第296話 語られた真実
「今からバッシュ公爵領に向かう!!」
常の冷静さをかなぐり捨て、勢いよく立ち上がりざまそう言い放ったアシュルに対し、傍に居た近衛や侍従達が慌てふためく。
「ア、アシュル殿下!お気を確かに!!」
「お気持ちは痛い程分かります!ですがどうか冷静になって下さいませ!!」
「兄貴、よく言った!!俺も当然一緒に行くぜ!」
アシュルに追従するように、
「僕も行く!なんなのあいつら!僕のエレノアに対して……許せないね。この世に生まれ落ちた事を後悔し、「死なせて下さい」と土下座したくなるような制裁を与えてやらなければ気が済まないよ!!」
「フィン兄上!それ絶対駄目なヤツ!!でも気持ちは凄くよく分かる!」
口々にそう言いながら、アシュル共々立ち上がってしまった王家直系達を、控えていた近衛達と、ついでにセドリックが必死に止めようとする。
「リアム!僕も気持ちは同じだけど、まずは公爵様に話を聞いて……って、ちょっと!なに出て行こうとしてんだよ!?取り敢えず落ち着こう!!」
「私共も物凄く理解出来ます!!ですがそこはそれ!殿下方、落ち着いて下さい!!」
「誰か!ヒューバード様を呼べ!」
近衛の誰かが言い放った台詞に、ディランが素早く反応する。
「そーだ!ヒューの野郎!!何でこんな大事になってんのに、影から報告上がってこねーんだよ!?おい、マテオ!お前何か聞いているのか!?」
「い、いえ!ディラン殿下。私もたった今知りましたっ!あっ、ぴぃ!?ど、どこ行ったんだ!?」
魔力の一斉放出に驚いたのか、いつの間にかぴぃが部屋の中から消えてしまっている事にマテオが気が付き、慌てて周囲を見回す。
その間にもギャアギャアワァワァと、サロンはまさにカオスと化していた。
普段であれば、場の収集に動く筈のアシュルまでもが頭に血が昇っているのだから、まあ当然の結果だろう。
今にもサロンから飛び出していきそうな王子達を、駆け付けた騎士達や魔導師、果ては影達が必死になって押さえている中、突如救いの神が現れた。
「殿下方!落ち着いて下さい!」
「「「「バッシュ公爵!!」」」」
真打ちの登場に、いきり立っていた面々の動きがピタリと止まった。
『め、女神様の助け!』と、周囲がウルウルする中、アイザックは「あーあ」という顔で室内に入ってきた。
「バッシュ公爵!!エレノアが……!!」
「おい、お前んトコの領地、どうなってやがんだ!?家令も騎士達も、無茶苦茶じゃねーか!!」
「アシュル殿下、ディラン殿下、どうか落ち着いて下さい。今から私が色々分かり易く説明致しますから!とりあえず座って下さい!」
アイザックの言葉に、アシュル達は渋々ソファーに腰を下ろした。
「さて、それでは……」
その時だった。外から何やら揉める様な声と、ドサドサと何かが倒れるような音が聞こえた後、蹴破る勢いでドアが開け放たれた。
「アシュル殿下!!何でこの毛玉がここにいるんですか!?ひょっとしてエレノアに何かあったのですか!?答えて下さい!!」
もがくぴぃを手に握り締めたまま、必死の形相をしたオリヴァーを見たマテオは顔面蒼白になりながら「ぴぃ……!お前、なんでよりにもよってその男に……」と小さく呟く。そして……。
『『『『『うわぁ……。最悪のタイミングで面倒くさいの来た』』』』』
その他の者達は皆、腹の中で満場一致でそう呟いたのだった。
◇◇◇◇
「……成程。つまりは、バッシュ公爵家の膿を一斉に出そうと画策したと……」
冷静さを取り戻したアシュルの問い掛けに、アイザックが深く頷く。
「ええ。勿論、陛下方には前もってお知らせしてありますし、殿下方や聖女様にも、出発前にご説明する予定でした。当然、オリヴァーとセドリックにもね」
優しく視線を向けられ、オリヴァーは恥じ入る様に顔を赤くする。
「そうだったのですか……。公爵様。取り乱してしまい、まことに申し訳ありませんでした」
深々と頭を下げるオリヴァーに、アイザックは「いやいや」と手を振った。
「寧ろもっと早く説明しておくべきだったんだけど、今日一日の報告と一緒に説明しといた方が良いかと思ってね。陛下方にも頼んで、影達には僕以外に情報は一切報告させないようにしてもらっていたんだよ」
――成程。だから影達が、自分達に報告して来なかったのか……。
その場の全員が、納得する様に心の中で呟いた。
