手間省けて万々歳だけどぉ!」


いかにも馬鹿にしたようにケラケラ笑う男を見上げながら、オリヴァーは不快そうに眉を顰めた。


「……なんともイラつく男だな。さっさと終わらせる事にしよう」


「ばーか!それはぁ、こっちの台詞ぅ!!」


言葉と同時に、男の掲げた手の中から魔法陣が浮き上がり、ジャイアント・ロックベアーの群れが、オリヴァーめがけて襲い掛かって来た。


オリヴァーはそれらを、防御結界で弾き飛ばす。が、ジャイアント・ロックベアーは次々と降り注ぐようにオリヴァーへと襲いかかった。


「『燃え滾る灼熱の業火。我が名と魔力において敵を滅ぼせ』」


詠唱と共に、火球が次々とジャイアント・ロックベアーに放たれる。


だが、燃え盛る炎の中にあっても、その身体は灰になる事は無かった。


「あはははっ!お前がぁ、『火』の属性である事はぁ、調べがついているんだよ!火は土に弱いしぃ、ジャイアント・ロックベアーの身体は名前の通りの岩石を纏っているんだぁ!あのえげつない結界なら、ダメージはあったかもだけどぉ、今ここで結界を張れないって事はぁ、それが出来ないって事だよねぇ~?」


「……本当に、耳障りな声でよく喋るな」


オリヴァーがそう言い放った次の瞬間、ジャイアント・ロックベアーの群れ全体が、凄まじい水圧により宙に吹き飛んだ。


「なにぃ!?」


次いで、ジャイアント・ロックベアーの身体が次々と切り刻まれ、文字通りただの岩石のように地響きをたてながら、次々と地面に落下していく。


「なっ……!他にもいたのかぁ!!」


オリヴァーの元へと、音もなく次々と降り立つ黒ローブの集団に、魔獣使いビーストマスターは舌打ちをする。


「やっだなぁ~!アルバ王国が誇る若手筆頭貴族が、魔獣ごとき一人で始末出来ないとか~?なっさけなぃねぇ~!?」


嘲る口調に対し、オリヴァーは憤慨する様子もなく静かに口を開いた。


「生憎と、僕は自分の矜持などよりあの子の無事が一番大切なんだ。情けなかろうが無様と罵られようが、使えるものはなんでも使うし、後顧の憂いは確実に潰す」


魔獣使いビーストマスターは、その言葉を聞いた瞬間、ローブの下の顔を歪め、舌打ちをした。


――己の矜持プライドに拘らず、優先すべき事を見誤らない。


こういうタイプの男は、敵に回すと厄介な事この上もない。一番回避したい相手だ。


「……残念だよぉ。お前なんか、あの数年前のダンジョンで、死んでいてくれれば良かったのにぃ!」


「数年前の……ダンジョン?」


オリヴァーが微かに眉を顰めたのを見て、魔獣使いビーストマスターが口の端を吊り上げた。



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オリヴァー兄様、イラッとさせて御免なさい。

自分で書いていてなんですが……敵の口調がウザい!!

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