第309話 チビケモっ子さん、いらっしゃい!
その後一時間程して。
クライヴ兄様が身体を起こしたと同時に、オリヴァー兄様も目覚め、私の膝から離れる。
「……お前だけ膝枕かよ……」
「エレノアを抱き枕にしていたクライヴに言われたくない」
一瞬バチッと兄様方の間に火花が散ったが、次の瞬間にはいつも通りの雰囲気に戻った。どうやら互いに阿吽の呼吸で不毛な会話を避けたようだ。
「さて……と。そろそろ正午過ぎかな?まだ牧場の方の修繕も終わっていないみたいだし、今日の修行はここまでにして、休憩を取る事としようか」
オリヴァー兄様の言葉を受け、素早くクリス団長とポール達が動き出し、牧場の手伝いをしていた騎士達や、牧場主さん達にその事を伝える。
「それでは僭越ながら、ここで採れた最高の食材を使って、お嬢様や皆様方にお食事を振舞いたいと思うのですが如何でしょうか?」
そう言って、牧場主さんや従業員の皆さんが、丸太で作った長テーブルに、シチューやチーズ入りのパン、バターたっぷりパンケーキなど、新鮮なミルクや乳製品を使った料理を次々と作って持って来てくれる。
私もお返しにと、料理長が沢山作ってくれたお弁当を牧場の皆さんに振舞う事にする。あ、勿論騎士さん達の分もありますよ。
というか、本来であれば、騎士達は交代で休憩を取るのだが、例のオリヴァー兄様が張ったえげつない結界があるので、皆で一斉に食事を取る事となったのである。
牧場で働いている従業員の皆さんも一緒に食べるから、私を含め、警護対象が一堂に介しているってのも、大きいようだ。
その結果、料理が溢れんばかりに所狭しとテーブルに並べられる事となった。
でも当然と言うか全てが置ききれないと、追加のテーブルが幾つも設置され、各々が好きな料理を好きなだけ取って食べるスタイルになってしまった。いわゆる前世のビュッフェスタイルってやつですね。
「うん、美味しいね」
「だな。バッシュ公爵領の食べ物は元々美味いが、青空の下で食べてるって解放感がまた美味さを引き立てるんだよな!」
そう言いながら、兄様方が完璧な所作で料理を次々と口元に運んでいく。
騎士さん達も皆、お腹が空いていたのだろう。大喜びでまたたく間に料理を胃袋に収めていく。なんか見ていて清々しい気持ちになる程、物凄くいい食べっぷりだ。
私もバターと蜂蜜たっぷりのパンケーキを口に運ぶ。……うん、凄く美味しい!!
ウマウマとパンケーキを半分ぐらい食べたところで、ふと私は気が付いた。
「あれ?ティルがいない?」
「お嬢様。奴はお嬢様から頂いたパンを食べておりますから、このまま引き続き警護をさせても問題無いと判断致しました。というかあのようなバカ、そこらの牧草でも食ってりゃいいんですよ!」
キョロキョロとティルの姿を探していると、私の傍に控えていたクリス団長が、シチュー皿を手に冷ややかに言い放った。
おおう……。つ、つまりランチ抜き……ですか。
見ればクリス団長の言葉に呼応するように、ネッドとポールも力一杯頷いている。
そういえば二人とも職務怠慢を咎められ、クリス団長にお小言と鉄拳制裁食らっていたからな……。
チラリと遠くの方を見てみると、小さい人影(多分ティル)が何故か丸くなっていた。どうやら一人だけランチにありつけずに拗ねているようだ。
「……え~と。アリステア?」
私はクリス団長直轄の部下で、唯一ティル(と私)の愚行の巻き添えにならなかったアリステアの名を呼んだ。
「はっ!お嬢様、どうされましたか?」
「あの……ね。これ、ティルに持って行ってくれないかな?」
そう言って、私はシチュー皿と、パンやおかずを盛り付けた皿の乗ったお盆をおずおずと差し出した。
クリス団長も、流石に私自らの施しには何も口を出さなかったし、オリヴァー兄様とクライヴ兄様も、敢えて見て見ぬふりをしてくれているようだ。
アリステアが私からお盆を受け取り、一礼してからティルの元へと向かう。
