第288話 あれ?ただの朝練だった筈では?
「……なんだそれ?どうして僕がそんな事をしなけりゃならないんだ?」
凍りつく程に冷ややかな口調に騎士達が気圧された様に一歩後ろに下がる。だが、その内の一人が再び口を開いた。
「ク、クリス副団長はずっとフローレンス様に悪感情を抱いておられたではないですか!」
「当然だ。場も弁えず、許可もされていないのに演習場をサロン代わりにしているような輩を、快く思う訳がないだろう」
成程、フローレンス様……。度々演習場に来てたんだ。
しかもクリス副団長の口ぶりだと、その度に訓練邪魔されていたっぽいな。そりゃー怒るでしょう。……でもクリス副団長。フローレンス様の事、「輩」って言っちゃったよ。どんだけ頭にきていたんだ。
エレノアはフローレンスのしていたであろう行為に溜息をつきつつ、こちらにまで漂ってきそうな程の怒気を含んだ冷気にブルリと身体を震わせた。
……いや、実はさっきから、自分の周囲も絶対零度にまで温度が急降下しているのだが……。
――これ多分、発生元はクライヴ兄様で、風の魔力でそれを増幅しているのがウィルだろうな。流石は冷風機コンビ!
あっ!後方から「……あのクソ野郎ども……」「後で殺す……!!」と小さい呟き声が聞こえてくる。こ、この声はネッドとポール?
ああっ!近衛騎士様方まで追従して「貴公ら!やるなら我々も是非参加させてもらうぞ!」なんて言ってる!やめて!皆さん、それだけはやめてー!
「――ッ!……だからお嬢様がこちらに来られたのを契機に、フローレンス様方を追い出そうと画策されたのではないのですか?!」
そんな私達の状況など知る由もなく、再びクリス副団長と騎士達の押し問答が始まった。
にしても、仮にも騎士団の団員が、己らの取りまとめ役である副団長にあんな言いたい放題するなんて……。ティルがこっそり教えてくれたけど、クリス副団長は平民だったらしいから、そういう意味での侮りを持っているのかもしれない。
それに私に対しても……彼らはあまり良い感情を持っていないようだ。
多分だが、彼等にとって私は愛する女性に害成す存在……いわば、乙女ゲームにおける悪役令嬢に近い存在なのかもしれない。
確かに私、今の今まで領地を訪れた事なかったからなぁ……。
とはいえ、自領の騎士達にそう思われてるのって、割とへこむな。
などと、ちょっとションボリしてしまったら、一段と周囲が冷えてきて……えっ!?ちょっ、こ、これ……!まさかのダイヤモンドダスト!?
「……ふ~ん……。しかもゾラ男爵令嬢に『騎士の忠誠』を誓った団長も謹慎中だし、絶好の機会だと僕が動いたと……。そう言いたいのか?」
えっ!?騎士団長さん、フローレンス様に『騎士の忠誠』を誓ってたんだ!?あ、騎士達が一斉に動揺している。
「今現在謹慎している騎士達は、団長以下全てゾラ男爵令嬢に『騎士の忠誠』を誓っている。……お前達。やけに彼女の事で熱くなっているが、ひょっとして団長達同様、『騎士の忠誠』を彼女に捧げていたりするのか?」
「――なっ……!?」
「そ、そんな……!わ、我々は……」
――そこでようやっと彼等は、自分達に向けられた視線に気が付いた。
一昨日迄とは違い、密かに自分達に同意する少数の騎士達以外は、明らかに自分達に対し冷ややかな視線を向けている。
それはそうだ。彼らは視察の間に起こった事は知らずとも、到着したばかりのエレノアの態度や、騎士団長達の暴挙。更にはフローレンスが白い色のドレスを身に纏うという非常識さを実際に見て知っているのだ。
あれだけでも、
だがそれを良しとせず、あろう事か上官に向かって文句を言うなど有り得ない。
ましてや『騎士の忠誠』を、仕えるべき主家の姫ではなく、男爵令嬢などに捧げていたとなれば……。
今現在の状況に戸惑う騎士達に対し、クリスは「ハッ」と鼻を鳴らした後、とどめとばかりに冷たく言い放った。
「さっきから聞いていれば、僕があの女を追い出す為に画策したなどと……馬鹿馬鹿しい!そもそもあの家令様が、僕ごときの進言を間に受けて動くようなヤツだと思ってるのか?それに僕が言っても信じないかもしれないが、彼女は昨日の視察で、許されない言動を繰り返した。むしろ追い出されるだけで済んで幸運だったと、その場にいた者としては思わざるを得ないね!」
「――ッ!じゃあやはり、副団長が……!?」
「だから、何でそうなる!?そもそも僕がその事実を知ったのは、彼女らが追い出された後だ!」
「……ならば、もしや最初からお嬢様の命令で……ガッ!」
それは本当に、思わず口から零れた言葉だったのだろう。
だが言い終わる前に、騎士が言葉を切る。何故ならクリス副団長が目にも止まらぬ速さで抜刀し、口の中に剣を突っ込んだからだ。
「……それ以上、僕の『貴婦人』に対する暴言を口走ってみろ。その舌、切り落とすぞ!?」
