第292話 騎士として在るべき姿

「私はバッシュ公爵家当主であられるアイザック様より、この領の統括と人事権を一任されております」


そう言って一呼吸置いたイーサンがクリスに視線を向ける。するとクリスは顔を少しだけ曇らせながら、イーサンと視線を合わせた。


「たった今より、その人事権を行使致します。このバッシュ公爵家騎士団長であったジャノウ・クラークは己が仕える主に敵意を向けた事により、本日をもって騎士団長の任及び、騎士団からの除名処分とします。同じくジャノウ・クラークと共に謹慎中の騎士達も同様に除名処分と致します」


演習場にいた騎士達がどよめく。


だがイーサンの言う通り、彼等は主家の姫であるエレノアに対して敵意を隠さなかった。

本来であれば、命を懸けて守るべき対象にそのような感情を向けたのだ。イーサンの下した処分はしごく妥当なものであった。


しかも彼らは、主家の姫ではなく、別の女性に『騎士の忠誠』を誓った。


そしてその忠誠を誓った女性の為に、仕えるべき主家の姫と対峙するという、騎士として最も恥ずべき事を行ってしまった。むしろ除名処分で済んだのは、当主の多大なる温情に他ならない。


騎士達に「静かに!」と一喝した後、イーサンは再び口を開いた。


「それに伴い、新たな騎士団長には副団長であったクリストファー・ヒルを任命致します。副団長にはテ………いえ。アリステア・マクシミリオを暫定で任命致します」


再び騎士達が騒めき出す。その中では「イーサン様『テ』って言ったよな……?」「『テ』って……?」という声もあちらこちらから聞こえてくる。


「なお、先程クリストファー・ヒルに対し、見当違いの意見を述べていた騎士達及び他数名も、ジャノウ・クラークらと共に騎士団から除名処分と致します」


「そ、そんな!!」


「な、何故ですか!?イーサン様!!」


除名処分を告げられた騎士達が真っ青な顔で声を上げた。


それはその筈。騎士が仕えるべき領主に直接任を解かれるという事は、騎士失格の烙印を押されるようなもので、大変な不名誉とされている。当然、そんな元騎士を騎士として雇おうとする貴族や領主など、この国には存在しない。


なので除名された騎士のその後は、冒険者となり私兵として雇われるか、辺境の警備兵として採用されるかしか道はないのだ。


そんな彼らにイーサンは呆れたような眼差しを向ける。


「何故?その理由が分からないからこそ、貴方がたは除名処分となったのですよ」


「――ッ!」


「……分からないのならば、教えて差し上げましょう。騎士とは、仕えるべき方がどのような人物であろうとも、忠誠を捧げお仕えする事こそ正道。なのに貴方がたは、成り上がりの男爵令嬢ごときにうつつを抜かし、主家の姫をないがしろにした。そんな騎士など、このバッシュ公爵領には不要。……いえ、寧ろ害悪に近い。そもそも……」


イーサンが言葉を切ったと同時に、鼻の上のフレームを指で押し上げた。


「お嬢様の慈悲を賜った後も、性懲りもなくあのような紛い物に心を砕き、更にはお嬢様を侮辱する発言まで……。お優しいお嬢様を、どこまでコケにすれば気が済むのでしょうね。貴方がたは……」


ここで、イーサンの態度と口調がガラリと変わった。


「いいか。お前達が今もこうして生きていられるのは、エレノアお嬢様がそれを望まれない事が分かっているからだ。そうでなければお前達もクラークも、一昨日の段階で始末していた。それを除名処分で済ませてやったんだ。……こうして生き永らえられている事の幸運に感謝するんだな……!」


イーサンの全身から、凄まじいばかりの魔力が噴き上がった。その圧迫感と迫力に、その場にいた誰もが息を飲む。

イーサンの怒りを表すかのように、その何属性の魔力かも判断できないほど真っ黒い魔力は、まるでそれ自体に意志があるかのようにうねっている。


『……こ、恐っ!!』


イーサンの本気モードの怒りを目にし、エレノアの全身が震える。チラ見したミアの耳も、かつてない程ぺったり寝てしまっていた。


――……えっと……。そ、それにしてもなんか、イーサンの魔力、めっちゃ見覚えがあるんですが……?


