第311話 奇襲

キィン……ガツ!ジュッ!!ガキッ!!


様々な破壊音が、段々と大きくなっていく。しかもそれは……私達の頭上から響いて来るのだ。


皆がとある一点に鋭い視線を向ける。


ソコは、空と雲が不自然にたゆんで見えている。つまりはアレこそがオリヴァー兄様が張り巡らした結界……という事なのだろう。


その結界に、黒い影が現れては消えを繰り返している。だが次第に、その黒い影は徐々にその場に留まり、どんどんと大きく濃くなっていった。


刀を構え上空を睨んでいた騎士達の誰かが「何なんだ..『アレ』は?!」と呟いたのが耳に届く。その疑問は、私も全く同じだった


――アレ・・は……一体なんなのだろうか?


ドゴッ!ジュッ!ドゴォ!!……ビキッ!!


空の歪んた空間に、蜘蛛の巣状の亀裂が走った。


「――チッ!まさか、オリヴァーの結界にヒビを入れるとはな!!」


私の前方に、刀を構えて立つクライヴ兄様が、忌々し気に舌打ちをする。


「お前ら!!一般人をエレノアの周囲に集めろ!!……よし、これで全員だな!?いいぞオリヴァー!防御結界を張れ!!」


クライヴ兄様の言葉と同時に、私達の周囲に魔法陣が展開する。


「来るぞ!!」


バリン!!と、硬質なガラスが砕け散るような音が周囲に響き渡り、空から大きな黒い塊がボトボトと落ちて来た。


「――ッ!?」


ソレ・・を目にした私は悲鳴を上げそうな口を咄嗟に手で覆った。


空から地面に落ちてきた黒いモノの正体……。それは、黒焦げになった魔獣達だった。

しかも、炭のように炭化したものから、半分焼け焦げたようなものまで。その形状は様々だった。


彼等は明らかにオリヴァー兄様の結界に触れ、命を落としたのだろう。……だけど、何故こんな所に、こんなにも多くの魔獣達が!?


だが、魔獣の死体に思考を割けたのはそこまでだった。


数々の鋭い咆哮が響き渡り、蜘蛛の巣の中心に開いた穴から、生きた魔獣達が次々と侵入してきたのだ。


まず、双頭の魔犬オルトロスが……次いで雄鶏と蛇の融合した魔獣コカトリス。二角を持つ黒馬バイコーン。猛毒を有する蛇の王バジリスク……。A級討伐対象の魔獣達が次々と結界内に入り込んでくる。


そして。


「ワイバーン……!!」


小型だが、れっきとした竜種。ワイバーンまでもが、穴からこちら側に侵入しようとしている。……が、身体の大きさが穴を上回っているせいで、丁度蓋のように嵌り、結界の放つ衝撃にもがき苦しんでいた。


そんなワイバーンは格好の的だったようで、クライヴ兄様の放った斬撃により首を落され、嵌った胴体を氷漬けにされてしまう。


そして既に結界内に入り込んでしまった魔獣はといえば、クリス団長の指揮の下、騎士達と戦闘状態となって次々と仕留められていくのが見えた。


だが、ワイバーンの穴が使えなくなったと判断したか、他の場所からも先程の様な衝撃音が鳴り響き始めた。


「……どういう事だ?結界を破壊する為に魔獣達が連携し、自分の身を犠牲にしているだなんて……。有り得ない!!」


私のすぐ横にいるオリヴァー兄様から発せられた言葉に、私も愕然とする。

じゃあ、あの段々濃くなっていく黒い影は、魔獣達が突っ込んで焦げていく姿!?


――以前、グラント父様に聞いた事があった。


魔獣とは単独行動なうえ、基本的に弱肉強食で、同種であってもテリトリーを犯す者には容赦をしないし、弱い個体は捕食対象になってしまうと。

群れる個体もいるにはいるが、それは弱い魔獣が強い魔獣から己の身を護る為に群れているだけであって、番以外、仲間意識は希薄なのだそうだ。


そして、己の命を脅かしそうな相手に対しては、余程怒り狂っているか、血に酔っている時以外、戦うよりもまず最優先で逃げようとする。


だからこそ、魔獣達が連携し、我が身を犠牲にして結界を破ろうとしている光景が信じられないのだ。


オリヴァー兄様が上空に向かって手を掲げる。


するとうっすらとしか見えなかった結界が光りだし、その全貌を露わにする。


太陽光を反射し、キラキラと光る膜がドーム状に広大な牧場全体を覆っているのが目視で分かった。


それと同時に、結界に突っ込んできた魔獣達が、瞬時に灰へと変わっていく姿も。多分これ、オリヴァー兄様が結界を強化したのだろう。


ここで私はある疑問を兄様に尋ねてみた。


「オリヴァー兄様、結界って透明なのに、なんで今迄魔獣の姿が見えなかったのですか?」


「僕が君の目に、汚物を映させるわけないだろう?」


……えっと。


つまり、結界が反応した悪意あるものは、可視化されないって事ですか?

で、気付かない内に敵は黒焦げていると。


……うわぁい。それってR18設定のモザイク機能ですね!?……うん。攻撃力といい、本当にあの結界、えげつないなんてもんじゃないな!


オリヴァー兄様の私に対する凄まじいまでの愛情(?)に慄いているその間にも、クライヴ兄様と騎士達は連携して次々と魔獣を倒していく。


見ればいつの間にやらティルがクリス団長の傍で戦っていた。多分だが、身体強化で駆け付けたに違いない。

うん。身体強化の正しい使い道、初めて目にした気がするよ。


クライヴ兄様の流れるような剣技。それに負け劣らぬ程の繊細かつ豪胆なクリス団長とティルの剣技が、魔獣達を次々と仕留めていく。

しかもクリス団長とティル、心無し楽しそうに見えるんだけど、私の気のせいだろうか。


勿論、他の騎士達も見事な連携で魔獣達を切り倒していき、着実にその数を減らしていった。そのお陰で、既に魔獣達は数える程しか残ってはいない。


だが、外側から結界に体当たりして焼け焦げていく魔獣の数は一向に減らない。

しかも、焼け焦げた魔獣達の身体が折り重なっていき、その後からぶつかって来る魔獣達への身体の負担を確実に減らしていく。


「……この異常事態。魔獣使いビーストマスターなら……あるいは……」


魔獣使いビーストマスター?』


オリヴァー兄様がボソリと呟いた聞き慣れない言葉に首を傾げる。それって一体?


「総員、後退!!速やかに下がれー!!」


突如、クリス団長の鋭い檄が飛び、騎士達が一斉にその場から後方へと飛んだ。

すると、先程までと比較にならない程に大きな『何か』が結界にぶつかり、結界がバチバチと火花を散らしながら大きく弛む。


「各員!自分自身に最大級の防御結界を張れ!身体強化もだ!……来るぞ!!」


何が……?と思う間も無く、バリバリと音をたて、結界が砕ける。

それと同時に、シャーという不快な威嚇音が周囲に響き渡り、巨大な『ソレ』が姿を現した。


『ソレ』を目にした牧場の従業員達が悲鳴をあげ、子供達が泣き叫ぶ


「あれは……!ヒュドラ!?」


そう。オリヴァー兄様が驚愕の表情を向けた先に現れたもの。


それは、小山のように大きなトカゲの身体に、九つの大蛇の頭部を持つ討伐対象S級ランクの魔獣。『九頭大蛇ヒュドラ』だった。



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突然の敵襲により、オリヴァー兄様の結界の全貌が見えました。

はい。とことんエレノア仕様で御座います<(_ _)>

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