第308話 膝枕
「まったくもう!本当に君って子は!!」
お説教という、雷鳴とどろく嵐が通り過ぎた後。
足が痺れ、そのまま倒れ果てた私は今現在、大木に背を預けたオリヴァー兄様のお膝に乗っけられて後ろから抱き締められております。
口調も雰囲気もまだ怒っているけど、髪にキスしたり、私を堪能するように首元に顔を埋めてグリグリしている。
でも時折身体を動かして私の痺れた足を刺激し、小さく悲鳴を上げさせる事も忘れていないのがえげつない。というか、流石はオリヴァー兄様と言わずにはおれない。
ちなみにティルだが、怒れるクリス団長に散々甚振られた挙句、牧場の端の方に追いやられてしまったようだ。
「おじょうさま~!」なんて声が小さく聞こえてくる。あ、なんか豆粒のような人影が、こっちに向かって手を振ってる。
ティル、なんとか無事なようで良かった……。
というか、あのクリス団長の殴る蹴るの嵐を受けて無事って所が真面目に凄い。
クリス団長曰く「奴は魔力量が常人より多いので、姑息にも身体強化を使いまくっていやがるんですよ。全くもって腹立たしい!」……だそうです。
ところでクライヴ兄様だが、お説教が終わった後。「ちょっと寝る」と言って、ゴロリと横になってしまい、今現在私達の横で爆睡中です。
そんな兄様に「あれ?クライヴ兄様。あんだけ寝たのに寝たりないんですか?」……ってポロリと口を滑らせてしまったんだけど。どうやらその一言が、兄様の怒髪天を突いてしまったようだ。
青筋を浮かべながら、未だ痺れている足を思い切りムギューと掴まれ、絶叫をあげさせられてしまいました。ひ、ひどっ!何故に!クライヴ兄様!?
……そうだ。酷いと言えば、私が悲鳴を上げているのに「どうしたんですか!?」の一言もなく駆け付けもせず、ただこちらを眺めているだけの騎士達ですよ!
主家の姫が悲鳴上げているっていうのに、その冷ややかな反応。「自業自得ですよ」とでも言いたげな生温かい眼差し。
私、ここに来てまだ三日目だってのに、随分最初の頃と態度が違いやしませんかね!?
……まあでも考えてみれば、本邸の皆も、割と私に対してはこんな感じに塩対応だったっけ。
多分だけど、連日あれだけご令嬢らしくない姿曝け出していたから、みんなして呆れてるんだろうなぁ。
うう……。だけど今更、淑女の皮なんて被れない。あ、公式の場では被りますけどね!?私だって主家の姫としての立場くらいは理解しておりますとも!
「オリヴァー兄様。兄様は眠らなくて良いのですか?」
私の後頭部にキスを落しているオリヴァー兄様に声をかける。
だって、徹夜で馬車を爆走してきているんだもん。きっと疲れているだろうし眠い筈だ。
「大丈夫だよ。僕にとって、こうしてエレノアを堪能している事こそが、なによりの休息なんだ。クライヴも僕がいるから、こうして安心して眠っていられるんだしね」
苦笑交じりにそう言われ、私は後方から抱き締めているオリヴァー兄様を見ようと振り返る。
するとすかさず、唇にチュッとキスをされてしまった。くぅ……ッ!ふ、不覚!!
「で、でも兄様。バッシュ公爵家の騎士達もいますし、兄様が張ったというえげつな……いえ、超強力な結界もありますし。少しは兄様も休んで下さい」
そう。私にはよく分からないけど、この牧場に到着して割とすぐ、オリヴァー兄様はこの広大な牧場全体に結界を張ったのだそうだ。
その際、張られた結界を見上げて「うわぁ……えげつな……」って、誰かがボソリと呟いていたんだけど、どうやらこの結界、悪意を持った者は通り抜けできないどころが、触れた瞬間、黒焦げになる程の攻撃魔法が展開するようになっているらしい。
クライヴ兄様も結界を見ながら「マジか……」って呟いていたから、相当ヤバイ代物……なんだよね?
帰る時に黒焦げになった何かを目撃してしまったらどうしよう……。
「いや。本当に大丈夫。僕もクライヴ程じゃないけど鍛えているからね」
「それは知っています。それでも少しは休んで下さい。なんなら膝枕しますよ?」
「――ッ!?……膝……枕……?」
うん。ようやっと足の痺れも収まってきたしね。……ってオリヴァー兄様?何故か黙ってしまわれたのですが、どうしました?
再び首を後方に捻ってみると、オリヴァー兄様は驚いた様に見開いた目をふっと揺らめかせた。しかも、頬がみるみるうちに赤く染まっていく。
「……そ……そう……だな。やって……もらおう……かな?」
照れた様に微笑む兄様のあまりの麗しさに、今度は私が真っ赤になって硬直してしまった。
多分今の私、顔と言わず全身が真っ赤になってしまっている。そのうえ鼻腔内毛細血管が久々にショートしそうな予感に慌てて己に喝を入れ、気を引き締めた。
くっ……!傾国の美形は、攻略対象への攻撃力を緩めない為に、日々己の美貌を自動アップデートしているとでもいうのだろうか!?
「エレノア?」
固まってしまった私を不思議そうに覗き込んだオリヴァー兄様の声に我に返る。
「はっ、はいっ!!どどどどうぞ!!」
慌ててオリヴァー兄様のお膝からぴょんとどき、「どんとこいや!」とばかりに膝をポフポフ叩くと、オリヴァー兄様は戸惑いがちに……でも凄く嬉しそうに、私の膝に頭を乗っけてゴロリと横になった。
「ふふ……。気持ちがいいね」
太ももに兄様の重みを受け、バクバクと心臓が鼓動を早める。
ま、まさかここにきて、こんな恋人達が野外デートで行う、嬉し恥ずかし羞恥プレイを行うとは思いもよらなかったよ。
惜しむらくは、もろに貴族の正装を身にまとったオリヴァー兄様に対し、私の恰好が農民スタイルだったって事かな。
これでドレス姿だったら、めっちゃ様になっている所なんだろうけど……。まあ、オリヴァー兄様が幸せそうだからいいかな?
癖の無い、艶やかな黒髪を指ですくようにサラリと撫でる。
その絹糸のような極上の障り心地に、サラサラと何度も髪を撫でていたら、オリヴァー兄様の身体から徐々に力が抜け、私の足にかかる重みが増していく。
やがて、小さな寝息が耳に届く。
そろりとオリヴァー兄様の顔を覗いてみると、少しだけ疲れたような……でもとても穏やかな寝顔が見えて、胸にほんわりと温かいものが広がっていった。
私への溺愛が突き抜けすぎて、本当にもうこの人は……!という時も正直多いけど、それを差し引きしても、私はこの人の事が本当に大好きだ。
王都からバッシュ公爵領まで、
そんなオリヴァー兄様に感じる気持ちが、戸惑いや恐怖よりも嬉しさが勝ってしまっているってところが、私も大概末期だなって思う。
「オリヴァー兄様。大好き」
そっと屈んで耳元に囁けば、オリヴァー兄様の口角が、ほんの少しだけ綻んだ。
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エレノア菌に侵された人達の症状の一つに、「エレノアに対して塩対応になる」があります。
当然、呆れているとかではなく、心からの愛情ゆえに塩対応となるのであります(^O^)
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