第306話 守っていきたい

帝国とはこの西の大陸において、アルバ王国と同規模の国土と国力を誇る好戦的な軍事大国だ。


過去においては国力がほぼ拮抗していた事もあり、周辺諸国を巻き込んで何かと粉をかけてきたものだが、アルバ王国側に強大な力を持った王族が多く生まれ続け、なおかつ国民一人一人における魔力量にも差がつき始めた為、徐々に手を出される事が減って来た……と聞かされている。


極めつけに、『ドラゴン殺しの英雄』たるグラントと、天災級の魔導師たるメルヴィルが現れた事により、ここ数十年、帝国は目立った動きを全く見せていなかった。

かくいう自分達の世代などは、帝国とは国交も無い事から、かの国の事は全て「噂」程度にしか知らない者が殆どだろう。


だが帝国はアルバ王国同様、他国に比べ魔力の高い者が非常に多いとされている。一説によれば、太古に滅んだとされている魔族の血が流れているとも言われているのだ。


その為、もし彼の国が事を起こそうとすれば、アルバ王国といえど無傷では済まないだろうとも言われている。


「……クライヴ。僕と話している間は、なるべくいがみ合っているような態度でいてくれ。僕もそうするから」


一瞬眉を顰めたクライヴだったが、即座に指示された通り、憮然とした表情を作り、オリヴァーを睨みつける。


オリヴァーも、冷ややかな表情をクライヴへと向けながら、その帝国が己の国を繁栄させる為に長年行ってきたとされる『ある事』を話して聞かせた。


「は!?『異世界召喚』だと!?」


「ああ。最近断定されたみたいなんだが……。どうやら世界的に女性の数が激減した頃から行っていたらしい。無論秘密裏にね」


「……信じられねぇ……!そもそも、『転生』と『転移』で異世界に渡る者達はいるが、それは稀に起こる自然現象であって、人為的に『召喚』するなんて事は出来ない筈じゃないのか!?」


「うん。だが帝国は、その不可能を可能にする技術を持ち合わせていたんだろう。そして、人口が少なくなるたび、異世界召喚を繰り返し、女性達と……ついでに、異世界の知識や召喚者の魔力を糧に、大国となって栄えた……」


「まさか……。あの国がそんな非道な事を、長年行っていただなんて……!」


クライヴはオリヴァーから聞かされた話の内容に絶句する。


自分達の繁栄の為に、何の罪も無い女性達が異世界から召喚され続けていた。しかも消耗品のように、次から次へと……。


突然、自分の生まれ育った世界から引き離され、異世界である帝国に呼び出された挙句、国の繁栄の為にと犠牲にされた女性達の悲しみや苦しみ。それを想像するだけで胸が痛む。


「……だがここ数十年の間、帝国の人口減少が進んでいるらしいから、以前よりも頻繁に異世界召喚を行っていないのではないか……というのが、王家の見解だ。でも問題はそれだけじゃない」


「オリヴァー?」


突然、更に厳しい表情になったオリヴァーに、クライヴが眉を顰めた。これ以上、何があるというのだろうか?


「……これも最近分かった事なんだけど、帝国以外の国で保護されていた、『転生者』や『転移者』が次々と姿を消しているらしいんだ。……しかも女性限定でね」


そこでクライヴは、オリヴァーの言いたかった事を理解した。


「……帝国が絡んでいる……という事か?そして、エレノアも狙われるかもしれないと……」


「確証は無いらしいんだ。そもそも『転生者』も『転移者』も、どの国も喉から手が出る程欲しい存在だから、帝国以外の国が関与している可能性も否定出来ない。だけど女性限定で……となると、やはり帝国の関与を疑わざるを得ない」


それらを総合し、もしかすると帝国は異世界召喚を行えなくなった結果、他の国の『転生者』や『転移者』を攫っているのではないか……という結論になったのだという。


幸い、エレノアの前に『転移者』としてアルバ王国にやってきた聖女アリアは、『転生者』と『転移者』を厳重に保護する仕組みに加え、当代の国王陛下や王弟達の独占欲により、その身が『転移者』である事を徹底的に秘匿された。


それに、万が一彼女が『転移者』である事がバレたとしても、すでに彼女は『聖女』であり『公妃』という、アルバ王国の国母である。

彼女に手を出せば、アルバ王国そのものが帝国に牙を剥く。だから当面、アリアに危険が及ぶ事は限りなく低いだろう。


対してエレノアは、転生者である事は今の所、ごく限定された者しか知らないが、その身分はあくまで『公爵令嬢』であり、王族とも正式に婚姻関係を結んではいない状態だ。

だからこそ、王家はエレノアに『聖女』認定を行い、更に王家直系達と縁を結ばせようとしたのだ。……全てはエレノアを守る為に。


「クライヴとエレノアの添い寝の話で、頭に血が昇ったのは本当だけど、帝国の話を聞いて、一刻も早くエレノアの傍に行きたかったんだ。……多分だけど、ディラン殿下もそうだったんじゃないかな」


