第295話 あれ?この毛玉って……。
「やれやれ。だいぶ遅くなってしまったな」
王立学院を出たのが夕方だった為、なんやかんやと手続きしながら登城したら夜になってしまっていた。
近衛騎士に先導されながら、長い廊下を歩く。壁に埋め込まれた魔石のお陰で、城内の至る所は、まるで昼間のように明るい。
だけどそこはそれ。全てが均一に明るいのではなく、中庭に面した廊下とか、夜景を楽しめるテラスだとか、そういった場所は他の個所よりも若干暗くなっているのだ。
ここから先の、中庭が見渡せる箇所などは、美しい花々の咲き乱れる様を幻想的にライトアップされているから、それを堪能出来るように廊下は常に仄暗く……あれ?なんか他の場所より明るくないか?これじゃあ中庭の景色が楽しめない……。
見れば、中庭は一つもライトアップされていなかった。というか、暗くて何がなにやら……。あ、そういえばここ、エレノアとディラン殿下の魔のタッグで壊滅したんだった。
「………」
……そうか……。まだ修復終わってないから、見せられないんだね。
『うちの妹が済みません』と心の中でお詫びしつつ、僕は殿下方が待っているであろうサロンを目指す。
今日は殿下方とバッシュ公爵領に向かう日程のすり合わせを行う事になっているのだ。
本当なら、僕とセドリックが到着して、一日経ってから王族をバッシュ公爵家縁者一同でお迎えする……という事になっていたのだが、一分一秒でも早くエレノアに会いたいとディラン殿下が駄々を捏ねた為、一緒にバッシュ公爵領に向かう事となった。
まあつまり、僕とセドリックの乗った馬車が聖女様と殿下方が乗った馬車をお守りしつつ、先導してバッシュ公爵領に向かう体を取ると、そういう事だ。
「やったぜ!」とはしゃぐディラン殿下が「兄上、あんまり我儘言ってはいけませんよ?」とリアム殿下に諭されるという、なんともシュールな光景に、思わず半目になってしまったのは致し方ない事だと思う。
まあ、ディラン殿下はエレノアと僕達の命の恩人という側面があるからな。それにどうせ、あちらでは『王家直系と聖女様をもてなす公爵令嬢』という図式になるのだし、この鬱憤は『婚約者』として愛し合う僕達を見せ付ける事で晴らす事としよう。
公爵様が仰るには、いつ誰が来ても万全なように手配してあるから、いきなり王族と一緒に到着しても問題無いという事だが……。
「ん?」
なんか横を、オレンジ色の物体が横切った気がして、無意識に掴み取る。
「ピッ!?」
「んん?」
効き慣れた声に掴んだモノを見てみると、そこにはオレンジ色のまん丸な鳥がジタバタもがいていた。
……ちょっと待ってくれ。これって確か、エレノアにくっついて行ったマテオ・ワイアットの連絡鳥じゃないのか!?何でそれがこんな所に!!?
「まさか……!エレノアの身に何かが……!?」
「クロス伯爵令息?……え?は?ち、ちょっ!!」
慌てたような近衛騎士の声をバックに、僕はサロンに向かって全速力で駆け出した。
◇◇◇◇
――時はオリヴァーが王城を訪れる三十分ほど前に遡る。
王家直系達の集うサロンでは、アシュル、ディラン、フィンレー、リアムに加え、学院帰りにそのまま王宮へとやって来たセドリックが、オリヴァーの到着を待つ傍ら、お茶を片手に和やかに談笑していた。
「へぇ~!君が庭師達と花でエレノアの顔を?」
驚いた様子のアシュルに対し、セドリックはニコニコ顔で頷いた。
「はい!エレノアが領地に行ってしまって皆元気なかったから、なんとか少しでも慰めになるものを作りたくて」
「ふ~ん。いい心掛けじゃないか。でも本当の所、あの万年番狂いの気を落ち着かせるってのが目的だったんじゃないの?」
「……フィンレー殿下のご想像にお任せします」
相変わらず、ズバッと真意を突くフィンレーに対し、セドリックは引き攣りながらはぐらかすように曖昧に笑った。
――というか、アシュル殿下はともかく、何でバッシュ公爵領に行かないこの人がここにいるんだろう……。
この人がオリヴァー兄上と鉢合わせて揉めなかった事など一度たりとて無かったのだから、出来れば兄上が来る前にここから出て行って欲しい……。セドリックは切実にそう願った。
「……ねぇ。今なんか変な事考えた?」
「い、いえっ!そのような事は何も!!」
「でも一晩で作りあげるって、凄ぇなお前らんとこの庭師!
