第285話 ご褒美という名の拷問スタート!
離れに戻ったクライヴは一路、エレノアの部屋へと向かう。すると扉の前に、残っていた護衛騎士達とウィルが所在無さげにウロウロしているのが見えた。
「クライヴ様!」
こちらを見るなり、あからさまにホッとした顔のウィルが駆け寄って来る。その姿はまごうことなく、尻尾を激しく振った忠犬そのものだ。
「ウィル。エレノアの様子は?」
途端、忠犬の尾と耳がへたる。
「はぁ……。自室のベッドでお休みになられております。……その……。お着換えしている間もずっと泣いておられて……。今はミアさんが傍について宥めてくれています」
ウィルの説明を聞いたクライヴの眉根が寄った。
いくら気が動転していたとはいえ、あの状態のエレノアをそのままにしてしまった後悔が、ギリギリと胸を締め付ける。
「……そうか、分かった。ウィル、そして他の者達も、今日はここを警護しなくても良い。明日からは忙しくなるだろうから、全員今日のうちにゆっくり休んでおけ」
「クライヴ様。ですが……」
「エレノアの事は心配するな。俺に任せておけ」
途端、ウィルと護衛騎士達がなんともいえない表情を浮かべた。ウィルの顔などあからさまに「むしろ心配です!」と、でかでかと心の声が書かれている。
「……いいから、とっとと行け!!」
イラッとして思わず威圧を浴びせると、全員慌てて一礼した後、その場を足早に後にする。
尤もウィルだけは、廊下の角から小さく「クライヴ様~!負けてはなりません!自制ですよ~!!」とエール(?)を送ってから去っていった。
クライヴは「やれやれ」といったように溜息を吐いた後、高い天井を見上げた。
「『影』いるか?」
すると、暗がりがゆらりと動き、複数の気配が現れる。
『はっ!』
『クライヴ様、ここに』
「俺はこれから、エレノアの部屋に入る。ついてはお前達も部屋への入室を許可する」
次の瞬間、気配がざわつく。
「そして俺が暴走しそうになったら……殺すつもりで攻撃しろ」
『――ッ!』
『そ、それは……!!』
そう。あの時いきなりの「寝て下さい」発言で脳内が修羅場を起こし、気が付かなかったが、「添い寝」だとて立派な同衾。ましてや愛しいエレノアからのお誘いなのである。
しかもこちらから強要したのではなく、あくまであちら側からの『お誘い』なのだ。
鈍いエレノアは気が付いていないのだろうが、婚約者ないし恋人である女性の方からそういった行為を求めるという事は、すなわち相手に「自分に触れてもよい」という許可を与えたも同然。
その上で、例えば口付けをしたとする。
膝抱っこしたり、ソファーで抱き締めたりしながらの口付けであれば、それがどれだけ濃厚なものでも「婚約者との微笑ましいスキンシップ」で済む。
だが、同じ事をベッドで同衾しながら……となると話は別だ。それは「微笑ましい」触れ合いではなく、立派に「婚前交渉」になり得るのである。
しかもその相手は自分が唯一無二と定めた心より愛しい存在で、身に着けているのは(多分)ナイトウエアのみ……。
昼間、無自覚天然発言によりダメージを負った身としては、そんなエレノアとベッドの中で引っ付いたりキスしたりして、その先どこまで耐える事が出来るか分からない。というよりむしろ耐える自信が無い。
「万が一の時の為だ。……どのみち、理性がブチ切れたりすれば、後でオリヴァーの奴にぶっ殺されるからな」
『確かに……』と誰かが小さく呟く。というより、自分を差し置いて同衾した事がバレれば、どのみち無傷では済むまい。(主に精神的に)
『『『いっその事、エレノアお嬢様との同衾をお止めになられたら……』』』
――と、影達は思ったが、それを口にする者は誰一人いなかった。……まあ、それは当然の事であろう。
なにせ、あの無垢で天然なお嬢様の勇気を振り絞ったお誘いなのだ。もしそれを言われたのが自分達だったとして、止めるかと言われても絶対止めないだろう。
いや、例え後で処刑宣告を出されたとしても絶対止めない。そして悔い無く笑って
『かしこまりました、クライヴ様!!』
『どうぞご存分に挑まれませ!!』
『何かあったら、遠慮なく攻撃させて頂きます!!』
「お、おう?頼んだぞ!」
影達のやる気に満ち溢れた声援(?)を受け、クライヴはエレノアの部屋のドアを静かに開けた。
◇◇◇◇
「あ、クライヴ様!」
薄暗がりの中、自分の姿に気が付き声をかけてきたミアに、クライヴは自分の唇に立てた人差し指を当てた。
「――ッ!も、申し訳ありません」
ウサミミをピルピルさせながら、慌てて小声になるミアに頷きを返すと、ベッドの中を覗き見る。そうして小さな寝息をたてながら眠るエレノアの姿を目にした瞬間、自然と頬が緩んだ。
「……お嬢様、先程までずっと泣いておられて……。『クライヴ兄様に酷い事を言っちゃった』『兄様、呆れちゃったよね?』って、ずっと繰り返されてて……」
その言葉によく見てみれば、エレノアの目元が少しだけ赤い。クライヴの胸がズキリと痛んだ。
「そうか。……ミア、ご苦労だったな。ここはもういいから下がれ」
「え?でも……」
戸惑うミアに、クライヴは安心させる様に少しだけ微笑む。
「俺が付いているから心配ない。自分の部屋で休んでいろ」
「あ……!は、はいっ!」
クライヴの微笑みという顔面攻撃を受け、頬を真っ赤に染めながら、ミアはペコリとお辞儀をすると、ちょっと危なっかしい足取りで部屋から出て行った。
「……さて……」
自分とエレノア以外、誰も居なくなった室内。……いや、なんとなく天井方面から影達の気配がするので、実質二人きりではない。だが何故か、心なし影の人数が増えているような気がするのは気のせいだろうか?
