第290話 剣舞の練習
スラリと刀を抜くと、身体を起こし、まずは刀を横に一閃する。
そうして重心をそのままに、すり足で体制を整えると、流れるような動作で次々と刀を振るい、技をきめていく。
私の剣舞の型は、舞踊の流れも汲んでいる為、指先一つの動きから足裁きに至るまで、優雅さを求められる。が、刀を振るうスピードや角度は一撃必勝を軸にしたもので、前世の師匠が初めて剣舞を披露してくれた時は、本当に感動したものだった。
『師匠!私もいつか、師匠のように舞ってみたいです!!』
『ふっ……。私の修行は厳しいぞ?ついて……こられるかな?』
『はいっ!!』
……なんて師匠と武士道ごっこしながら、楽しく修行していたっけ……懐かしいな。
まあ、それは置いておいて。今の私は前世の師匠の技量に遠く及ばないけど流派の流れを汲む者として、どうせ剣舞を披露しなくてはならないのなら、師匠にも自分にも恥じる事のないものを見せたい。
――剣の舞いは神々に捧げる奉納舞。だからこそ、まだまだ未熟者であったとしてもそれを恥じる事無く、今ある技量で精一杯舞いなさい。それに大切なのは、技量よりも寧ろ『心』だからね。
前世の師匠の言葉が脳裏に蘇ってくる。
『はい、師匠!私、まだまだ未熟者ですが……精一杯頑張ります!』
やがて周囲の音が段々と小さくなっていき、最終的に完全に聞こえなくなっていった。
「これは……なんという……」
エレノアの舞う姿を見ながら、クリスはゴクリと喉を鳴らした。
先程目にした従僕との打ち合い一つ取ってみても、エレノアお嬢様の剣の技量は素晴らしい物だった。
最初はいきなりの真剣同士での打ち合いに「万が一お嬢様がお怪我をされたら……!」と焦ったものだったが、予想に反し、思った以上に危なげなく打ち合っている姿に強い衝撃を受けた。
クライヴ様いわく、お嬢様は幼い頃から剣の稽古をされてきたという事だが、あの剣裁きや体幹を見れば、それが真実であるという事は容易く知れる。
寧ろ、並みの騎士見習いでは太刀打ち出来ないのではないか……?そう感じずにはおれない程、その太刀筋は洗練されたものだった。
そして今、お嬢様は刀を手に、まるで空に花弁が舞うような剣技を披露している。その姿は幻想的とも呼べる程に美しいものだった。
今迄見た事のない剣の型と技。凛とした表情。男とは違う、しなやかで柔らかな身体が、まるで見えない敵と対峙するかのように、鋭く白刃を煌めかせる。
それでいて、流れるような動きは指先一つとってもたおやかで繊細。刀を振るう凛とした動きと反比例したその姿は、清廉でありながら蠱惑的でアンバランスな魅力に満ち溢れていた。
ゾクリ……と、思わず快感にも似た甘い痺れが背筋を突き抜ける。
多分その気持ちは他の騎士達も同じなのだろう。皆が皆、魅了にかかったような恍惚とした表情で、食い入る様にエレノアお嬢様の動きを目で追っている。
ああ……。あの
……ん?近衛騎士達、また泣いていないか?「我が人生に悔いなし!」とか呟いているが、いやあんたら王家を守る盾だろが。どんだけエレノアお嬢様が大好きなんだよ!?
その時だった。
「お嬢様、かっけー!!」という、非常に聞き慣れた声が聞こえてきて、慌てて斜め前方に目をやる。
――うぉい!ティル!!お前、いつの間にここに戻って来やがった!?
さてはあの野郎、巡回業務、見習いに押し付けて帰って来たな!?今は下手に動けんが、後で絶対にぶちのめしてやる!!
