第304話 家畜、まっしぐら!

「さて。それじゃあ修行を始めようか?」


「は……はひ……」


頬ずりしたりキスしたりと、爽やかな青空の下、散々スキンシップを堪能し満足されたオリヴァー兄様が、私を地面に下ろすとにこやかに修行開始を宣言した。


しかもいつの間にか、修行スペースまで移動していましたよ私達。


あれか?私がオリヴァー兄様の仕打ち(愛情)に翻弄されている内に、クライヴ兄様と護衛騎士達と共に、ゾロゾロと場所移動が行われていた……と。そういう事なんですか!?


オリヴァー兄様!己の欲望とお仕事を同時進行しているなんて流石です!……が、牧場内の皆さんに野外羞恥プレイをご披露して回っていたって事ですよね!?

生温かい視線をあちらこちらから感じるのは、つまりは「このバカップルが」って目で見られているって事ですよね!?


うわぁぁぁぁぁぁぁ……!!今なら恥で死ねる!


私は様々な羞恥で目をクルクル回したまま、叫び出したい衝動をそのまま目の前に広がる牧草地予定の広大な広場に向かって「えいや!」とぶつけた。


すると、耕した後の土だけだった広場に、シロツメグサの花畑が私を中心に広がっていく。


「「「「「おおおおっ!!」」」」」


その光景を間近で見たバッシュ公爵家の騎士達が、歓声と共に惜しみない拍手を送ってくれた。


その中に小さく「お嬢様ー!すげー!!」と聞こえてきたのだが……。あ、やっぱティルだ。

でもなんか凄く遠くに配置されているんだけど。これってオリヴァー兄様対策ってやつなのかな?


ところで何でシロツメクサなのかというと、実はバッシュ公爵領に行く前の最終打ち合わせで「雑草しか生やす事が出来ないのなら、それを逆手にとってみてはどうか?」との意見が出されたのだ。


つまり、薔薇だの百合だのは咲かせる事が出来なくても、雑草の中でも華やかな花の咲く品種を厳選して咲かせてみればいいじゃないか。そうすれば例え雑草でも華やかに見える。……という訳なのである。


実際、こうして地面いっぱいにシロツメグサを咲かせてみると、想像以上に華やかで綺麗だ。

確かこういう、野草や野花で作った庭園の事を、前世では『メドウガーデン』って言うんだったっけ。


そういえば前世のお祖父ちゃん、自分ちの庭の草むしりサボりまくって雑草だらけにした挙句、「実はワシ、超自然派庭園?え~と、メノウガーデンっちゅうもんを作ろうと思って!」と言い張って、お祖母ちゃんにぶっ飛ばされていたっけ。

お祖父ちゃん、なんでも横文字にすればいいってもんじゃないよ?それに「メノウ」じゃなくて「メドウ」だからね。二重に残念だったね。


――閑話休題。


庭師達にとっては憎き天敵雑草であっても、農業地帯のバッシュ公爵領では、花農家さん以外にガーデニングをしている人ってあまりいないし、こういう野花の方がなじみ深いから、たとえ咲かせたのが雑草であっても「花」として認識して喜んでくれるのが凄く嬉しい。


実は私が望んだ花を全く咲かす事が出来ず、野花しか生やす事が出来ないっていう真実も、バッシュ公爵領では全然知られていないしね。


あっ!よく見たら、従業員の皆さんや獣人の皆さん方もキラキラ笑顔で拍手してくれている!ありがとう!皆さん、本当にありがとう!!野花の聖女(予定)頑張りました!


「雑草とはいえ、これだけ群生してると存在感あるな」


感心した様子のクライヴ兄様と、満足そうに頷かれているオリヴァー兄様の姿に、ちょっぴり鼻が高くなってしまう。ふふ……。順調順調!


「エレノア―!次はカタバミとかスミレとかポピーとか咲かせてみて!」


少し離れた場所からオリヴァー兄様に指示され、私は「はいっ!」と元気に返事をしてから意識を集中させる。


えーと……スミレ、ポピー、カタバミ……って、スミレは分かるけど、ポピーとかカタバミってよく分からないなー……。と、とにかくなんか花!


私は目を閉じ、懐かしい田舎の土手を思い出す。……だがそれが良くなかった。


――ポン!


んん?なんか不吉な効果音が……?


――ポポポポン!


「エレノアー!違う違う!!タンポポは駄目!それと、いつものアレも咲きまくってる!!ストップー!!」


「えっ!?ああっ!!」


目を開けて見ると、シロツメグサのお花畑を侵食する勢いで、黄色い悪魔タンポポ白い悪魔ぺんぺん草がっ!!


「兄様ー!ポピーとカタバミが分かりませんっ!!」


「お前ー!!あんだけ野草の図鑑見て復習しとけって言ってただろうがー!!」


正直に分からない事を自白したら、すかさずクライヴ兄様の怒声が飛んだ。


だ、だってだって!馬車の中で再確認しようと思っていたら、いきなりオリヴァー兄様来ちゃったんで見られなかった上に、色々脳内飛んじゃいまして!!


