第310話 嫌じゃないよ?仲良くしよう

「ん?あれ?」


ふと視線を感じて顔を上げると、ウサギ獣人のお母さんと……あれは、犬獣人……?多分小型犬種の獣人さんだろうお母さんのスカートの影から、こちらを見ている子供達がいた。


その耳と尻尾はどう見ても……。


『狐……と、あれは……狼?!』


そう。彼らの生やしている耳や尻尾は、どう見ても肉食獣人達の持つソレであった。だが母親達は、どう見ても草食獣人である。


「エレノア。彼らの母親達は、肉食獣人達に仕えていた女性達なんだよ」


オリヴァー兄様がそっと教えてくれた言葉で、私は彼等の事情を察した。ああ……。きっと彼らは母親を襲った理不尽の末に生まれた子供達なのだ。


こちらに来たそうなのに、母親の元から離れないでいる彼ら。母親達もどこか私に対して遠慮がちだ。


私は彼等と目を合わせ、ニッコリ笑って手招きをする。

すると子供達は戸惑うように、私と母親の顔を交互に見つめる。私は今度は母親達に向かって安心させるように笑顔を向けて頷いた。


「貴方達もいらっしゃい」


再び手招きをすると、子供達は母親達から促され、おすおずと遠慮がちにこちらに向かって歩いてくる。


すると今度は、私にじゃれついていた子供達が、彼らに怯える様な様子を見せた。そんな子供達の姿を見て、狐獣人の子と狼獣人の子が悲しそうに顔を歪める。


その姿を見て、私の胸はズキリと痛んだ。


肉食獣人と草食獣人との間の溝は深い。


方や絶対的な支配者。方や搾取され、蹂躙される絶対的弱者。


そんな歪な上下関係の果て、戯れに手を出され、肉食獣人の子供を産んでしまった母親はかなり多く存在しているのだそうで、今回の移住でも、そんな子供達の多くが移民としてアルバ王国にやって来たのだと、父様から聞いていた。


――肉食獣人にも、草食獣人にもなれない半端者。


彼等はそういう立ち位置に置かれ、獣人王国では最も酷い扱いを受けていたのだという。


もし外見が草食獣人だったならまだ良かったのだろうが、肉食獣人の血を濃く継いだ容姿の子が生まれてしまえば、それは母親にとっても子供にとっても悲劇以外のなにものでもない。


草食獣人の血を引いているという事で、肉食獣人達には半端物の出来損ない扱いを受け、草食獣人達には、恐怖の対象である肉食獣人達の血が流れている事から忌避され、遠巻きにされる。


幸いというか、草食獣人達は穏やかで優しい気性の者達が多いから、肉食獣人達のように彼らを言葉や身体への暴力で虐げるという事は無いようだが、それでも完全にコミュニティーに入れるかといえばそうではない。


理不尽の果て、ただ生まれてきただけの子供に罪などないと分かっていて、それでも心から受け入れる事が出来ない。それ程までに、肉食獣人達の草食獣人への差別は酷いものだったのだろう。


私は立ち上がると、そんな彼らに近付いた。


推定年齢五歳程の彼等の耳は、思い切りペタリと寝てしまっていて、尻尾もフルフルと不安そうに震えている。


そんな彼らを、私は両腕でまとめてギュウと抱き締めた。


「お、おじょうさま?」


「あ、あの……」


突然の出来事に動揺し、真っ赤になって戸惑う子供達。耳も尻尾もピーンと張ってブワッと膨らんでいる。……可愛い。


「ようこそ、バッシュ公爵領へ!ここに来てくれて嬉しいわ。ねえ、君達ここは好き?」


戸惑う様に……。だけど力強く、彼等は頷いてくれた。


「うん。ここには……恐い人達がいない……から」


「お腹いっぱい食べられるし、殴られないし、嫌な目で見られない。みんな凄く優しい……です」


「うう……っ!!」


こ、こんな小さいのに、そんな辛い目に……!?い、いかん。目から涙が出そうだ。


「そっか!じゃあこれから、ここで沢山遊んで学んで、楽しい思い出を一杯作って欲しいな。それに、君達はこれからきっと、とても力が強くなるだろうから、その力でお母さんや力の弱い人達を沢山助けて守ってあげてね?」