そんなセドリックに助け舟を渡すように(多分無意識だろうけど)明るい口調で話しかけてきたディランに、セドリックはホッと安堵の溜息をついた。
「有り難う御座います!庭師達もエレノアの不在が寂しかったみたいで、ついつい張り切っちゃったみたいです。今度は植え込みをエレノアの形に刈り込むって息巻いていましたよ!」
「……エレノアが帰ってくるまでの間に、バッシュ公爵家の庭が凄いことになってそうだね」
「バッシュ公爵領に行く前に見に行きたい!」「うん、じゃあ明日、学院行く前に見に来てよ!」と、キャッキャと楽しそうに話しているリアムとセドリックを眺めながら、アシュルはエレノアだらけとなるであろうバッシュ公爵家の庭園に思いを馳せ、今度お忍びで訪問する事を心の中で決めた。
そんなアシュル達の元に、マテオが何かを両手に包むようにしながら、慌ててやって来た。
「で、殿下方、大変です!私の連絡鳥のぴぃが戻ってまいりました!!」
「は?ぴぃが!?」
「たしかその鳥、エレノアにくっついてバッシュ公爵領に行った筈じゃ!?まさかエレノアの身に何か!?」
途端、室内に緊張感が走る。
「……ねえ。ってかその鳥、なんか細くなってない?」
フィンレーの言葉に、全員がマテオの手の中を覗いてみる。
すると確かに、いつものまん丸ボディはどこへやら。なんかシュンと二分の一ぐらいのスレンダーボディになってぐったりと横たわっている。そして何やら小さく囀っている。
「マテオ、こいつなんて言ってるんだ!?」
「『魔力ください……』って言っています」
「……うん。さっさとあげてやれ」
「は、はいっ!」
汗を流すリアムに力強く頷いたマテオは、手の中のぴぃに魔力を注ぎ込み始めた。
するとスレンダーなボディが、段々と丸みを帯びてくる。その様を見た誰もが『風船だ……』と心の中で呟いた。
「ピッ!」
やがていつものまん丸ボディを取り戻したぴぃは、マテオの掌でポンポンと元気よく跳ねた後、ピーピーと何かを訴えかけるように囀りだした。
「マテオ、その鳥なんて言っているんだ?」
「はい。なんか凄くムカついた事があったそうです」
「ムカついた事……。そ、そう。じゃあエレノアの身に何かあった訳ではなさそうだね」
ホッとした表情を浮かべたアシュルだったが、はたと気が付いたようにある疑問を口にした。
「ねえマテオ。確か連絡鳥って、主とコンタクトを取れば瞬間移動出来るんだよね?なんでこんなに時間かかった訳?」
「はあ……。なんでも急いでこちらに帰らなきゃと焦るあまり、私とのコンタクトを忘れ、気が付いた時には王都まで半分の距離になった所まで飛び続け……。結果、コンタクトをした頃には魔力が尽きかけていたそうです」
それを聞いてリアムとセドリックは肩を落とし、アシュルは顔を手で覆いため息をつき、フィンレーとディランはジト目になった。
「……馬鹿かな?」
「馬鹿だな」
「そんな抜けてて、よく連絡鳥なんてやってられるね」
「なんかすっげーエレノアっぽい……」
最後のリアムの言葉に、その場の全員が「ああ……」と心の底から納得する。そういえばペットって、主人に似るっていうしね。
「やめて下さい!ぴぃはあいつのペットではなく、私のペット……いえ、使い魔です!」
「結局ペットじゃん」
「いっその事、エレノアにあげちゃったら?」
ディランとフィンレーの言葉に、マテオはクワッと目を剥いた。
「冗談じゃありません!!ぴぃは絶対、あいつにはやりませんよ!だいたい、
『……仕方なくとか言いながら、嬉々として交換日記代わりにソレ使っているじゃないかよお前』
ツンとそっぽを向くマテオに対し、アシュル達はそう心の中でツッコミながら、生温かい眼差しを向けた。
「……ねぇ。そろそろその鳥がなんでこっちに帰ってきたのか知りたいんだけど?」
フィンレーの言葉に、その場の全員がハッと初心に帰った。
「ぴぃ!お前何でこっちに帰って来たんだ!?」
マテオの問い掛けに、ピーピーと一生懸命何かを訴えるぴぃを見ながら、アシュルは寄った眉根を指でもみほぐす。
「マテオ。何度も言っているが、僕達全員、鳥語は理解出来ないんだけど?」
「はっ!あっ!も、申し訳ありません!!ぴぃ、何があったか再生しろ!」
「ピッ!」
そうしてパカッと開いたぴぃの口から語られた、エレノア一行がバッシュ公爵家本邸に到着した時のやり取りを聞かされたロイヤルズの背後から、それぞれの魔力が一気に噴き上がった。
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ぴぃちゃん、エレノアの魔力を貰っている間に、見事エレノア菌に感染してしまった模様(笑)
ちなみに余談ですが、アルバの人間は可愛い物好きが多いので、連絡鳥はフィンチ系の小鳥が大人気です。
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