第297話 帝国の影と爆弾発言
「実際、不穏分子も良い感じに炙り出されていましたし、クライヴも聡い子ですから、すぐに私やイーサンの意図を察してくれたようです。……ただ、エレノアのフォローに大分神経をすり減らしていたようですね」
「ああ。あのエレノアを一人で面倒みていたんなら、その苦労も察して余りあるね」
しみじみそう呟くアシュルの横では、オリヴァーが口元に手をあて、再び赤面していた。
「そんな彼に僕は……。我が身の至らなさに恥じ入るばかりです」
そんなオリヴァーを見ながら、アイザックは汗を流す。
『……うん、まあ。苦労だけじゃなかったんだけどね』
そう心の中で呟きながら、先程イーサンから送られてきた新情報(エレノアからの添い寝のお誘い云々)だけは、決してこの子に知られないようにしなくては……。そう心の中で決意するアイザックだった。
「ああ、成程。どーせ君の事だから、『エレノアを一人で独占するなんて、なんて羨ましい。というか腹が立つ』なんて心の中で理不尽にムカついていたんだろう?全く、万年番狂いはこれだから……」
やれやれと言った様な呆れ口調のフィンレーに対し、オリヴァーも顔の上半分に影を落とした極上の笑顔を浮かべた。
「フィンレー殿下。余計な邪推をしている暇があったら、大切なご兄弟に殺意を向けるのを止めたらいかがですか?その目の青あざ。どうせディラン殿下に反撃されて出来たんでしょう?本当に病み属性とは、つくづく因果なものですね」
「君さぁ……。消されたいの?」
バチバチッと、互いの魔力が火花を散らす。
やっぱり始まった「混ぜるな危険」を回避すべく、アイザックが慌てて話題を変えるべく口を開いた。
「と、ともかく。そういう事で領内の膿はあらかた一掃できそうです。……が、私は少々エレノアの『転生者』としての知識を軽く考えすぎていました。……まさかたった二日で、あれ程の事を成してしまうとは……」
その言葉に、その場の一同を代表するようにオリヴァーが口を開いた。
「そうですね。今迄はエレノアがあのように公式の場に出る事が無かったから気が付きませんでしたが、集積市場での言動や、品評会で即興で作ったという、不可思議な食感の果物。……あの我々が想像もつかない程の発想力と知識には驚嘆を通り越して畏怖すら覚えます」
エレノア自身は何気なく、思い付いた事をそのまま口にしただけなのだろうが、彼女の発案を具体化し、事業として展開すれば、バッシュ公爵領は莫大な富を得る事となるだろう。
「そういえば、師匠が発案したって言われていた魔力を剣に乗せる戦法や、片刃の『刀』も、実はエルの発案だったんだろ?」
「ワイアット宰相が、オルセン将軍から巻き上げたっていう『万年筆』も……ね。まあどっちも、エレノアのアイデアだった事を知っているのはバッシュ公爵家の関係者以外では、僕ら王家直系と重鎮のみだけどね。……どうやら母上やエレノアの住んでいた世界は、僕達の想像を遥かに上回る、文明が進んでいた世界だったようだ」
その知識はまさに、値千金。
成程。各国が『転生者』や『転移者』を積極的に保護対象とする筈だ。
『そういえば……』
アシュルはふと思いついた。
父や叔父達は、母のアリアが転移者であるという事実を内外に対し徹底的に秘匿してきた。
しかも母が色々考案した料理のレシピすらも、身内で楽しむのみに留め、決して一般に広めようとしなかったのである。
それもこれも、母の全てを囲い込みたいという独占欲からきているのだとばかり思っていたが……。ひょっとして、それ以外にも何か理由があったとしたら……。
「……実はその事で、一つ懸念が出てまいりました」
アシュルの懸念を察したかのように、アイザックの表情と口調が強張る。それにつられ、その場の全員に緊張が走った。
「長年、監視対象としてきた彼の国。『帝国』が動き出すやもしれません」
◇◇◇◇
「では、出立は明後日の早朝という事で。こちらから王宮にお迎えにあがります」
「ああ。宜しく頼んだよオリヴァー。そしてバッシュ公爵。クロス魔導師団長にも、転移門の設置を宜しく頼むと伝えておいてくれ」
「承知いたしました」
「あー!マジですっげー楽しみ!あっち行ったら、エルと思いっきり遊ぶぞー!」
ウキウキ笑顔全開なディランの言葉に、その場の全員が一斉に冷たい眼差しを向けた。
「ディラン兄上、遊んでどうするんですか!だいたい、エレノアは修行しに行っているんですよ?!」
「ばっか!そこはそれだろ?何事も息抜きは大事なんだって!」