「お……じょうさまは……。僕達が嫌じゃない?僕達、おじょうさまをいじめた肉食獣人と同じでしょう?」


おずおずとそう言うなり、再びへにょりと寝てしまった耳と尻尾に溜息が出そうになる。ああ。やっぱりそういう事を言う人もいるんだな。


悲しいけど、ずっと虐げられてきた草食獣人の中には、どう見ても肉食獣人の外見を持つこの子達に、良い感情を持てない人だって当然いるだろう。


「え?君達、私をいじめた事があるの?」


わざとキョトンとしながら発した私の言葉に、二人が慌ててプルプルと首を横に振った。


「だよね?そりゃあ私だって、意地悪な人は嫌いだよ?だけど君達はその人達とは違うでしょう?私の事も、誰の事もいじめたりしていないのに、なんで怖がったり嫌がったりしなければいけないの?」


「――ッ!」


「私は君達の事、大好きだよ?だから君達とも仲良くしたいって思ってる。ね?私と仲良くしてくれる?」


そう言って再度微笑むと、狼と狐の獣人の子達は、泣きそうになりながらも私に笑顔を向けてくれた。


「うん!僕もお嬢様となかよくしたい!!」


「ぼ、ぼくも……!」


「ありがとー!!凄く嬉しいよ!!」


そう言って、二人に頬ずりすると、ようやく子供らしい笑顔でキャッキャと笑ってくれた。私もここぞとばかりに、ビロードのようなモッフモフを存分に堪能する。おおっ!肉食獣人特有のフサフサ尻尾が、私の身体にクルンと巻き付いた!!あああ……!し、至福っ!!


「わ、私も!!なかよくする!!」


「ぼ、僕も!!」


「わたちもー!」


「わー!嬉しいな!!よーし、みんなもおいでー!!」


「「「「「はーいっ!!」」」」」


子供達が歓声を上げながら、私と狼と狐の獣人の子達に飛び付いてきた。少年達は戸惑いながらも皆と一緒で嬉しそうだ。うんうん、子供は本当に素直で適応力あるよね!


これが切っ掛けになって、肉食・草食の括りを取っ払って、みんなが仲良く出来るようになれればいいな。




そんなエレノアや子供達の触れ合いを見ながら、狼と狐の獣人の少年達の母親達が涙を流し、他の草食獣人達もどこか気まずそうにしながらも、子供達が屈託なくはしゃぐ姿に胸を打たれたかのように、瞳を潤ましていた。


そしてそれはエレノアに絶対の忠誠を誓った騎士達も同様で……。


「うう……っ!!」


「くぅっ!!……お、お嬢様!!」


「と、尊過ぎて……涙が……!!」


「我が人生、一片の悔いなし……!!」


等と口にしながら、感涙に咽び泣く。

そんな光景を汗を流して見つめながら、クリスは昨日の近衛騎士達を思い出していた。


「デジャブだ……」


見ればポールやネッドも目元を拭っているし、ご婚約者様方も、蕩けそうな顔でエレノアを見つめている。


多分だが、エレノアお嬢様と接すると皆、ああなってしまうのだろう。……なんて考えている自分だとて、不覚にも目頭が熱くなってしまっている訳で、全くもって他人の事を言えない状態なのだが……。


『それにしても……あの子達の言っていた事とは一体……。お嬢様が肉食獣人にいじめられただと……?』


そういえば、昨日の獣人達も「我々を救って下さった」と言っていた。それに対するお嬢様のあの態度。


何よりも、近衛騎士達が口にしていた『姫騎士』という名。


『姫騎士』とは、アルバ王国の者なら誰でも知っている、救国の聖女の敬称だ。


『ひょっとして、お嬢様は獣人王国との戦いに、なにかしら関与されているのかもしれない……』


そういえば朝の騒動の後、イーサンに「団長就任祝いです。特別に初回限定版を差し上げましょう」と言って、綺麗にラッピングされた本らしきものを渡された。


しかもそれを見ていた近衛達が「素晴らしい宝を賜ったな!」「子々孫々に受け継がせるべき家宝だ!大切にするが良い」と、物凄く良い笑顔で祝福してくれたのだが……。ひょっとしてあれが、彼らの言っていた『聖典』とやらなのか?


等とクリスが考えていた、その時だった。


硬質なもの同士がぶつかり、軋むような不快な音が響く。


「――ッ!!」


騎士達が一斉に抜刀する。オリヴァーとクライヴも、瞬時にエレノアの元へと駆け寄ると、再び響き渡る硬質な音のする方向に厳しい目を向けた。



======================



そう。エレノア菌に感染した者は、皆こうなるのです。

そして遂に、イーサンに『聖典』を貰ったクリス団長。多分イーサン、初回限定本を50冊は手に入れているのでしょう。

プレミアついてて、確かにひと財産になりそうです。

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