第300話 エレノア廃
爽やかな朝日が差し込む王宮のサロンでは、アシュルとフィンレーが共にお茶を嗜んでいた。
一見優雅に見えるがこの二人、実は完徹状態である。
お茶は眠気覚ましであり、もう既に十杯近くは飲んでいる。おかげでお腹はもうチャプチャプ状態だ。
完徹の理由はというと、昨夜グラントのぶちかました『クライヴとエレノアが同衾する』という、爆弾発言ゆえである。
「……今頃オリヴァー達、無事にバッシュ公爵領に着いたかねぇ……」
「到着はするだろうけど、無事では無いかもね」
「母上を拉致られて、父上や叔父上方もブチ切れていたからな……。
アシュルがチラリとサロンの端に目をやる。
すると、まさに般若と化したアイザックが、正座をさせたグラントの前で仁王立ちになりながら睨み付けている様子が見えた。
この二人も当然というか完徹で、夜を徹してガチ説教会が行われていたのである。
「バッシュ公爵もよく飽きないよねぇ。ま、こっちは眠気覚ましの娯楽になったから良いけどさ」
「フィン。娯楽と言ってやるな。バッシュ公爵が気の毒だよ」
苦笑しつつ、フィンレーを嗜めながら、アシュルは昨夜の修羅場を思い返していた。
◇◇◇◇
エレノアがクライヴとベッドイン……という、グラントの爆弾発言を受け、その場にいた全員が「どういう事だー!!」と大騒ぎになった。
そして当然というか、真っ先にブチ切れたのはオリヴァーだった。
「クライヴ……なんて事を!!ああ、エレノアが危ない!!今すぐ助けに行かなければ!!」
「オリヴァー、ストップ!!皆も!落ち着いて!!」
アイザックは今にもバッシュ公爵領に向けて飛んでいきそうなオリヴァー並びに王家の面々を必死に宥め、どういう経緯でそうなったのかを説明する。
「……という訳で、確かに同衾だけどただの添い寝だから!!それにあのクライヴだよ!?まだ未成年のエレノアに手を出すなんて事、する訳ないから!!情報によれば、僕の影だけじゃなくて、王家の影達も臨戦態勢で天井裏に待機しているらしいし、彼らにかけていた随時報告も解禁するから!!」
そこでようやっと、いきり立った面々が「まぁ……それなら……」と、殺気と魔力を引っ込めだした中、聞くべき事は聞いたとばかりにオリヴァーが動き出そうとする。
だが、長年の付き合いからそれを瞬時に察したアイザックが、今まさに部屋から出て行こうとしたオリヴァーの足へと、タイミングバッチリに縋りついたのである。
「待って!行かないでくれオリヴァー!!」
「離して下さい!公爵様!!」
「エレノアとクライヴのアレは、ただの添い寝だって、今しっかり説明したじゃないか!!ね?ここで大人しく報告を待とう!」
「待っている間に何かあったらどうするおつもりです!?」
「き、君は実の兄を信用できないのか!?」
「くっ……!信用していればこそ、行かなくてはならないんです!!」
「ちょっとそれ、意味わからない!!と、とにかく冷静になろう!!」
「ええい!お離し下さい、公爵様!!」
「ああっ!!」
オリヴァーは、自分の足に取り縋るアイザックの身体をペリッと引き剥がすと、ポーイとソファーに向かって放り投げた。
敬愛する義父を気遣い、足蹴にこそしなかったオリヴァーだったが、もしこの情景をエレノアが見ていたとしたら、「金●夜叉の貫一とお宮……」と呟いたであろう。
それは置いておくとして、
「行くよ!セドリック!!」
「えっ!?ち、ちょっ、あにう……うわぁ!?」
言うが早いが、セドリックを横抱きにすると、オリヴァーは脱兎のごとくその場から走り去っていった。
一連の流れを呆然としながら見守っていたアシュル達だったが、ディランがいち早く我に返る。
「くそっ!後れを取る訳にはいかねぇ!!って訳で、俺らも行くぞ!リアム!」
「えっ!?あ、兄上!?ちょっ……!!」
リアムを小脇に抱え、「お袋ー!!」と叫びながら爆走していくディランの姿を見て、次にマテオが我に返った。
「リ、リアム殿下ー!!にいさま!ヒューにい様ー!!ディラン殿下がご乱心ですー!!」
「うわー!!で、殿下ー!!」
「誰か!国王陛下と、今いらっしゃる王弟殿下方に連絡を!!」
