第299話 ようこそ、バッシュ公爵領へ!
シーン……。と、水を打ったかのように静まり返ったその場に、スレちゃんとニルちゃんの荒い息遣いだけが響き渡る。
そして御者が、多分タラップを用意しようとし……そのまま地面に力尽きたかのようにポトリと落ちた(いや本当に、そんな感じに落ちた!)
って!?よ、よく見たらあれ、庭師のリドリー!?
何が何やらのこの状況に、ゴクリ……。と、誰かが息を呑む音が聞こえた。
そんな異様な雰囲気の中。馬車の扉がゆっくりと開く。
サラリとした、光を含む黒髪。黒曜石の様なきらめきを放つ瞳。貴族の中の貴族と誰もが口を揃えて称える、黒の麗人たる麗しき美貌……。
案の定というか、微笑を称えたオリヴァー兄様が現れ、タラップ無しで優雅に馬車から下り立った。……しかも何故か、小脇にぐんにゃりと気を失っているセドリックを抱えながら!!
「オ、オリヴァー兄様!?そ、それにセドリック!?」
何故貴方がたがここにー!?確かこちらに来るのは明日の予定だった筈では!?というか、セドリックー!!い、一体どうしちゃったの!?
オリヴァー兄様は、驚き固まっている私達を一瞬鋭い眼差しで一瞥した後、何故かホッとしたような顔をし、その後すぐ、ニッコリと極上の笑顔を浮かべた。
「やあ、エレノア。……それにクライヴ……。二日ぶりだね。元気にしていたかい?」
いかにも高位貴族然とした優美な所作で微笑むオリヴァー兄様。その所作はあくまで優雅で艶やかだ。
……そう。たとえその脇に、セドリックを抱えた状態であっても。
『――くっ!麗しいご尊顔が、朝日を受けてめっちゃキラキラしい!!』
私はその眩しい
たった二日しか離れていなかったというのに、どうやら私の目は悲しい位に初期リセットされてしまったようだ。
……いや、それだけオリヴァー兄様の顔面偏差値が高すぎると言うか……。
その証拠に、さっきからうっかり、鼻腔内毛細血管が暴れ出しそうになってしまって、ちょっとヤバイ!!
……いや、ヤバいと言えば……。
『な、何か……。兄様の背後、兄様自身のキラキラしさと相反して、物凄くどす黒いオーラが噴き上がっている……ような……?』
おかしいな?表情はめっちゃ微笑んでいるのに……。こ、これって目の錯覚という訳ではない……よね?
思わず、隣で一言も言葉を発しないクライヴ兄様をチラ見してみる。すると。
『ク、クライヴ兄様!?』
――うわぁぁぁ!!に、兄様が「あ、俺死んだわ」って感じの絶望顔になっているー!!
え!?つ、つまりオリヴァー兄様のあの暗黒オーラ、クライヴ兄様に向けられているって事ですか!?ひょっとして断罪ですか!?な、なにゆえっ!?
私の視線に気が付いたクライヴ兄様は、フッ……と。何故か儚げに微笑んだ。
「……エレノア、安心しろ。お前の命だけは、何があっても俺が守ってやる」
――えええええーっ!!?わ、私もオリヴァー兄様の制裁対象なんですか!?
『ま、全く身に覚えがないっ!な、何やらかしたんだろ私!?』
ってかクライヴ兄様!?なに全てを悟りきった顔しているんですか!?
そ、そしてオリヴァー兄様!バッシュ公爵領に電撃訪問した挙句、兄妹を制裁って、本当に何があったって言うんですかね!?
「……す、凄ぇ……!」
ゴクリ……。と、喉を鳴らしながら呟かれたティルの言葉。
それに対し、他の騎士達も「た、確かに……」「ああ……。凄い……!」と、心の中で呟きながら同意する。
それは果たして、突如現れた青年の、人外レベルとも言うべき美貌に対してなのか。
それとも彼の身体全体から立ち昇る、禍々しさすら感じる膨大な魔力に対してなのか。
……それともその両方か。
「うおぉぉぉっ!!てめぇら、そこどけー!!」
すると突然怒声と共に、別の
警戒態勢を取っていた騎士達が、慌てて馬車の軌道から飛びずさる。
だが間に合わず、何人かが馬車に引かれかけて地面に転がる中、その馬車はやはり急ブレーキをかけながら、バッシュ公爵家の馬車の丁度後方に停止する。
ついでに言うと、その馬車はバッシュ公爵家の馬車よりも派手に、二回バウンドした。
再び痛い程の静寂と、馬の荒い呼吸音が響き渡る。……が、そんな静寂を切り開く様に、場違い感半端ない能天気な声が周囲に響き渡った。
「あー、くそっ!!この俺が競り負けるとは!!まだまだ修行が足んねーな!」
「デ……ディーさん……?!」
その聞き慣れた声の方を見てみると、なんと馬車の御者台に見覚えのある紅い髪と瞳の精悍な美丈夫が……!!
