第294話 王立学院生徒会の秘宝
「いや~!それにしてもあの花のエレノア、可愛かったよねー!」
「お気に召されましたか公爵様!実はあれ、僕も土の魔力で協力したんですよ!」
「うん!最高だったよ!!僕はいい義息子を持てて幸せだ!」
「有難う御座います!公爵様!」
……朝食の席で、公爵様とセドリックが楽しそうに盛り上がっている。
成程。一晩でフラワーアートが完成したのは、セドリックが協力したからなのか。僕も後でセドリックを大いに褒めておく事にしよう。
しかし。エレノアのいない朝食風景は、なんというかこう……華が無い。
エレノアに言わせれば「充分華だらけです!!キラキラです!!」とか言うんだろうが……違うんだエレノア、そうじゃない。君がいないと何だか世の中の全ての色合いが褪せてしまうんだよ。
ほら、同行権をかけた戦いに敗れた召使達のあの目。微妙に死んでいるし、ジョゼフは流石の完璧家令ぶりを発揮しているが、時折こっそり溜息をついている。
あと数日でエレノアに会える僕らと違って、彼等は一月近くエレノアに会えないのだから、この反応も当然だろう。
……彼らの精神衛生と花エレノアを守る為、やはりパトリック姉上に時間停止魔法を打診しておくとしよう。
僕はチラリと前方に座る父親達を盗み見た。
グラント様。気持ちは分かりますが、舌打ちは止めましょう。父上も。あからさまにつまんなそうな顔で溜息つかないで下さい。
「はぁ……。癒しが足りない」
「全くだな。なんかこう……。人生の張り合いがねぇよな」
だから!そういう事を実の息子達の前でぶつくさ言わないで下さい!あんたら本当に、自分の欲望に忠実だな!
気を落ち着かせる為紅茶を口に含むと、やはり浮かんでくるのはエレノアの顔。
『……今頃エレノアはどうしているのかな……?』
今の彼女にとって、バッシュ公爵領は初めて行く場所だ。楽しんでいるだろうか。嫌な思いをしていないだろうか。不安は尽きない。
……尤もクライヴと一緒だから、危険はないだろうけどね。何故か近衛騎士達まで護衛に付いているし。バッシュ公爵家の召使達も、ここぞとばかりに騎士服を着ていた。
……エレノアは彼女が言う所の『コスチュームオタク』という業を背負っているらしく、この屋敷の者達はそれをとてもよく理解している。
エレノアにキラキラした目で見られてご満悦になっているであろう彼らを思うと、何だか無性に殺意が湧くな。……いや、殺さないけどね。
まあ、もし万が一僕が暴走したら、クライヴが全力で止めてくれるだろう。僕は自分で止める気は無いし。
『お前、ふざけんなよ!?ちっとは自分で抑制しろ!!』ってクライヴの声が聞こえてくるようだが、僕のエレノアと四六時中一緒にいられるんだ。それぐらいしてくれても罰は当たらないと思う。
……それに、一番の懸念はクライヴだ。
悔しくて認めたくないが、クライヴは多分一番エレノアに信頼されている。
彼女が屈託なく甘えられるのも、多分クライヴだけだ。それゆえ彼は、僕やセドリックが味わい得ない数々の美味しい思いを味わっている。(クライヴいわく『のち、拷問』らしいが)
ひょっとしたらこうしている今も、クライヴとエレノアは婚約者としての距離を縮めているのかもしれない。……うん、有り得る。エレノアは天然で危ない事をするし、無自覚に相手を煽る天才だ。そんな彼女と二人きりで領地で過ごしているのだ。……むしろ何も無い方がおかしい。
――やはり一日でも早く、僕も領地に向かわなくては……!!
「……おい、メル。オリヴァーの奴、一見冷静だけどよ……その……」
「分かってるよグラント。背後のアレだろ?」
「俺の気の所為でなければ、あいつの背後のアレ……魔力溜まりに近いぞ?」
「抑えきれないエレノアへの熱い想いが無自覚に暴走しているんだろう」
「バッシュ公爵家にスタンピードが発生する日も近いな」
「やれやれ全く……。あの子もまだまだ修行が足りないね」
「いや。あいつのアレは、修行してどうこうなるもんなのか?」
「そうだったね。万年発情期……いやいや、万年番狂いの名は伊達ではない。多分矯正は不可能だろう」
……なにやら父上達が、ロクでもない事をヒソヒソ話し合っているようだが、そんな事はどうでもいい。とにかく今の僕にはエレノアが圧倒的に不足しているのだ。その飢えを満たす為には、一刻の猶予も無い。
僕は父上達や公爵様、そしてセドリックに挨拶をした後、一足先に学院へと向かった。
◇◇◇◇
「さて。僕の生徒会長としての引継ぎはここで終了だ。皆、良く付き合ってくれたね」
屍累々とばかりに机の上で書類に塗れながら突っ伏す生徒会役員達を前に、僕は満面の笑みを浮かべながら、引継ぎ終了を穏やかに告げた。
……本来であれば卒業までの残り数ヵ月間、この数年間生徒会長として行った業務のアレコレを引き継いでいくのが恒例であるのだが、僕にはそんな猶予は無い。
何故なら今迄、身内だけの婚約者でエレノアを囲い守っていたのだが、よりにもよって王家直系がその婚約者の輪に加わってしまったからだ。……しかも四人全員!