「ディラン兄上じゃあ、息抜きが主体になりそうだよね。……やっぱり兄上同行させない方が良くない?なんなら代わりに僕が……」
「フィン!てめーはまだ性懲りもなくそういう事を!今度は青あざだけじゃ済まねぇぞ!?」
キレたディランとフィンレーが言い合いを始め、アシュルがやんわりそれを諭す。セドリックとリアムは、明後日向かうバッシュ公爵領の事を楽しそうに話し合っている。……今では非常に見慣れた日常風景だ。
――だが、皆どこかしらその『日常』を意識して演じているようにも見える。
オリヴァーは先程アイザックの口から語られた帝国の件について思いを馳ると、ギリッと奥歯を噛み締めた。
「オリヴァー?」
自分の名を呼ぶ声に意識を浮上させる。見ればアイザックが気遣わし気な表情で自分を見つめていた。
「大丈夫だよ、オリヴァー。もし万が一帝国が動き出すとしても、公爵令嬢であるエレノアをいきなり攫ったりはしない筈だ。それにあちらには、クライヴもイーサンもいる。君達が来るまでの間、ちゃんと守ってくれるよ」
「……随分と、イーサンという家令の事を信頼されているのですね?」
オリヴァーの言葉を受け、アイザックは笑みを浮かべながら頷いた。
「ああ。彼とは幼馴染のようなものなんだよ。彼のエレノアへの愛情は本物だし、実力も多分クライヴよりも上だ。もし不測の事態が起ころうとも、彼ならきっとエレノアを守りぬいてくれる」
アイザックの台詞に、オリヴァーは驚愕の表情を浮かべた。そんな彼に、アイザックは更に言葉を続ける。
「……それに、君とは色々な意味で気が合いそうだしね」
「そうなんですか?」
「うん。特に、エレノアに関してだけ病む所とか……」とは流石に口に出さず、アイザックは笑顔でコクリと頷いた。
すると突然、室内に能天気な声が響き渡った。
「あれー?何だ。修羅場だって聞いたから駆け付けてきたってのに、もう終わっちまったのか?つまんねーな!」
突如現れたグラントに、アイザックが眉根を寄せた。
「終わったも何も、修羅場にもなっていないから!ってか、君。何しにここに来たんだい?」
「あー?いざって時の助っ人的な?」
「あっそう。ちなみに、どうやって騒ぎを収集させるつもりだったの?」
「全員ぶちのめして大人しくさせる!」
「「「「「「「………」」」」」」」
ドヤ顔で言い切ったグラントに対し、アイザックを含めた全員が胡乱な眼差しを向けた。
それってつまり、王族をぶちのめそうとしたって事だよね?そんな不敬発言、なに堂々と言い放ってんだこの男は。というか単純に暴れたかっただけなのでは……?
「おっ!そうだ!それはそうと、エレノアも遂に女としての情緒が芽生えたってよ!良かったなーお前ら!」
「……は?」
途端、オリヴァーの声が二オクターブ低くなった。
「え?何の話だよ師匠」
「そうですよ将軍。なんでここでエレノアの情緒が出て来るんです?」
「ちょっ!ばっ!」と、慌てて次の言葉を止めようとするアイザックと、訝し気に首を傾げるディランとアシュルに対し、グラントが言葉を続ける。
「それがな!さっきヒューバードと奴の部下の会話をうっかり聞いちまったんだけどよ、何でもエレノアの方からクライヴをベッドに誘ったんだとさ!しかも情熱的に抱き着いてお強請りしたって話だぜ!?」
興奮気味に捲し立てるグラントだが、うっかり聞いたと言いつつ、実はしっかり隠密スキルで盗み聞きしていたりする。
しかも真実はただの添い寝なのだが、グラントの脳内では「添い寝=ベッドへの誘い」という大人の図式が瞬時に成り立ってしまったようだ。
ビキッ!と、その場の空気が見事に氷結する。
だが氷結させた張本人はその場の空気を読まず、顔面蒼白になっているアイザックに向かい、ニッカリと非常に良い笑顔を向けた。
「って訳でアイザック。どうやら孫を一番最初に腕に抱けるのは、この俺のようだな!」
喜色満面の笑顔で、グラントがグッとサムズアップした。……と同時に、真のカオスが再び幕を開けたのであった。
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息子自慢をしたかったのが、結果背後から撃ってしまったグラント父様です。
グラント父様。ヒューさん達の話を聞いて、可愛い息子が更に可愛い義娘に一番先に選ばれたと勘違い。
喜び勇んで、真っ先に陛下や王弟達に自慢しに行こうとしましたが、「あちらで騒ぎがあると聞いて」って具合に、のこのこオリヴァー達の所にやって来てしまいました。合掌。
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