「……おっ!?クライヴ!!おい!お前には色々聞きたい事が……って、おおっ!久し振りだな!俺の可愛いエ……」
ディーさんの言葉の途中で、ドガッ!と、派手な音を立てて馬車のドアがぶち破られた。
「ディラン殿下!!てめぇ!ふざけんなよ!なに自ら御者してやがんだこの脳筋!!しかもあんな無茶苦茶に爆走しやがって!!自分の母親と弟殺す気かー!!」
物凄い怒りの形相で、気を失った聖女様をお姫様抱っこしながら登場したのは……えっ!?ヒ、ヒューさん!?
「リ……リアム殿下……!お、お気を……確かに……!!」
その後から、やはり失神したリアムを抱き抱え、自身もヨロヨロしながら馬車から下りて来たのは……ええっ!?マ、マテオ!?
「おう、ヒューとマテオ。お袋とリアム守ってくれてありがとな!いや~、それにしても久々に御者やってみたけど、やっぱ滾るわ!帰りも俺が運転すっかな?」
「黙れ!このバカ殿下!!もう二度と!金輪際!あんたには運転させてたまるか!!……帰ったら……いや、今この場を借りて、あんたには王族としてのなんたるかを、徹底的に叩き込んでやる!!二度と日の目を見れると思うな!?」
……ヒ、ヒューさん。何気に殺害予告しておりませんか?!そんでもって、ディーさんとヒューさんの言い合いで、「えっ!?で、殿下!?」「そ、そういえば馬車の家紋が……!」って、召使達や騎士達が騒めき出してしまいましたよ!
ってかディーさん!?確か貴方がたをバッシュ公爵家一同で優雅にお出迎えするのって、明後日じゃなかったですかね!?
なのになんで、自ら馬車を爆走させ、オリヴァー兄様とカーチェイスしてたんですか!?しかも聖女様やリアム、目を回していますが!?なんか色々ぶち壊しですよ!?
――ああもう!本当に何がなにやら!?
するとそんな喧騒の中、イーサンが馬車の御者台から飛び降りたディーさんの前へと進み、深々と頭を下げ、臣下の最高礼を取った。
「ディラン殿下。わたくしバッシュ公爵家当主、アイザック様よりこの本邸をお預かりしております、イーサン・ホールと申します。この度は聖女様やリアム殿下共々、至高の御方々自ら我らがバッシュ公爵領へとおいで下さり、私を含め、領地の者達は皆、望外の喜びに震えております。王家に忠誠を誓う我ら領民一同。これより出来る限りの最上級のおもてなしさせて頂きます。どうぞごゆるりと、心ゆくまでバッシュ公爵領をご堪能下さいませ」
イーサンの流れる様な口上を受け、召使や騎士達が慌てて臣下の最高礼を取った。
……でもイーサン。皆が震えてるのって、喜びでというより、天災のごとくに突然現れた王家の面々にパニクっているからだと思うよ?というか、私もパニクっておりますから!!
「おう!お前がバッシュ公爵が言っていたイーサンって奴か!母や弟共々、これから宜しく頼むぜ!それからエ……」
再びディーさんが私の名前を言う前に、すかさずイーサンの言葉がそれを遮る。
「殿下方も聖女様も、長旅でお疲れで御座いましょう。迎賓館へご案内致します。それから……オリヴァー様。ご兄弟様共々、貴方様もそちらでお休みになられては?」
さり気に言葉を振られたオリヴァー兄様が、小脇に抱えていたセドリックをウィルに手渡した後、真っすぐにイーサンへと向き直った。
「……いや、弟は休ませるが、私は大丈夫だ。……それより君がイーサンか……」
「お初にお目にかかります。エレノアお嬢様の筆頭婚約者であらせられます、オリヴァー・クロス伯爵令息様。わたくし、本邸で家令を務めさせて頂いております、イーサン・ホールと申します。以後、どうぞお見知りおきを」
慇懃に礼を取った後、オリヴァー兄様とイーサンの視線がぶつかり合う。
その瞬間、バチバチッと、青い稲妻が走った……気がした。
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大魔王、遂に降臨!!(;゜д゜)ゴクリ…
あ、セドリックもです(笑)
そしてディーさんと、リアム、聖女様もご登場!……って貴方、腹心の部下激おこですよ!?(笑)
次回は「どうしてそうなった!?」編となりそうですねv
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