「えーと!それじゃあスミレだけに集中!!」


オリヴァー兄様の言葉に従い、スミレを必死に想像すると、黄色と白の間に紫色が混じり出した。


「いいよエレノア!それじゃあ次は……サクラソウ!」


「サ。サクラソウ!?」


私がそう口にした瞬間、オリヴァー兄様は全てを察した。


「エレノア!知らなければパスして!!スミレに集中!!黄色と白が増えてきてる!!」


ああっ!本当だ!お、おのれタンポポ、ぺんぺん!お前らはお呼びではないんだ!!ってか、想像してもいないのに、勝手に出て来るんじゃない!!


「じゃあ次は―……」


――……なんて事を繰り返していたら、最終的に黄色と白が幅をきかせているお花畑が爆誕した。


「エレノアお嬢様!!凄いです!!」


「流石はエレノアお嬢様!!」


「バッシュ公爵家直系の力を拝見できて光栄です!!」


当座の魔力を使い果たし、野花に埋もれる様に大の字でゼイゼイ言っている私の傍で、バッシュ公爵家の騎士達が興奮気味に次々と賛辞を述べに来てくれている。


「………ドモ……」


そんな彼らに、気力をふりしぼってお礼を言う。


ちなみに今回、修行について来る予定だった近衛騎士さん達や、ウィル含む王都邸の面々は、それぞれ聖女様、リアム、セドリックを介抱したり、後続の馬車の誘導やらなんやらでここに来られなかった。


その為、ティルやアリステア達以外に、急遽クリス団長が指名した十数名もの騎士達を追加で連れて来ているのである。


勿論、クリス団長直属の騎士であるティル達がメインで私の護衛をする。他の騎士達の任務はこの牧場内外の警備だ。


その為、彼等は牧場全体に散って周囲の警戒に当たっている。……が、やはり皆、私の修行に興味津々な為、気が付けば近くを交代でウロウロしており、見付かり次第クリス団長に怒られていた。


それでもこうしてめげずにやってくるあたり、流石は騎士。タフである。


「エレノア、お疲れ様。……まあ、成功率は半分……以下ってところかな?」


クスクス笑いながら、私の横に腰を下ろしたオリヴァー兄様に頭を撫でられる。反対側にはクライヴ兄様が腰を下ろし、サクラソウを咲かせようとして、何故か一本だけ咲かせたミニヒマワリを千切って私の髪に差してくれた。


「うん、似合うぞ」


「……アリガトウゴザイマス……」


私のカタコト言葉に、兄様方が汗を流す。


「……相当キてるな……」


「……うん。今日の修行はこれぐらいに……」


なんて事を兄様方が話し合っていた矢先、クリス団長や他の騎士達の怒声と悲鳴が響き渡る。そして何故か地響きも。


「ク。クライヴ様ー!!オリヴァー様ー!!お嬢様を連れて、お逃げくださいッ!!」


「――ッ!!」


「何だ!?」


すると目にも止まらぬ速さでオリヴァー兄様が私を腕に抱き締める。クライヴ兄様も私達を守る様に刀の柄に手をかけ、振り返った。


だが睨み据えたその先にいたのは、敵ではなかった。


「――は!?」


「え?ちょっ……!?」


思わずといった様に、兄様方が目を丸くしてその光景を見つめる。


なんと、地響きと土煙をたてながらこちらに向かっているのは、羊・牛・馬等の大群だった。

彼等は次々と柵を飛び越え、または破壊しながら、真っすぐこちらを目指して爆走してくる。


流石の騎士達も、牧場で大切に飼われている家畜達を撃退する訳にもいかず、その勢いに負けて次々突き飛ばされたり転がされたりしている。


兄様方も瞬時に臨戦態勢を解き、逃げの一手に打って出た。そんな私達をクリス団長とティルが安全な場所へと誘導する。


――ってティル!?あんた物凄い端っこの方にいたのに、いつの間にここに!?……え?丁度いいから荒ぶる牛の背中に乗って来た?……うん。なんかもう、どこをどうツッコんでいいのか分からない。


そんな私達には目もくれず、羊や牛達は私の作ったお花畑に一斉に群がると、「モー」「ヒヒィーン」「メー」「メー」「ウメー(幻聴?)」と鳴きながら、物凄い勢いでがっつきだした。


そして野花の大地は、荒ぶる野獣と化した彼等に瞬く間に喰い尽くされ、後には元通りのハゲ地のみが広がるだけとなったのであった。



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動物たちのご馳走への本能を刺激する、エレノア印の雑草です(^O^)

そしてどうやら「困った時のアレ」的な感じに、隙あらばと黄色と白の悪魔は出て来るようです。

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