第277話 苺のフリーズドライ
「済みません、もしお皿があったら、この苺をいくつか乗せてもらえますか?」
「え?はぁ……。か、構いませんが……」
首を傾げながらも、少女は私の言う通り、大ぶりな苺を何個か皿に乗せてくれた。
私はそれをクライヴ兄様へと差し出す。
「兄様。この苺を瞬間冷凍して下さい。出来ればマイナス三十度程で。それとウィル」
「はい!お嬢様!!」
「ウィルは苺が凍ったら、苺の周りだけを真空にしてくれる?」
「は、はい……?」
「おい、エレノア。お前一体何をする気だ?」
クライヴ兄様とウィルが揃って困惑顔をする。少女や周囲の領民達も、何事かと興味津々に私達に注目していた。
「出来てからのお楽しみです!……というか、上手く出来るかはまだ分からないんですけど……」
首を傾げながらも、クライヴ兄様は苺に手をかざす。
瞬く間に苺だけが凍り付き、周囲からどよめきの声が上がった。
そりゃそうだよね。平民でも大なり小なり魔力はあるけど、氷魔法を自在に使えるのは高位貴族が多いから。
「ウィル。じゃあお願い。なるべく一気に」
「はいっ!」
ウィルが凍った苺に風の魔力を放つ。すると見た目はそのままで、艶だけが無くなった苺が完成した。……で、出来た……?出来たのかな!?
私は湧き上がって来る興奮に震え、ドキドキしながら苺を摘まむ。すると、先程の瑞々しかった苺と違い、固い感触が指に伝わった。しかも軽い。
私は何の躊躇もせずに、指に摘まんだ苺をパクリと口に含んだ。
「エレノア!?」
「おおお、お嬢様ーー!!?」
クライヴ兄様とシャノンの慌てた声が聞こえ、ハッと我に返ったが時すでに遅し。既に歯を立ててしまっていた苺をそのまま噛み締める。
――シャクッ……。
まるでスナックのようにサックリとした食感に目を見開く。勿論果汁は溢れ出ない。……やった……。やったぞ!成功だー!!
『おおっ!流石は幻の苺!味がめちゃくちゃ濃くて美味しい!しかも水分が無い分、普通の苺の時より甘味が濃厚になってる!』
そのままシャクシャクと美味しそうに咀嚼をする私を、シャノンを含めた周囲が唖然とした様子で見つめている。
食べ終わった私は、ニッコリ笑顔でクライヴ兄様に苺を差し出した。
「兄様、どうぞ!美味しいですよ!」
訳も分からず苺を手にしたクライヴ兄様は、まずその固さに驚いた様子を見せる。そして恐る恐るといった様子で苺を口に含んだ。……が、その瞬間。驚愕に目を見開いた。
「――ッ!?なんだ……?これは本当に苺なのか……!?いや、味は苺……だな」
首を思い切り捻りながらも、シャクシャクと苺を完食する兄様。どうやら気に入ってくれたようだ。
私は呆然とこちらを見ていた少女に、残った苺を差し出した。
「どうぞ、食べてみてください。大丈夫。毒ではありませんよ?私と兄様がしっかり毒見をしましたからね」
「なっ!そっ!ど、毒見……!!おおおお、恐れ多い!!」
少女は顔を赤くさせたり青くさせたりしながらも、差し出した苺を恐る恐るといったように一つ摘まんだ。……が、その瞬間目を思い切り見開く。
「え?か、固い……?しかも……軽い……!?」
感触を確認したり匂いを嗅いだりした後、ようやく苺を口に含んだ少女は、その食感に物凄く驚いたようだった。
「え?な、何ですかこれ!?ドライフルーツ……ではないですよね?サクサクしていて……。こ、こんな食感、初めて……!」
次第に目を輝かせながら夢中で苺を頬張る少女を見ながら、私は上手くいった喜びに胸の中で万歳三唱をする。
私が作ったのは、『苺のフリーズドライ』である。
実は前世で大好きだったお菓子に、乾燥苺のホワイトチョコレートがけがあったのだが、自分でも作ってみたくなって買った苺を天日干しにしてみたのである。
――結果、見事に腐った。
その後も色々な果物を干してみたのだが、バナナ以外は全部腐るか日干しになるか。唯一成功したバナナも固くて茶色くて、とてもじゃないけど例のお菓子とは別物になってしまったのである。そして家族にも「食いもん無駄にするな!!」と、めっちゃ叱られた。
後々調べてみたら、あのサクサク苺は『フリーズドライ』という製法で作られていた事が判明。
フリーズドライ製法をおおざっぱに言うと、急速に凍結し、さらに減圧して真空状態で水分を昇華させて乾燥させるんだそうだ。
詳しい事はよく覚えていないんだけど、とにかく個人では絶対作れない事が判明し、あの時は泣く泣く自分で作るのを諦めたもんだ。
だがここは異世界。魔法が使える世界である。
急速冷凍と真空……。それって水魔法と風魔法でも出来るんじゃないかな?と思い、物は試しとやってみたのだが、どうやら私の読みは当たったようだ。
というより、高価で複雑な機械を使わなくて済むし、探せば平民でも氷魔法を使える人は必ずいる筈。つまりはコスパ最強!ビバ異世界!!