「あの方は、アシュルや他の連中と違って、堅苦しい取り決めや手続きなんてすっ飛ばして本能で行動する方だからな」


アシュルは今頃胃を痛めているだろうが、ある意味動けない自分の代わりに弟であるディラン殿下が動いてくれてホッとしてもいるのだろう。


「国王陛下方もそれを分かっていたから、本気で止めようとしなかったんだと思うよ?……まあ、途中でそういった諸々を抜きで、馬車勝負に熱中していたっぽいけど」


「結果、聖女様とリアム殿下がああなったからな。『影』の総裁がブチ切れんのも仕方がないか」


クライヴの言葉に苦笑するオリヴァーは、次の瞬間暗い顔で溜息をついた。


「それにしても、僕も公爵様も……恐らくイーサンでさえも、『転生者』の知識を甘く見ていたんだ。昨日の視察の内容を聞いて驚いたよ。まさかあれ程の知識と発想力を『転生者』が有しているとは思ってもみなかった。尤もエレノア自身が特別だったという事なのかもしれないけど」


「ああ。それは俺も思った。特にあの『フリーズドライ』って製法で苺をスナックにした時は度肝を抜かれたぜ」


そもそも『転生者』も『転移者』も、百年に一度顕われるかどうか……とされる程に希少な存在だし、歴代に顕れた者達が成した事が生活や経済に大きな変革を与えた……とされる事実もあまり無かった筈だ。


当代の『転移者』であるアリアも、希少な『光』の魔力を有してはいたが、自らの知識として行った事といえば、王宮にワショクをもたらしたり、地域の医療体制を整えたりする事ぐらいだった。……だから王家も油断してしまった。


「うん。しかも知識を披露した場所がまた不味かった。不特定多数の者達が多く集うあの場所では、帝国の関係者もいたかもしれない。そしてその者達が、エレノアの語った知識が転生者のものである事を悟ったとしたら……」


「……ゾッとしねぇ話だな……」


だがここでいきなりエレノアの警備を厳重にする訳にはいかない。

それは結果的に、帝国の疑念を確信に変える切っ掛けになってしまう恐れがあるからだ。


『成程な……』


だからこそ、オリヴァーは『嫉妬のあまり、なりふり構わず駆け付けた婚約者』として、バッシュ公爵領に駆け付けたのだ。(まあ、実際嫉妬もあったのだろうが)

オリヴァーの嫉妬深さとエレノアへの溺愛は周知の事実だから、なんら怪しまれる事もない。


ディランにもその思惑があったかどうかは分からない。……いや、十中八九闘争本能を刺激されただけであろうが、結果的に王族もエレノアを守る矛と盾としてバッシュ公爵領入りする事が出来た。


我が弟ながら、自分の悪評までをも利用するこの頭の回転の速さには、心の底から感嘆してしまう。


「クライヴ……。僕は誰であろうとも。理不尽にエレノアを奪おうとする者に対して、絶対に容赦しない!」


「……ああ。俺も同意見だ」


まるで、互いに威嚇し合っているようにそう言い合いながらエレノアの方を見てみると、騎士服を着た男となにやら楽しそうにお喋りをしていた。


「クライヴ。あの男は?」


「ああ。あいつはティルロード・バグマンって言って、クリス団長の腹心だ。なんかエレノアに懐いちまっててな。あ、それと、あいつ第三勢力同性愛好家だから、そう言った意味で危険はねぇぞ?」


「ふぅん……」


その直後、背後からの気配に振り向く。


するとそこには、騎士団長のクリスが地面に片膝を付き、頭を垂れていた。


オリヴァーが瞬時に音声遮断の術式を解く。


「あの……。オリヴァー様。うちの部下がお嬢様に馴れ馴れしくしてしまい、まことに申し訳ありません。奴には後で私からきつく申し付けておきますので、なにとぞ罰は最小限にして頂けたらと……」


――……なんか、物凄く緊張している。


クライヴはクリスの態度を見ながら汗を流した。


まあ、昨日自分が言った脅し文句に加え、バッシュ公爵領に来てからこれまでの行動や言動を見るに、緊張しない方がおかしい。


ひょっとしたら、愛する婚約者に不埒を働いたと、ティルがオリヴァーによって消し炭にされるかもしれないと危惧しての謝罪なのだろうか……。


「クリス団長。顔を上げてくれ。……僕はエレノアをあんな風に笑顔にしてくれる者をどうこうする趣味は無い。だから安心して欲しい」


「は……」


オリヴァーの言葉に、遠慮がちに顔を上げたクリスは、オリヴァーの表情を見るなり絶句した。


エレノアを見つめ、柔らかく微笑むその絶世の美貌は慈愛に満ち溢れ……不覚にもクリスの頬が赤くなってしまう。


「僕は、あの子の笑顔を守っていきたいだけなんだ」


オリヴァーの呟きに、クライヴとクリスもエレノアの方に目をやる。

すると、大切な少女の屈託のない笑顔が目に飛び込んできて、思わず口元が綻んだ。


「ああ。守って行こうな。俺達の手で」


「はい。私を含めた騎士団員達も、バッシュ公爵領に住まう者達も、皆気持ちは同じです」


新たなる決意を胸に刻んだ彼らの頬を、緑薫る風が優しく吹き抜けていった。



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帝国の所業が明らかになりました。


既に『姫騎士』として十二分に目立ってしまったエレノアですので、王家や父達は、当然帝国から目をつけられていると見越して自由にさせていました。

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