凄まじい形相と背後から噴き上がる怒気に、その場の誰もがクリス副団長が本気である事を悟る。しかも、彼の傍に控えているアリステアもクリスを止めるでもなく、剣を突っ込まれた騎士を冷ややかな眼差して見つめるだけだった。
「はぁ……。ったく!」
クライヴ兄様が舌打ちをした後、シンと静まり返る演習場へと歩を進めた。
「どうした?随分楽しそうな訓練をしているみたいじゃないか?」
「――ッ!クライヴ様!それにエレノアお嬢様!?」
クリス副団長が部下の口に突っ込んでいた剣を抜き、その場に片膝を着くと、その場にいた騎士達も慌ててそれに倣った。さっきまでクリス副団長に詰め寄っていた騎士達も片膝を付き俯いている。が、その顔色は一様に悪い。
多分だが、今迄の会話を私達に聞かれたかもしれないと焦っているのだろう。
「エレノアお嬢様。並びにクライヴ様。この度はお見苦しい様を晒し……」
クライヴ兄様が手を前に出し、クリス副団長の謝罪を遮る。
「そちらの内輪揉めに介入するつもりはない……今はな」
クライヴ兄様の言葉を受け、主に先程の騎士達が詰めた息を吐いた。
そんな彼らを鋭く一瞥した後、クライヴ兄様は更に言葉を続ける。
「クリス副団長。訓練中邪魔して悪いが、今日から俺達も訓練に参加させてもらえないか?」
ザワリ……と、その場の空気が騒めく。
「は?そ、それは勿論。我が国が誇る英雄グラント・オルセン将軍閣下の御子息様と……。王族を守護する近衛騎士様方と共に訓練が出来るなど、騎士として光栄の極み。なれば是非ともこの機会に、ご指導賜りたく存じ上げます」
「英雄なのは俺じゃなくて親父だからな。そう大仰に構えられると居心地が悪い。寧ろ俺の方こそ、世に名高いバッシュ公爵家の騎士に胸を借してもらおうと思っている。エレノアの婚約者だからと遠慮せず、全力で相手をしてくれると助かる」
「クリストファー副団長殿。我らも是非参加をさせて欲しい。魔獣や無法者たちと最前線で戦う貴公らとの手合わせ。鈍った剣の良いさび落としとなろう」
「……は。我らも是非、胸を貸して頂きたく存じます」
クリス副団長が、好戦的にニッと笑うと、クライヴ兄様も不敵に微笑む。このやり取りで、先程の剣呑とした雰囲気が見事に霧散してしまった。
場を仲裁するオカン属性のその手腕、流石はクライヴ兄様。お見事です!
「ところでその……。エレノアお嬢様、その恰好は?」
クリス副団長が戸惑う様に私の恰好を凝視してくる。ついでに他の騎士達も、私の恰好を食い入る様に見つめてくる。しかも何故か皆の顔が赤い。
「あ、あのっ!私も訓練に参加したくて来ました!」
「は!?お、お嬢様が!?」
途端、演習場に居た騎士達が騒めいた。中には信じられないといった様子で私を見る騎士達もいる。……うん、そりゃそうだよね。こんな格好した小娘が訓練に参加するなんて信じられないよね。分かります。
「ああ、信じられないかもしれんが、エレノアは小さい頃から俺や親父が鍛えているんだ。だから格闘技も出来るし、当然剣も使える」
「オ、オルセン将軍が!?」「まさか……!」と、更にその場が騒めき立った。クリス副団長や、その横に控えていたアリステアさんも目を丸くして私を凝視した後、クライヴ兄様を見た。
そんなクリス副団長に、クライヴ兄様のみならず、ウィルや近衛騎士様方もが深く頷く。その事でようやく、私が本当に訓練をしたいという事を信じてくれたみたいだ。
「し、失礼致しました!ではお嬢様、どうぞこちらに……」
そう言って、演習場の中央へ誘導しようとしたクリフ副団長を、私は慌てて止めた。
「あの、私は隅の方を貸して頂ければ結構です」
「は?!い、いえそれは!お嬢様を隅に追いやるなど……!」
焦った様子のクリス副団長に、私は本当に大丈夫だからという意味を込めてニッコリと微笑んだ。
「大丈夫、気にしないで下さい。そもそもここは、貴方がたがバッシュ公爵領を守る為に訓練を行う大切な場所……。いわば騎士の方々にとっての聖域です。だから邪魔にならないよう、隅で練習させて下さい」
途端、騎士達の顔がハッとする。
「そうだな。副団長。悪いがエレノアの言う通りにしてやってくれ。こいつの言う通り、お前達の邪魔にならないようにするから、暫くは宜しく頼む。なんせ、オリヴァー達が到着してから開く予定のお披露目での余興を練習させないといけないからな」
「……ん?」
――……はい?クライヴ兄様、今余興って言った?
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バッシュ公爵領の騎士達、半分以上がちゃんと分かっておりました。
そしてエレノアの天然砲は、未だ健在な様子(^O^)
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