キラキラと瞳を輝かせ、興奮顔でお嬢様に声援(?)を送っているふざけた馬鹿にブチ切れながら、心の中で罵詈雑言を浴びせかける。
『……そういえば……』
横におられるクライヴ様をチラリと盗み見てみると、これ以上はない程優しい眼差しをお嬢様に向けておられた。普段は凛とした表情を浮かべておられるのに、今の表情には鋭さの欠片も無い。その甘く蕩けるその美しさに、不覚にも胸が高鳴ってしまった。
――クライヴ・オルセン。
かの『ドラゴン殺しの英雄』グラント・オルセンを父に持ち、その才能と容姿を余す事無く継承したと言われる天才。
先程の打ち合いや他の騎士達を指導する姿を見ても、そのずば抜けた技量と魔力量が分かる。
しかもその類まれな美貌。並みの騎士であれば、容易く膝を付き従ってしまうに違いない。まさしく、自分達のような
そんな彼が口には出さずとも、全身で愛おしさを表す相手が、エレノアお嬢様なのだろう。
思わず嫉妬してしまいそうになって、はたと首を傾げる。
――自分はどちらに対して嫉妬しているのだろうか……?
ワッ!と怒涛の歓声に我に返ると、エレノアお嬢様の剣舞が終わってしまっていた。
「うわっ……!最後らへん見逃した!」
「大丈夫だ。お披露目パーティーまでに何回も練習するし、本番もここで舞うだろうからな」
思わず呟いた言葉をクライヴ様に拾われてしまう。……だがそうか。あの剣舞、練習風景だけではなく本番も見る事が出来るのか。なんという僥倖。
「……おい、顔にやけてんぞ?今はいいが、オリヴァーが来た時に締まりのねぇ顔はすんなよ?」
……オリヴァー様。どんだけ狭量なお方なのだ!?
「エ、エレノアお嬢様!!どうか私の騎士の忠誠をお受け下さい!!」
「わ、私も!どうか……!!」
エレノアお嬢様の剣舞の余韻から覚めた騎士達が、次々とお嬢様の元へ集まり、その前に傅く。
――……ああ、あいつら全員落ちたな。
まあさもありなん。あんなものを見せられて、魅了されない男はいないだろう。
しかも、今騎士達に取り囲まれ、真っ赤になってうろたえているお嬢様には、先程までの神々しいまでに凛とした表情は欠片も見当たらない。その代わり、まるで小動物のような愛らしさに満ち溢れている。
……なんという凄まじいギャップだ。
見れば、自分と同じ
自分はもう既に『騎士の忠誠』をお捧げしているから、こうして余裕でいられるが、もしまだだったのなら、確実に今頃はあの騎士達の中にいただろう。……ってかティル!てめーはもう騎士の忠誠誓ってんだろうが!!なにちゃっかり騎士達の中に紛れてんだよ!?本当にあいつ……後で覚えていろよ!!
エレノアお嬢様の、困ったような笑顔に昨日の出来事が蘇ってくる。
どんな目下の人間に対しても敬意を持って接するお嬢様。
獣人の子供を庇う為に、ドレスが汚れるのも構わず地面を転げるお嬢様。
天真爛漫でおっちょこちょいで……。なのに幼いながらも、大人顔負けな持論を展開するお嬢様。
本当に、お嬢様はこちらが予期せぬ様々な表情を見せて下さる。このお方の傍にいられたら、きっと人生物凄く楽しいものになるに違いない。
……ん?なんだ?さっき言い掛かりをつけてきた騎士達まで、エレノアお嬢様に群がっているじゃないか。……あの野郎共……。おまえらみたいな奴らの忠誠なんて捧げられたら、エレノアお嬢様が穢れるわ!
憤りを胸に、件の騎士達を排除すべくエレノアお嬢様の元に向かおうとしたその時だった。
「全員、鎮まりなさい!」
静かでいて、威圧を含んだ声が演習場に響き渡る。
見ればこのバッシュ公爵領の影の支配者とも言われている、食えない家令が絶対零度の表情を浮かべながら、こちらに向かって歩いて来るのが見えた。
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エレノアのお師匠様、お茶目さんでした。
バッシュ公爵領にて、また新たなるお嬢様伝説爆誕です!
『守るべきものの為に』発刊も近い……?
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