「えっと、詳しい事は長くなるのでここでは言えませんが、これなら見た目も損なわないし、そのまま食べてもお菓子などの加工品にしても美味しいです。それに何より、持ち運びもかなり楽になりますしね」
しかもこれ、リンゴやミカンやキウイといった、他の果物も加工できるし、栄養素も損なわず、水分を加えればある程度元に戻るのである。
湿気に弱いから、長期保存する時は袋に入れて真空状態にした方が良いかもしれないけど、これなら干した果物より軽いし、冒険者や船乗りの人達の携帯食としても重宝するんじゃないかな?
「――ッ……!!……お、お嬢様……!!す、素晴らしいです!!あ、あのっ!こ、この製法を、是非私共にお貸し頂けないでしょうか!?」
「え?あの……」
「い、いえっ!申し訳ありません!図々しい事を申し上げました!で、では、これからの事業の末席でよろしいので、どうか私共も参加させて下さい!この通りで御座います!!」
いきなり少女がその場で膝を着き、深々と頭を下げる。いわゆる土下座ってやつです。はい、ちょっとストーップ!!止めて!それ止めて!!私、ただの女子ですがな!
「ちょっ……た、立って下さい!頼まれずとも、レシピは差し上げます。そもそもこの苺を何とか流通出来ないかなと思って、考えたものですから」
「お……お嬢様……!!」
おおっと!少女の目がウルウルと涙目になっている。……いやちょっと待って下さい。そのまま祈りに入らないで!ああっ!周囲の人達も、拝まないで!!
わたわたしていると、私の目の端に何かが映った。
ふと足元を見てみる。するとそこには、小さなウサギ獣人の子供がちょこんと立っていたのであった。
「――ッッ!!?」
推定年齢一歳半。どこもかしこもプリッとしていて、小さなウサミミがピョコピョコ動いている。そのつぶらであどけない瞳は、興味津々とばかりに私をジーッと見つめていた。
思わず鼻腔内毛細血管が決壊しそうな程の衝撃を受けた私は、フリーズドライの苺を乗っけたお皿を持ったまま、その場にストンとしゃがみ込んでしまった。
シャノンが「ドレスの裾がー!!」と叫んでいる声が聞こえたが、今はそれどころではない。寧ろ倒れ伏さなかっただけマシだと思って欲しい。
するとチビケモっ子は途端、目をキラキラと輝かせながら、私の手にしている皿を見つめた。耳も期待からかピルピルしていて、殺人的に可愛い。
「……っ……た、食べる?」
何とか踏ん張り、引き攣った微笑を浮かべながら苺を差し出すと、チビケモっ子は「あいっ!」と元気よく返事をし、嬉しそうに苺を両手で受け取った。
……はわわわ……あ、「あいっ!」って……!しかも小さいお口で一生懸命齧り付いている……!!可愛い……。可愛いが過ぎる……!!
殺人的な可愛さに、思わず『ちくしょう!こいつは上玉だぜ!』と、心の中でアホな台詞を叫びつつ、激しく身悶えている私だったが、そう思っているのは私だけではなかったようだ。
見ればクライヴ兄様もウィルや護衛騎士達も皆、チビケモっ子を見ながらほっこりしている。領民達も全員ほっこり笑顔だ。うん、そうだよね!ケモミミは至高!!可愛いは正義!!
「ロイ!あ、あの……済みません!」
すると、クリス副団長やアリステア達の向こう側から、若い女性の声が聞こえて来た。……あ、ちょぴりウサミミが見える。ひょっとしたら、この子のお母さんかな?
「ティル、通してあげて」
私の言葉に、ティルがスッと移動すると、若いウサギ獣人の男女が、恐縮した様子でこちらへとやって来るのが見えた。
すると苺に夢中になっていたチビケモっ子が途端、パァッと破顔し、「かーたん!」と言いながら女性の方へとテトテト歩き出した。
「ふぐっ!?」
途端、目に飛び込んで来た推定年齢一歳半のプリッとしたお尻と、ズボンからちょこんと出ているウサ尻尾に、思わず奇声を発してしまった。
ふぉぉぉ……!!お、おかあさん!分かっていらっしゃる!眼福!!鼻血出そう!!……あっ、クライヴ兄様。その不審人物を見る様な眼差しやめて下さい!!仕方がないじゃないですか!こうなってしまうのは、ケモラーの宿命です!!
「あ、あの……。お嬢様……」
戸惑いがちにかけられた声に我に返ると、そこにはいつの間にか、多くの獣人達が集まり、こちらを見ていたのだった。
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エレノア、前世でも安定のいやしんぼであったもよう。
ちなみに私が初めてフリーズドライの事を知ったのは、某KとPの会社見学をした時でしたv
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