第301話 それじゃあ、行こうか?
「オリヴァー様。では、筆頭婚約者として皆にご挨拶を……」
「ああ、そうだったね」
イーサンの要請を受けたオリヴァーは、先程までの一連の流れがまるでなかったかの様な自然な動作で、騎士達や召使達の前へと進む。
そして、目も潰れんばかりの極上スマイルを浮かべながら、自身の胸元に手をあてた。
「皆、突然の来訪で驚かせてしまって申し訳ない。エレノアの筆頭婚約者である、オリヴァー・クロスだ。同じくエレノアの婚約者である弟のセドリック共々、これから宜しく頼む」
そう言い終わると、胸に手をあてたままそっと目を閉じる。
その優美極まる美しさを目にした瞬間。その場の全員が、思わず感嘆の溜息を漏らしながら見惚れてしまう。
先程の登場から今現在に至る迄の流れから、目の前の青年を恐怖の大魔王として、脳内にインプットしたにも関わらず……である。
――先程までの光景は、自分達が見た白昼夢だったのかもしれない……。
その場の一同は、うっかりそんな事を考えてしまう。
そう。爆走馬車からシレッと何事もなかったかのように出て来た事も、何故か弟君を小脇に抱え、背後に暗黒オーラを背負っていた事も、きっと何かの夢だったのだ。……うん、そうに違いない。
なんて現実逃避する程度には、皆オリヴァーの完璧な貴族の所作に撃ち抜かれていた。
若干一名などは、「ヤベェ……。組み敷いて鳴かせてみてぇ……!!」と呟き、クリスにぶっ飛ばされていたが。
「それと共に、この度こちらに恐れ多くも聖女様と王族の方々をお迎えする事と相成った。……生憎、方々は長旅の疲れが出られたようなので、一旦休息を取られる。なので、後程改めてお言葉を賜る事となろう。皆、心を込めて精一杯のおもてなしをして欲しい」
オリヴァーの言葉を受け、その場の一同は一斉にクルリと斜め後方を振り返った。
「いてーっ!!いてててっ!!おい!止めろヒュー!耳引っ張るな!!ってかてめぇ!仕える主に向かって不敬じゃねーのか!?」
「やかましいですよ!この脳筋暴走野郎が!!あんたにはこれからみっちり、理性と常識というヤツを叩き込んでさし上げます!ほら、とっとと歩きやがれ!!」
「いや、悪かったって!!でもお前とマテオがいたからさー!じゃなかったら俺だって、もう少し大人しく運転していたさ!お前らを信用していればこそ、俺も心置きなく限界を越えられたというかだな!」
「限界超えんな!!ってか、そんな信用いらんわ!このボケカス脳筋王子が!!」
「おい、本当にストップ!!俺、まだまともに挨拶も抱擁もしてねーし!」
「挨拶はともかく、誰が誰を抱擁するって!?……というか、バッシュ公爵令嬢に後で挨拶するのと、このままグダグダ喚きまくった挙句永眠させられるのと、どっちを選ぶ!?」
「ちょっ!この鬼畜野郎ー!!」
……等と言い合い(罵り合い?)をしながら、眼光鋭い黒髪黒目の青年にズルズル引きずられていくのは、燃える様な紅い髪と瞳の、絶世の美貌を持つ青年。
……恐らく彼は、第二王子のディラン殿下であろう。
その横では、気を失っている非常に見目麗しい黒髪の美女と、青銀の髪を持つ美少女と見まごうばかりの美少年が、近衛達によって介抱されている。(聖女様の身体に直接触れているのは、エレノアお嬢様の侍女であるウサギ獣人の少女であったが)
多分……というか、間違いなくあの方々が、
そう見えなくても、オリヴァー様がそう仰っているのだから、そうなのだ。うん、そういう事にしておこう。
そう結論付けた一同は、目の前の修羅場からそっと目を逸らした。
「イーサン。恐らくもう一刻したら、聖女様や殿下方の護衛騎士達と、お世話役の方々。そして、バッシュ公爵家からも馬車が数台到着する筈だ。済まないがそちらの対応は君に任せるよ。ウィルと他の者達は、セドリックの介抱を頼む。……それと弟が気が付いたら、後でお詫びするって言っておいてくれるかい?」
最後の方は、ちょっとだけバツが悪そうにそう告げると、オリヴァーはエレノアとクライヴの方へと向き直った。
対峙したクライヴは若干肩を。エレノアはピョンと全身を跳ねさせる。
「さて。それじゃあ行こうか?」
「え!?い、行くって……どちらへ?」
ちょっとビクビクしているエレノアに対し、オリヴァーはニッコリと微笑んだ。
「嫌だな。これからバッシュ公爵家直轄の牧場へ行くんだろう?折角出発前にこうして到着したんだから、僕も是非同行させておくれ?」
その笑顔には先程までと違い、暗黒オーラは噴き上がっていない。
……だが、何故だろう。どう見ても爽やかな笑顔なのに、このビシバシと叩き付けられる様な圧の強さは?
「え……えっと……。あの、オリヴァー兄様。セドリックもリアム……殿下方も聖女様も、あんな状態ですし……その……今日は牧場行くの中止にした方が……」
「何言ってるの?そもそも聖女様も殿下方も、本来お越しになるのは明日だった筈だったのだから、今日は一日、のんびりと寛いでもらえばいいんだよ。君も予定通り、僕達と一緒に牧場へ……「てめー!オリヴァー!!抜け駆けする気か!?だいたいてめーだって、こんな早朝に来る予定じゃなかったじゃねーか!!」
「……なんか聞こえてきたような気がするけど、気のせいだよね?クライヴ」
「あ……ああ。そうだな」
爽やかにディランの声をスルーしたオリヴァーの問い掛けを受け、圧に屈したクライヴが、引き攣りながら同意する。
「では、行ってらっしゃいませエレノアお嬢様。オリヴァー様とクライヴ様も。どうぞ良い一日をお過ごしくださいませ」
深々と、主達に対して礼を取るイーサンを見た他の召使達やお留守番組の騎士達が、慌ててそれに続く。
護衛組のクリスやティル達も、バタバタと忙しなくその場から離れていった。
そうしてオリヴァーは、蕩けそうな笑顔を浮かべながらエレノアに向かって手を差し伸べた。
「お手をどうぞ。愛しい僕のお姫様」
麗しい兄の目潰し攻撃に撃ち抜かれ、引き攣りながらも赤面するという器用な芸当をこなしながら、エレノアは悟った。
――……どうやら、このまま牧場に直行するしか道は無いらしい。
差し出されたオリヴァーの手に、震える自分の手を乗せると、エレノアは後ろ髪を引かれながら馬車へと乗り込んだのだった。
ちなみに、
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王都邸だけではなく、瞬時に本邸も掌握したオリヴァー兄様でした。
そして幸運にもティルの呟きはオリヴァーに届いていなかった模様(届いていたら燃やされていたかも?)
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