近衛や侍従達も慌ててマテオに続いて部屋から飛び出して行く。
その結果、残されたのはアシュルとフィンレーと、ソファーに打ち捨てられたアイザックのみとなった。
……いや。約一名、「ヤバ……」と珍しく動揺しながら呟いているドラゴン殺しもいたが……。
「……え~っと……。バッシュ公爵?」
シーンと静まり返った中、アシュルがソファーに倒れ果てているアイザックへと声をかける。
すると無言のまま、むくりと起き上がったアイザックは、クラバットからツルンとした半透明の魔石が嵌め込まれたピンを取り外すと、魔力を注ぐ。
すると魔石がボウッと光り、次いで地を這う様な不機嫌極まる声が聞こえてきた。
『……なんですか?』
「あ、イーサン!?あのっ、緊急事態が発生したんだ!」
「「イーサン?」」
先程、バッシュ公爵が言っていた、本邸を取り仕切る家令の名前に、アシュルとフィンレーが目を見開く。
すると、更に不機嫌そうな声が続けて聞こえてきた。
『……アイザック様。確か私、今夜から明日の昼頃まで、互いの直接連絡は不可とお伝えしておいた筈ですが……?』
――えっ!?連絡不可!?
仮にも本邸を預かる家令が、当主の連絡を拒否するなんて正気か!?と、驚愕するアシュル達を他所に、なおも会話は続く。
「分かってるよ!でも本当に緊急事態なんだってば!!実はね……!」
かくかくしかじかと、アイザックが今迄の状況を必死に説明していく。
「……って訳で、オリヴァーがそちらに向かっているんだ!ディラン殿下も同時に到着する恐れがある!頼むから、何とかその場を収めてくれ!」
『………はぁ~~………』
長く深い溜息の後、「貸し一つですからね」と返され、アイザックも流石にブチ切れた。
「ちょっと君ー!酷くない!?僕、一応君の主人なんだけど!?」
『生憎ですが、エレノアお嬢様がお生まれになった時点で、私の主はエレノアお嬢様にシフトチェンジされております』
「いつの間に!?ってか初耳!!」
『あ、そういえばちゃんと言った事ありませんでしたね。……尤も、貴方がエレノアお嬢様を連れ、王都へ逃亡なさらなければ、そのまま主人継続もやぶさかではなかったのですが……」
「エレノアの初めて(のパパ呼び)を奪おうとする危険な男の元に、可愛いエレノアを置いとくわけないだろう!?ってか君、執念深いのも大概にしてくれる!?」
『エ、エレノアの……初めて!?』
『こ、この主従って……一体……!?』
会話の内容を聞き、慄くアシュルとフィンレーを他所に、更に会話は続く。
『まあとにかく。お嬢様は私がお守り致しますし、ついでにクライヴ様もお守り致しますのでご安心下さい』
「ついでって何!?むしろメインで守ってあげて!!」
『お黙りやがれですよ!……アイザック様。これより私は、いつお嬢様がいらしても良い様、夜を徹して演習場を監視するという、重大な使命があるのです。これ以上私の邪魔をなさるようでしたら、お仕事倍にしますからね!?それでは失礼致します』
「ちょっ!イーサ……」
ブチッと切れた魔道通信を手に、アイザックはガックリと力無く項垂れる。そんなアイザックを汗を流し見つめながら、かける言葉を思案していたアシュルを他所に、雰囲気クラッシャーのフィンレーがズバッと直球を投げかける。
「万年番狂いの義息子に、当主を当主と思わない家令か……。ついでに直系の姫を陥れようとする新興貴族の娘と、その信奉者達……。ねえ、バッシュ公爵家って、本当に大丈夫?」
「ちょっ!フィン!!」
慌ててアシュルがフィンレーを諫めるが、アイザックはさらにずん底まで落ち込んでしまった。
「……あの……アイザック。……その……ごめん……な?」
そんなアイザックに、おずおずと声をかけてきたグラントに、遂にアイザックの怒りが沸点を越えた。
「グラントーー!!君って奴はーーー!!!」
……そんなこんなで今現在である。
ちなみにあの後すぐ、王宮の影からディランがアリアとリアムを
ヒューバードとマテオは、出立直前に馬車の中へと滑り込んだとの事なので、母とリアムはなんとか無事に到着出来るだろう。
(父と叔父達はその報告を受け、揃って頭を抱えていたそうだが)