「公爵様のお陰で助かりました。もし僕個人で今迄の報告を聞いていたとしたら、きっと何を置いてもバッシュ公爵領に向かっていたでしょうからね」
しみじみそう話すオリヴァーに対し、アイザックはうんうんと頷く。
「そうだね、オリヴァー。僕もそう思うよ」
余談であるが、バッシュ公爵家の影及び、オリヴァーにより、こっそり放たれていたクロス伯爵家の影達には、アイザックが直々に「絶対にオリヴァーの耳には入れないように」と、物凄く力一杯念押しをされていたりするのである。
「まあでも、正直。我が領の騎士団がここまで腑抜けているとは思っていませんでしたけどね。イーサンも大真面目に頭を抱えておりました。しかもあの男爵令嬢。よりにもよって主家の姫の部屋を使わせて欲しいなどと言い出すなんて想像もしていなかったようで、思わず思考が停止して、うっかり了承してしまったと話しておりました」
結果的にそのお陰で全面的に油断してくれたので良かったとも言っていたが……。
「まあ、話を聞く限り、ゾラ男爵令嬢……だったか?ああいったタイプの女性は、我々アルバの男にとってはまさに鬼門だろうからね。騎士達や領民が騙されてしまう気持ちも分からなくはない。……尤も、我々や上位貴族からしてみれば、いかにも『見慣れた』ご令嬢方に毛が生えたようなものだが……。それにしても」
クスッとアシュルの口から笑みがこぼれる。
「そのご令嬢も運が悪かったね。貶めようと画策していた主家の姫が、まさかあんな規格外な少女だったなんて思いもしなかっただろうから……。寧ろ彼女には同情してしまうよ」
アシュルの言葉に、その場の者達が一斉に失笑する。……無論、その目は誰も笑ってはいなかったが。
「でも正直意外だったな。貴方や、そのイーサンとかいう家令。どちらもエレノアを心の底から大切に思っている筈なのに、敢えてあんな状態の領地にエレノアを送り出すだなんて」
「百万の言葉より、実際のエレノアを見せた方が手っ取り早いと思いましたので。……それに、わざわざこちらから動いて断罪してあげる程、僕は優しくありませんよ?」
あくまで穏やかな口調で話すアイザックだが、その表情も雰囲気も非常に冷たいものだった。
確かに、もしバッシュ公爵家が「不敬である」として早々に彼女を処分していたとしたら、こうも見事な返り討ちに遭う事は無かったであろうし、むしろゾラ男爵令嬢の思い描いた通り、エレノアが嫉妬で彼女を排除したとして、一定数の領民達のエレノアへの心証は悪化してしまっていたに違いない。
それに、件の男爵令嬢の計略は、普通のご令嬢相手であれば十二分に通用するものであったろうが、そのことごとくが不発に終わったばかりではなく、手痛い程に自分自身に跳ね返ってきてしまっている。……ようは、自分で自分を断罪してしまったようなものなのだ。
「……公爵様。それでも、その男爵家の者達に対する正式な制裁は必要と愚考致しますが」
「うん、そうだねオリヴァー。アシュル殿下。エルモア・ゾラ男爵には、あの母娘が躍るのを邪魔させないよう、今現在は私の監視下に置いています。勿論、領内で行われるお披露目には解放しますがね。彼等への罰は、その後の行動を見てから決めさせて頂きます」
うっそりと微笑むその表情に、その場のいた全ての者達の背に冷たい戦慄が走る。普段の穏やかさを脱ぎ捨てたその顔は、まさに次期宰相と呼ぶに相応しい冷酷な為政者のソレであった。
『流石は、あのワイアットが見初めた男だな……』
その姿には普段の優しい甘さは欠片も存在していない。まさに百戦錬磨の氷の宰相が直々に認めた後継者……と称賛するに値する凄みを醸し出していた。
メルヴィル・クロス伯爵やグラント・オルセン将軍といった、個性あふれる面々のお陰で平凡なイメージがつきまとう彼の知られざる一面を眺めながら、「ゾラ男爵家の未来は暗いな」と、アシュルは心の中で独り言ちた。
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アイザックパパの本気の怒り頂きました!(;゜д゜)ゴクリ…
グラント父様も震撼するマジバージョンです。
実は誰よりも怒っている時、パパはこうなります。
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