第303話 オーバーオールの貴婦人

――さて。気を取り直して、早速牧場スタイルに変身しますか。


私はウィルの代わりについて来てくれたダニエルにお願いして、あらかじめ馬車に積み込んであった例のアレが入ったバックを持って来てもらった。


私が何に着替えようとしているのか知っているクライヴ兄様は複雑そうな顔を。

たった今、何を着るのか察したオリヴァー兄様は苦笑している。


あ、ダニエルは、十一歳の時に初めて行ったダンジョンに同行してくれた召使の一人である。(本当はウィルと同じクロス伯爵家の騎士だったそうなんだけど)


「済みません、どこか着替える場所を貸して頂けませんか?」


牧場主さんに声をかけると、「あの……。済みません。家がちょっと離れていて……」と恐縮されてしまったので、納屋の隅とか馬屋でも良いと言ったら、全力で拒否されてしまった。


「おおお、お嬢様を馬屋になんて……。とんでもございません!!」


そう土下座せんばかりに言われてしまえば強行する訳にもいかない。馬屋、そんなに駄目だろうか。(「駄目に決まってんだろうが!」とクライヴ兄様に拳骨を食らいました)


妥協案として従業員達の休憩所に案内された。休憩所は、世界名作劇場の超有名山少女がお祖父さんと暮らしていた山小屋みたいなログハウスで、牛や馬の出産に立ち会う従業員の為の宿泊施設も兼ねているんだそうだ。


う~ん……。ここでチーズを焼いて黒パンに挟んで食べたら、さぞ美味かろう。


という訳で、着替えようとバックを持って小屋に入ろうとしたら、「あの……お手伝いの方は?」と、牧場主さんに尋ねられ、「あ、一人で着替えます」と答えたら、急遽獣人の女性陣が数名、着替えのお手伝いに名乗りを上げてくれた。


お仕事あるから申し訳ないってお断りしようとしたんだけど、「お嬢様のお世話の方が大切です!」と鼻息荒く言い切られ、結局お願いする事にしました。牧場主さんもホッとした顔をしていたしね。


本当なら、ミアさんが私のお世話の為にウィルと一緒についてきてくれる筈だったんだけど、彼女は今現在、聖女であるアリアさんの介抱の為、本邸に残っているのだ。ちなみにウィルは、セドリックの看病をしている。


馬車の中でオリヴァー兄様に聞いたのだが、どうやらディーさんがリアムとアリアさんをほぼ拉致同然に馬車に乗せ、身一つでバッシュ公爵領まで来てしまったらしい。

なので、本来アリアさんのお世話をする予定だった獣人メイドさん達は、護衛の方々と共に後からやって来る予定なんだって。


で、その間アリアさんを男性がお世話する訳にもいかないという事で、急遽ミアさんがアリアさんのお世話係になっているという訳なのである。


ディーさん……。貴方一体、何やってんですか。そりゃあ、ヒューさんがあんだけ激怒する訳ですよ。


「……あの、エレノアお嬢様」


「あ、はい?」


つなぎの作業着……。いわゆるオーバーオールに着替えた後(獣人の皆さんは、「え?この服!?」って感じにビックリしていたけど)真っ白い髪とウサミミのご婦人が声をかけてきた。


……ん?よく見たら、瞳の色が紅い。それに容姿も……ひょっとして……。


「あの、もしかしてミアさんのお母様……ですか?」


私の問い掛けに、ご婦人の顔がパァッと輝いた。


「は、はいっ!エレノアお嬢様!お初にお目にかかります。ミアの母のリズで御座います」


そう言うと、ミアさんのお母さん……リズさんは、私に対して深々とお辞儀をしてくれた。


「エレノアお嬢様。ミアの命を救って下さったばかりでなく、私共草食獣人を救って下さり、本当に有難う御座います!しかも、ミアをお傍に置いて頂けるなんて……。昨日、久し振りに会った娘はとても元気で生き生きとしていて……本当に幸せそうでした。なんと感謝したら良いのか……」


そう言って涙ぐむリズさんと、リズさんに同意するように頷く獣人の方々。私は慌てて首を横に振る。


「そんな!私がしたことなんて、ただのきっかけに過ぎません。それに私の方こそミアさんに傍にいてもらって、凄く嬉しいし助かっているんですよ!?」


日々ケモミミに癒されていますし!……とは、心の中に呟くに留めておく。


「……あの……。それで、皆さんはその……ここに来てお仕事大変だとか、少しでも辛い事とかないですか?」


昨日の獣人さん達に言ったのと同じ質問をしてみると、リズさんやその場にいた人達は皆、朗らかな笑顔を浮かべた。


「ええ。辛い事など欠片もございません!」


「私達、バッシュ公爵領に来られて、本当に幸せです!」


「一緒に働いている方々も全員とても親切で優しい方々ばかりです!私達、少しでもこの国の方々と、何よりもエレノアお嬢様にご恩返しが出来るよう、精一杯頑張りたいと思っております!」