あの黒さといい、魔力のうねり具合といい……あっ!フィン様の闇の触手(?)!!じゃあこれってもしかしなくても、病み……いや、そうじゃなくて『闇』の魔力……?え?イーサンってば、フィン様と同じ『闇』の魔力属性だったの!?


見れば、クライヴ兄様やクリス副団長……いや、団長達も一様に驚愕の表情を浮かべ、固唾を飲んでイーサンを見つめている。

件の騎士達など、その黒い魔力を真っ向から向けられ、顔面蒼白で震えてた。そんな彼らに更に止めを刺すように、イーサンが表情をガラリと変え、ニッコリ(!?)と実に良い笑顔を浮かべた。


笑顔なのに、さっきの怒った顔より怖く見えるとは、これいかに?


「良いではないですか。貴方がたにはすでに心からの忠誠を誓う方がいらっしゃる。今後は誰憚る事無く大手を振って『騎士の忠誠』を誓った方をお傍近くでお守りなさい」


「あ……あ……」


騎士達が、その場で膝から崩れ落ちる。そんな彼らに向けられた視線は、一様に冷たいものだった。


彼等は確かに、あの場ではエレノアに対峙しなかった。だがイーサンの言う通り、クラーク達の姿を我が身に置き換え、己の騎士としての本分を思い出さなくてはならなかったのだ。


間違いなく、この家令はあの男爵令嬢を不穏分子をあぶり出す為の駒にしたに違いない。そして彼らはまんまとふるいにかけられ、落とされた。

だがそれと同時に直接行動に移さなかったとして、彼等には引き返す機会を幾度も与えられていたのだ。


なのに彼らはそのことごとくを棒に振った。この結果はまさに自業自得としか言いようのないものだった。


「……?」


除名処分を受け、項垂れていた彼らはふと、ある視線に気が付き顔を上げる。するとその先にはエレノアがいた。


「――ッ!!」


エレノアの目は自分達を責めるものではなく、むしろ心配し気遣うものであった。

それに気が付いた瞬間、騎士達は怒涛の後悔に打ちのめされた。


「……我々は……なんという事を……!」


そもそも自分に対し不敬を働いた時点で、主家の姫であるエレノアが、ただの管理者であるゾラ男爵の娘を追い出そうとするのは当たり前の事で、責められる事でもなんでもない。

……いや、むしろ普通の高位貴族のご令嬢であったのならば、追い出すだけでは済まなかったに違いない。


バッシュ公爵家当主であるアイザックは娘を溺愛している。その娘がを訴えれば、下手をすれば男爵家のお取り潰しさえあり得た筈だ。


――だが、彼女はそうしなかった。


幾度も不敬を重ねるフローレンスや自分達に対しても、主家の姫という立場を振りかざす事無く真摯に接してくれていた。


そこには自分達で自分達の非に気が付いて欲しいという、深い慈愛の心があったに違いない。なのに自分達はその慈悲を何度も踏みにじってしまったのだ。


仕えるべき主君を持つ騎士としての本分を忘れ、最も護るべきものをないがしろにした騎士達は今やっと、エレノアこそが真実、自分達が身命を賭し、守るべき珠玉であったと気が付いたのだった。


だが、気が付いた時には既に遅く、愚かにも公私を弁えず己の恋情に溺れ、真に護るべき主を蔑ろにした自分達は、その愚かしさによって、この美しく優しい少女に仕える道を永遠に断たれてしまったのだ。


後悔しても、もう取り返しがつかない。

騎士達は心の底から湧き上がってくる後悔と絶望に、その場から立ち上がる事すら出来ずにいた。




===============



イーサン、まさか(?)の病み……いえ、闇属性でした!

エレノア、ナチュラルに間違えて言っておりましたが、それ、割と正しい表現ですよねv

増々、オリヴァー兄様と混ぜるな危険に……(;゜д゜)ゴクリ…

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