暫くして、小さな人影の方から「おじょうさまー!あざ~っす!!」と微かな声が聞こえてきた。あっ!なんか元気に手を振ってる。
「なんと言うか……あのしぶとさ。一周回っていっそ清々しいと言わざるを得ないね」
ティルのいる方向を見ながら、流石のオリヴァー兄様も半笑いしている。クライヴ兄様も呆れ顔で「あいつの魔力量、どうなってんだ?」と首を傾げていた。
そうだよね。クリス団長曰く、ティルって身体強化かけまくっているみたいなんだけど、あれって凄く魔力食うんだもん。
私も重たい剣を使う時は身体強化かけるけど、ハッキリ言って長くはもたない。ほぼ一日中クリス団長にどつかれているティルって、つまりは一日中身体強化をかけているって事なんだもんね。どんだけ魔力量あるんだって言いたくなるのも当然だ。
「んん?」
なんとなく、目の端に何か揺れているものが見えて、そちらの方に顔を向けると、小さなウサミミとかネコミミとか……。つまりはケモミミがテーブルからちょこんと出ていた。しかもめっちゃピルピルしている。
ソロリと机の下を覗き込んで見れば、推定年齢二歳から八歳ぐらいのチビケモミミ……というか、子供達がいて、私と目が合い「きゃっ!」と可愛らしい悲鳴を上げた。
『おぅふ!と、尊い!!』と叫ばなかった私を誰か褒めて欲しい!
私は心の中の動揺をひた隠し、硬直してしまった子供達に向かってニッコリ笑顔を浮かべ、手招きをした。
するとチビケモっ子達は途端、パアッと顔を輝かせ、ワラワラワラと私の元へと駆け寄って来たではないか!!はぁぁぁぁっ!!て、天使たくさんキター!!
「おじょうさまー!」「ミア姉ちゃんのいもうとのノアです!」「従弟のジュールです!」「おじょうさま、かわいいねー!」「いい匂いー!」「だっこー!」
等と、口々に言いながら私に飛び付いて来るチビケモっ子達。
親であろう獣人の皆さん、顔面蒼白になって大慌てて子供達を回収しようとするが、子供達は私にしがみ付いて離れない。そして私も離さない。
お母さん方、落ち着いて!私は大丈夫です!というか、私からモフモフパラダイスを奪わないで下さい!
あっ!推定年齢二歳のネコ獣人の子の喉がゴロゴロ鳴っている!!あああ……!ら、楽園はここにあった……!!
「……済まないけど、貴方がたのお子さんを暫く貸して頂けませんか?」
オリヴァー兄様に声をかけられ、獣人の皆さん……というより奥様方が、一斉に顔を真っ赤にしながら戸惑いの表情を浮かべる。
「で、でも……」「お嬢様のご迷惑では……?」
「大丈夫です。ほら、あの顔を見れば分かります」
そう言われ、獣人のお母様方、色々なモフモフに囲まれ、デレ切った私を見るなり「ああ……」と納得してくれた。
済みません、どう見ても不審人物ですね、騎士さん達も兄様方も、ものっそ生温かい目で見ている気がします。こんな女で御免なさい。でも決して不埒な事はいたしません。だから暫しの間、天使達を私にお預け下さいませ。
そんな事を心の中で思いつつ、思い切りチビケモっ子パラダイスに浸るエレノアは知らなかった。
極上の笑顔を浮かべながら獣人の子供達と戯れるエレノアの、天使のような愛らしさに撃ち抜かれ、その場のほぼ全ての者達……特に騎士達がウットリと見惚れていた事を。
ちなみに婚約者二人はというと……。
オリヴァーは「……僕にもあんな蕩けた顔を向けてくれたらねぇ……」と呟きながら生温かい目でエレノアをみつめ、クライヴは昨日の「こんな子が欲しいですね♡」発言を思い出し、顔を赤らめて見入っていたのであった。
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まさにエレノアにとって、バッシュ公爵領は楽園でした。
そしてオリヴァー兄様をも唸らせるティルのしぶとさが凄いですよね!
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