心からそう思ってくれているのが分かる程、その表情はとても晴れやかに輝いていた。……ついでに耳もめっちゃピルピルしていました。ああ……癒される。


「有難う御座います!これからも一緒に頑張っていきましょう!」


胸に湧き上がって来る温かい気持ちのまま、私も彼等に対し、とびっきりの笑顔を浮かべた。






「お待たせしましたー!!」


元気いっぱい走って来る私の姿を見たクリス団長以下、バッシュ公爵家の騎士達が笑顔のまま固まった。


……まあ、仕方が無いかな。


今の私、ジョナネェにお願いして(無理矢理)開発してもらった、ジーンズ生地のオーバーオールに麦わら帽子。とどめにピンクの長靴を履いているのだから。


そう、今の私はどこからどう見ても立派に農民です!


ちなみに髪型はというと、リズさん達が渾身の編み込みでおさげにしてくれました。

気分はまさに「赤毛のア●」……待てよ?ア●ってオーバーオール着ていたっけ?


「エレノア!なんて可愛いんだ!僕のお姫様!」


そんな中、ブレないのがオリヴァー兄様である。


苦笑するクライヴ兄様を尻目に、オリヴァー兄様は駆け寄って来た私を全力で抱き締め、麦わら帽子にキスの雨を落した。


「ああ……。本当に、君は何を着ても愛らしいね!王都邸ではジョゼフや皆の目もあって、うっかり褒められなかったけど、本当はずっとこの格好の君が可愛いって思っていたんだ!可愛い僕のエレノア。もっとよく君を見せておくれ?」


そう言うと、オリヴァー兄様は私をひょいッと抱き上げ、視線を合わせる。


「うひゃあ!!」


うぉっ!!眩しい!!いきなりのドアップに目が潰される!!


眩しさに目を閉じていたら、その隙に頬にキスされたー!!


オ、オリヴァー兄様!修行前に私を出血多量にさせるおつもりですか!?……って、うぐっ!そ、そんな妖艶スマイルを、こんな清々しい青空の下で……!しかもこんな、農民スタイルの女なんかに向けないで下さいー!!色んな意味でアウトですっ!!




「……物凄い溺愛っぷりですね」


エレノアがオリヴァーに翻弄されている様を見ながら、クリスがクライヴに話しかけてくる。


「……まあな。だが、あいつの本気はあんなもんじゃねぇぞ?なんせエレノアが子猿だった頃から、あんな感じだったんだからな」


「――ッ!あ、あの頃からアレ……ですか!?」


思わず息を飲んだクリスに、クライヴが目を見開いた。


「……クリス。お前、あの頃のあいつを知っているのか?」


「は、はい。領地にいらっしゃった時、一回だけお会いしました」


「……凄かっただろう?」


「……いえ!……いえ、まぁ……そうですね」


その場に沈黙が落ちる。


互いに子猿だった頃のエレノアを知っている者同士。言わずとも互いに考えている事が何となく分かった。


「……変わられて、ようございました」


そこでフッとクライヴの唇から苦笑が漏れる。


「ああ、そうだな。だがオリヴァーの奴は、エレノアが変わらなくても、等しく愛し続けていただろう。……だからあいつは常に、エレノアの『一番』なんだよ」


「そう……ですか」


「……まあ、変わっていない所もあるがな。例えば無鉄砲な所とか、いらん方向に向かって爆走する所とか」


そうぼやくクライヴだったが、エレノアを見つめる眼差しはどこまでも温かく優しい。クリスも思わず目を細めた。


「ええ、そうですね。……私が『騎士の誓い』をお嬢様にお捧げした時に仰られたお言葉が、今になって分かりました」


「あいつが言った言葉?」


「ええ。『その代わり、私の地が出たとしても、その時は大目にみてね?』……と。私やティルが第三勢力同性愛好家だとお嬢様に知られた際に。あの時は我々に気を使われて仰ったとばかり……。でもあれって本心からだったんですね」


「お前は、エレノアがあんな規格外の奴でガッカリしたか?」


「まさか!むしろあんなお方にお仕えできるなど、騎士として最高の誉れで御座います。……それは私だけではなく、他の者達も同意見でしょう」


自分達が第三勢力同性愛好家であると知ってなお態度を変えず、どんな身分の者にも敬意を持って接してくれる。


何より自分達領民を「対等」だなどと言ってくれるお方を未来の主に頂けるのだ。自分にとっても、この領内に生きる者達にとっても、それはどれ程の僥倖であろうか……。


「今は、もっともっとお嬢様の『地』を知りたいと思っておりますよ」


「……まあ、嫌でも知る事になるだろうからな。覚悟しておけよ?」


「望む所です」


農民のような格好をし、絶世の美貌を持つ婚約者に翻弄され、真っ赤になっている自分の小さな『貴婦人』。

そんな愛すべき少女を、クリスは眩しいものを見る様な眼差しで見つめた。



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エレノア、戦闘服に着替えました。

オリヴァー兄様も、邪魔者が誰もいない解放感に浮かれている模様です。

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