第287話 いざ、朝練へ!

クライヴ兄様の謎のお怒りを受けた後、私はミアさんに身支度を整えてもらい、ウィルの用意してくれたミックスフルーツジュース(オーブリーさんちの苺多め)とビスケットを摂った。


そして夜明け前の綺麗な空を見ながら、クライヴ兄様と一緒に本邸へと向かったのだった。


――……でもちょっと待って下さい。


「クライヴ兄様。なんで私の運動着、学院仕様なんですか?」


そう。何故か私が今着ている運動着は普段使いのものではなく、学院で半強制的に着用を義務付けられている『姫騎士仕様』のものなのである。


「ああ、それな。持って来た分がそれしかなかったらしいぞ?」


「……」


いや、んな訳無いでしょう!だって運動着、私の目の前でミアさんがせっせと用意してくれていたんだから。


チラリと後方に目をやると、ミアさんと何故かウィルが同時に目を逸らした。……うん。二人揃って仲良く態度で自白しているよ。そうですか。入れた後で、兄様方にすり替えを命じられたんですね。――でも何で!?


「このバッシュ公爵領では、お前は主家の姫なんだ。だから誰からも一目置かれる立ち居振る舞いと装いをしなくてはならないんだよ」


クライヴ兄様のごもっともなド正論に対し、それでも私は抗議の声を上げた。


「だからって酷いです!!あれ、一番動き易くてお気に入りだったのに!!」


「やかましい!!よりにもよって、自分の領地にヨレた濃紺つなぎを持って行こうとするバカがどこにいる!?ゴミ箱行きにされなかっただけでも有難いと思え!!」


「見た目で差別するの反対!兄様はジャージの良さが分かっていないんです!!」


「永遠に分からんでも良いわ!!」


まったく兄様ったら。あの伸縮自在で機能性に優れたジャージの素晴らしさが分からないなんて……。

まあでも、ジョナネェに必死に強請ってようやっと作ってもらった服だから、捨てられなくて本当に良かった。


それに、ちょっとギクシャクしていたクライヴ兄様とのやり取りが、いつもの調子に戻ったのも嬉しい。


クライヴ兄様。わざわざ私が寝ている状態でひっそり添い寝してくれていて良かった。もし意識がある時に一緒にベッドに入ったりしたら、きっとドキドキして寝不足になっていただろうからね。


「……あの、ウィル殿。“じゃーじ”って何ですか?」


今日の護衛を仰せつかったネッドが、斜め横を歩くウィルにこっそりと尋ねる。


「お嬢様の愛用している運動着です。見た目はアレですが、着心地は最高ですよ!……実は私も、お嬢様とお揃いで持っているんです!」


「ははぁ……成程」


なんかちょっとドヤ顔のウィルを見ながら、ネッドは『きっとそれ、ご婚約者様が着なかった分のお下がりなんだろうな……』と、心の中で呟いた。


お嬢様がこちらにいらしてからずっと見ていて思ったのだが、この侍従ってば本当に、お嬢様といいコンビだ。


「しかし……。朝練って、お嬢様ご自身もされるんだったんだな」


「ああ。てっきりお嬢様は見学をされるものだとばかり……」


今日のエレノアの護衛騎士としてやって来たネッドとポールは、わいわいとクライヴと言い合いをしているエレノアを見ながら汗を流した。


昨夜の「朝練」発言。てっきりクライヴの訓練風景を見学するという意味で言ったと思っていたのだが、実はエレノア自身も参加するという意味だった事に、彼等は心底驚いていた。

しかも女……というか、高位貴族のご令嬢が騎士に混じって訓練するなんて、見た事も聞いた事も無い。もしや昨夜のイーサンが告げたというあの言葉は、この事を言っていたのだろうか?


――それにしても……。


ネッドとポールは、エレノアの恰好をまじまじと見つめながら頬を染める。


ドレスの様であって、豪華な騎士服にも見える不思議な装い。きっちりと結い上げた髪と、まだ発育途中の華奢な体躯とが相まって、中性的な少年のようにも見えてしまう。


「お嬢様の勇ましくも可憐なあのお姿……。俺、今迄女に興味無かったけど、お嬢様のあのお姿はクるものがあるな…」


「全くもって同感だ。お嬢様のようなお方ならば、女を愛する事もやぶさかではないなと思えるよ」


二人は昨日のエレノアのアレコレを思い返し、揃って恍惚の笑みを浮かべた。彼女ならば、あの辛辣なティルを容易く懐柔したのも納得だ。


そういえばそのティルだが、本日演習場までの護衛が自分達に決まった時、「え~!俺が一番最初にお嬢様に挨拶したかったのにー!!」と、もの凄くぶーたれていた。当然、最後にはクリス副団長に〆られ、城下町を含めた巡回警備隊に放り込まれていたっけ。


「昨日は時間が無くて無理だったが、今日は我々も『騎士の忠誠』をお許し頂きたいものだな!」


「ああ。お嬢様であれば、生涯忠誠をお捧げする事に悔いは無い!」


……などと、二人が楽しそうに話し合っているその近くで、物凄く羨ましそうにギリギリと歯を食いしばる近衛騎士達の姿があったと、後にウィルは王都邸の仲間達に語ったという。








「……あれ?」


本邸と騎士棟の間に造られたという、広い演習場に足を踏み入れようとした時だった。剣を交える音や、騎士達の掛け声……ではなく、何やら揉めているような声が聞こえてくる。


何事かと、クライヴ兄様や他の護衛騎士達と一緒に気配を殺して木の陰からこっそり覗いてみる。すると、クリス副団長が複数の団員達に囲まれているのが見えた。


そしてその内の一人が、クリス副団長に詰め寄っている。……けど、ちょっと言葉が不明瞭だな……。

なんて思っていたら、ウィルが風魔法を使って声がこちらまでクリアに届くようにしてくれた。覗き見&聞き耳なんてはしたないかもだけど、ナイスだウィル!


「クリス副団長!何故フローレンス様とマディナ夫人が出て行かされたのですか!?」


聞こえてきた内容に驚いてしまう。え?フローレンス様とゾラ男爵夫人、バッシュ公爵家ここから出て行ったの!?いつの間に!?


「そんなの僕は知らないよ。そういう事を決めるのは家令であるイーサン様の仕事だ。寧ろ僕に言いがかりつけるより、イーサン様に直接聞いてみたらどうだ?」


途端、騎士達が一斉に怯んだ。


うん。あのイーサンに進言するって、勇気いりそうだもんね。


「――ッ!し、しかし……!昨日視察に向かってすぐにそのような事になるなどと……!」


「……クリス副団長が、そうなるように進言されたのではないですか?」


クリス副隊長を取り囲んでいた騎士達の一人が呟いた言葉に、クリス副団長の背後から黒い何かが噴き上がった……ような気がした。



===============



デザイン画を渡した時のジョナネェとの会話。


「……ねえ、エレノアちゃん。この服なんでこんな地味な紺色なの?」

「そういうもんだから!」

「しかも何よこれ!?模様がズボンと腕の側面部に引かれた白い線だけって!?」

「そういうもんだから!」

「ださっ!もーいやこの子!!センス最悪!!」


……等と言いつつ。可愛いエレノアの為に、気合を入れてジャージを作ってくれたジョナネェでした。

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