……ん?なんかミシミシ音がするが……揉めてるのか?ひょっとしてあの家令の放った影が参戦しているとか?……うん、きっとそうだろうな。あの野郎……!
そっと、エレノアの身体にかかっている掛布をずらすと、フリルが沢山ついた可愛らしい白いネグリジェ姿が目に飛び込んで来た。
思わず「うっ!」と声を上げかけてしまう。……落ち着け。平常心だ。平常心……よし!
ってか天井!思い切りミシッて言ったぞ!?なにエレノアのナイトウェアで興奮してんだ!お前ら真面目に仕事しろ!というより後でぶっ飛ばす!!
……さて。
――帰って来てすぐ入浴は済ませているし、服も着替えている。このままベッドに入っても問題はなかろう……。
そう思いながら上着を脱ぐと、傍の椅子に放り投げた後靴を脱ぎ、エレノアが眠るベッドに乗り上げた。
自身の重みでベッドが柔らかく沈み込む。
なるべく振動を与えないように注意しながら、スルリと掛布の中に滑り込むと、小さなエレノアの身体を腕の中に抱き締める。
腕の中。感じる柔らかい感触と、ふんわりと鼻腔をくすぐる甘い香りにざわつく胸を宥める。
『う~ん……。普通の状態で抱き締めるのと、こうして寝ながら抱き締めるのでは、やはり違うな。……なんていうか……。そう、クるものが違う』
「エレノア?」
それにしても良く寝ているな……と、耳元に唇を寄せ名を呼んでみるが返答は無い。
『まあ今日は色々あったし、あんなに大勢の人間と接する事など初めての経験だっただろうからな。疲れたよな』
今日のエレノアは、このバッシュ公爵領を統べる直系の姫として、まさに完璧であった。……まあ、最終的にいつもの地が出てしまったが、それすらも領民からは好意的に受け止められていた。
全くもって、兄としても婚約者としても誇らしいとしか言いようがない。本当にこの愛しい存在は、どれだけ自分を……そして周囲を魅了すれば気が済むのだろうか。
それに何より、想定外にもエレノアが「婚約者」として自分に嫉妬心を向けてくれ、その結果、こうして同衾する事が出来ている訳なのだ。……あくまで添い寝ではあるが。
だが、あの恥ずかしがり屋で鈍いエレノアがそういう事を言ってきただけでも、物凄い進歩だ。欲を言えば、折角こうして同衾しているのだから、ピロートークというか少しは語り合いたい。
でもこんなに気持ち良く寝ているのを無理矢理起こすのも……。と、暫し逡巡しながら、クライヴは何気なく唇でエレノアの耳をはむっと咥えた。
エレノアの肩がピクリと動く。が、やはり目を覚ます気配が無い。
――思えば今日はこいつの言動にどれ程翻弄された事か。少しは意趣返ししても許されるのではないだろうか?
そんな風に心の中で言い訳めいた事を呟きながら、咥えた耳をやわく甘噛みしてみる。
「んっ」
エレノアの唇から小さな声があがる。それと同時にクライヴの心臓も大きく跳ね上がった。
「……クライヴ……にいさま……?」
次いで呼ばれた自分の名に、慌てて耳から唇を離して顔を覗き込むと、半分目を開けた状態のエレノアと目が合った。
いつものキラキラ光った宝石のような瞳はサイドランプの淡い光を受け、潤んでやけに蠱惑的だ。
「エレノア……あ、のな……」
いつもと違ったエレノアの表情と雰囲気に気圧された様に、らしくもなく口ごもってしまう。
そんな自分をぼんやりと見つめた後、自分に引き寄せる様にエレノアの手がスルリと首元に巻き付いた。
「クライヴにいさま……すき。どこにもいかないで……」
舌足らずな甘い声に、クライヴの身体と脳が思い切り思考停止した。
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|(゜Д゜;)(゜Д゜;)(゜Д゜;)ゴクリ…… ←天井裏の影達。
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