……まあでも『仮』だけど。まだ。
だがその『仮』だとて、一瞬でも気を抜いた間に、あの手この手を使って取っ払われてしまうに違いない。
愛する女性を手に入れる為なら、全身全霊をかけて戦うのがアルバの男というものだ。しかもこの国の最高峰の王家直系が本気になっているのだ。悠長にしている暇など、僕には一分一秒も存在しない。
そういう訳で、ここにいる新旧生徒会役員達には非常に申し訳ないが、生徒会の引継ぎは長期連休前までに繰り上げさせてもらった。
それを宣言した時は「殺生な!!」「生徒会長、ひどっ!」「どうせエレノア嬢絡みでしょう!?気持ちは分かりますけど、横暴です!!」と散々文句を言われたが、その見返りに『これを読めば安心安全、完璧生徒会マニュアル』を作成する事を約束すると、渋々ながら了解してくれた。
……多分だが、その冊子の表紙をエレノアの姿絵にする事が大いにプラスに働いたのだろう。
「カミール。僕の教えに良くついて来たね。君なら僕の後を継いで、立派に生徒会長を務めあげられると信じているよ」
「光栄です。会長」
この王立学院生徒会において、副会長を拝命しているカミールが、深々と頭を下げる。
カミール・ノウマン侯爵令息。
……四大公爵家の一柱であったノウマン家は、姉のレイラ・ノウマンがブランシュ・ボスワースの計画に加担した罪により、侯爵に降格されたのだった。
元四大公爵家の凋落は、社交界の口さがない者達の恰好の娯楽とされ、カミールが引退を決めたリオ・ノウマン侯爵に代わり、各方面で引継ぎの手続きをしたり、挨拶回りで夜会などに出た際などは、あからさまに様々な憶測を囁かれ、心無い言葉も浴びせられたと聞く。
当然、学院でもエレノアを神聖化する多くの者達から、厳しい目を向けられていた。
だが彼はその全てに対し、一切言い訳も反論もせず「姉の仕出かした罪は、一族の罪」と真正面から受け止め、堕ちた家名を己の代で復興させようとひたすらに努力していた。
そんな彼を認めた上で、僕は生徒会を辞退しようとした彼を引き留め、次期生徒会長になる事を勧めたのだ。
僕と……そして、彼自身の最愛の女性であるエレノアを身内が傷付けたと悔やんでいた彼は、「自分には、そんな資格はありません」と、生徒会長への誘いを頑なに固辞したが、僕はそんな彼に諭すように語りかけた。
「僕は全てが完璧な人間が人の上に立つ事をあまり良しとはしていない。理不尽に晒され、それでも前を向いて懸命に努力する君ならば、同じ様な苦しみを持つ者や、悩みを持つ者達を正しく導いていけると思っている。だからこそ君に、生徒会長を務めて欲しいんだよ」
それを聞いたカミールは、最終的には僕の説得に応じ、生徒会長の任を受ける事を承知した。
彼は四大公爵家の嫡男だった事もあり、能力的には申し分の無い男だ。それに僕に堂々とエレノアへの恋情を表明するという気概を見せた。
事件後、色々言っていた者達も、彼の態度や行動を見て、今ではちゃんと彼自身を評価している。……彼にならば、安心して僕の後任を任せられるだろう。
「さて、これが約束のものだ。汚れ防止の魔法をかけてあるけど、大切に扱ってくれよ」
そう言って『生徒会マニュアル』を差し出すと、先程まで死人のように机に突っ伏していた新旧役員達が全員ガバリと起き上がり、冊子を受け取ったカミールの元に群がった。
「うおぉぉっ!!革張り!豪華!!しかも絵が……絵が、カラー!!その上、姫騎士仕様!!」
「あああっ!なんて愛らしいんだエレノア嬢……!!」
「くそっ!何で僕達は卒業しなくてはならないんだ!?」
「会長!これ、複製可ですか!?え?駄目?そ、それじゃあせめて、表紙だけでも!え?大却下!?ひどっ!」
「こ、これは生徒会の秘宝として、厳重に金庫に封印しなくては!!」
――……マニュアルを封印してどうするんだこいつらは。
マニュアルを見ながらキャッキャとはしゃいでいる生徒会役員達に、呆れながら声をかける。
「生徒会長の業務は勿論、年間を通じた生徒会の仕事の内容を細分化してまとめている。これを見ても、どーーーしても分からない事があったなら、僕に連絡を入れるように。……あくまでも、どーーーしても分からなければ……だからね?そこの所を忘れないように」
僕の言葉を聞いた瞬間、微妙そうな顔をした新旧生徒会役員達に「分かったね?」と駄目押しの微笑を浮かべ、全員を頷かせた後、僕は生徒会室から出て行った。
――後に、このマニュアルが生徒会秘蔵の
その事により、
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そして父親達にも「あれはどうしようもない」と言われてしまう、オリヴァー兄様の番狂い……。もはや本家(獣人)を越えたご様子(;゜д゜)ゴクリ…
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