アイザックの元にも、ディランより僅かに早く、オリヴァーとセドリックがバッシュ公爵家から旅立ったと、影から報告が入った。
その際、一番馬を扱うのが上手いとされている、庭師のリドリーが御者に(無理矢理)抜擢されたと聞いたアイザックは「気の毒……。無事に帰って来たら傷病手当つけてあげよう」と言いながら目元を拭っていた。
「……まあ、クライヴとエレノアも何事も無かったみたいで良かったよ」
影からの報告で、昨夜は最後まで普通に添い寝だけで終わった事を聞いたアシュルが胸を撫で下ろす。
オリヴァーやディランではないが、何かあったらすぐさま自分もバッシュ公爵領に行くつもりでいたので、親友をこの手にかけずに済んだ事にホッとする。
「オリヴァー達も到着したみたいだし……。さて。あの家令がどう場を収めるのか楽しみだ」
部屋の端から「君にはもう一生、エレノアと会わせないからね!」「そんな!俺に死ねというのか!?」という声を聞きながら、アシュルはぬるくなったお茶を一息に飲み干した。
◇◇◇◇
その頃。バッシュ公爵領では、最強家令と最強(最凶?)婚約者が共に睨み合い……いや、見つめ合っていた。
互いに表情は微笑んでいるが、その身体から立ち昇る魔力と鋭い視線が互いを探り合い、牽制し合っているようにも見える。
そんな緊張感漂う張り詰めた空気に、エレノアとクライヴだけでなく、バッシュ公爵家の召使や騎士達も、二人の様子を固唾を飲んで見つめていた。
(その後方では「セドリック様ー!」「聖女様ー!リアム殿下!お気を確かに!!」と、ウィルや近衛達の声が響いていた)
そんな中。先に動いたのはイーサンだった。
スッと胸元に手を入れ、大きめな手帳サイズの何かを取り出すと、そのままオリヴァーへと差し出す。
「これを。お納めくださいませ」
「……?」
訝し気な表情を浮かべながら、差し出されたそれを受け取ったオリヴァーの両目がカッ!と大きく見開かれた。
「――ッ!こ……これは……っ!!」
ワナワナと、それを持つ手が震える。
イーサンから渡されたもの……。それは艶やかで重厚な額縁に入れられたエレノアの肖像画だった。
しかもただの肖像画ではない。
可愛い産着に身を包んだ推定年齢ゼロ歳の赤ちゃんエレノアが、愛らしい極上の笑顔を浮かべ、こちらに手を伸ばしている。まさにベストショットとも呼べる至極の一品。
その緻密で精巧な描写には、ある種の執念を感じる程だ。今にも絵の中から、無邪気な笑い声が聞こえてきそうである。
「私の秘蔵のコレクションから厳選致しました。……ちなみにこちら、アイザック様はお持ちではありません。なので正真正銘。この世に一点しか存在しない、超貴重品で御座います」
クイッと眼鏡を指で押し上げるイーサンに対し、食い入る様に肖像画を見つめていたオリヴァーは顔を上げると、まさに満面とも言える笑みを浮かべた。
その背後に背負っていた暗黒オーラもエレノアの絵に浄化されたか、綺麗さっぱり消えて無くなっている。
「ふ……。イーサン。君とは上手くやっていけそうだよ」
「光栄に存じます」
共に『エレノア廃』という業を背負った者同士。
妙な連帯感を胸に、オリヴァーとイーサンは、互いに固く握手を交わした。
「……えっと……?クライヴ兄様。何があったんでしょうか?」
「さあ?ってか、イーサンの奴、何をオリヴァーに渡したんだ?」
「名刺……かな?」
「いや。あれ本ぐらいの大きさあったぞ。ってか、何で野郎の名刺でオリヴァーの機嫌が良くなるんだよ?」
まさか自分の姿絵が賄賂になっていた事実を知る由もないエレノアは、何が何だかよく分からない内に分かり合っている兄と家令を、クライヴ共々汗を流しながら見つめたのだった。
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更新遅くなって申し訳ありません!
祝!300回突入です!
ここまで書いて来られたのも、皆様の応援のお陰です!有難う御座いました(^O^)
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