第276話 なんとかならないものか
――……ビックリしたわ……。
何がって?全てよ!決まっているじゃない!!
見た事も無い八本脚の巨大な馬が馬車引いてやって来たのにもビックリだし、眼球ブッ潰れそうな銀色の美形が颯爽と降りて来たのにも度肝を抜かれたし……。それに何よりビックリしたのはエレノアお嬢様よ!
何なの!?あの小さくて愛らしい、お人形みたいな方は!?
薔薇色の頬と艶々と波打つ緑がかった茶色い髪。大きな黄褐色の瞳は、好奇心いっぱいといった感じにキラキラ輝いている。……思わず『精霊の湖』に精霊が降り立ったかと思っちゃった。はぁ~……。流石は大貴族のご令嬢。なんというか……。同じ女として格が違うわ。
今迄「フローレンス様~♡」なんてはしゃいでいた男共も、アホみたいに目と口開いてポカーンとしていたわよ!……まあでも私も、あんぐり口開けた間抜け顔していたから、あいつらの事とやかく言えないけどね……。
お嬢様は微笑を浮かべながら、集まった私達をグルリと見回した。
そして勘違いじゃなければ、私と目が合った瞬間、ニッコリと物凄くいい笑顔を浮かべて下さったのよ!
お陰で周囲の男達同様、真っ赤になって狼狽える羽目になってしまったわ。でも貴族のご令嬢ってみんな、あんなにフレンドリーなの?やっぱりお育ちが良いから?はぁ……。やっぱり格が違うわ。
お嬢様はその後も私達に向かってお言葉を述べた後、スカートを摘まんで腰を落とす挨拶をしてくれたわ。平民である私達によ!?もう、私達の興奮は最高潮よ!
この領地を治めるバッシュ公爵様は温厚でお優しいお方だと聞いていたけど、お嬢様もお父様そっくりな素晴らしいお方だったのね!
あら?隣村やうちの若い連中、全員バツが悪そうな顔をしているわ。
ま、そりゃそうよね!今迄あの女の言った事を鵜呑みにして、お嬢様への不敬を散々口にしていたんだから。ふふん、ざまーみろ!
……でも待って。なんかお嬢様のお言葉の中で、「珍味」って言葉が聞こえた気がしたんだけど……。高位貴族のお嬢様が「珍味」なんて言うかしら……?
いえ。多分あれは私が興奮のあまり、聞き間違えたんだわ。うん、そうに違いない。
にしてもあの女……。やっぱりやらかしてくれたわね!!
何なのあの女の服!?エレノアお嬢様の着ておられるお洋服と色が丸かぶりじゃない!
白い色って間違いなく、お嬢様のご婚約者様のお色よね!?お仕えするお方のご婚約者様のお色を堂々と着ているなんて……。喧嘩吹っ掛けているって思われてもおかしくないでしょ!?しかもお嬢様より派手なドレス着ちゃって!本当に何を考えているのやら!
若い男連中は、相変わらずあの女を見てデレデレしちゃっているけど、非常識だって分かっている人達は全員動揺するか眉を顰めちゃっているわよ。
ああ、ほら。あの女に紹介されている村の代表者達なんて、父さんを含めて全員真っ青になってる、しかも物凄い冷や汗。勿論、私達女連中も静かに怒っているわ。
でもそんな事をされても、平常心でいらっしゃるエレノアお嬢様……流石だわ。私だったら「今すぐその服脱げや!!」って、怒鳴りつけているところよ。やはり本物の高位貴族のご令嬢は、つくづく普通の女とは違うのね。
なんて事を考えていると、なんとあの女。お嬢様をご案内するとか言っておきながら、折角特産品を陳列していたスペースを何軒も素通りしてしまったじゃない。
しかもお嬢様が慌ててお止め下さったのに対し、「時間が無いし、地味だから見る価値が無い」みたいな事を言ったのよ!信じられないわ!!
そりゃあ、最初の村々の特産品はジャガイモとかの根菜中心で地味と言われたらそれまでだけどさ。だからって見る価値が無いなんてあんまりだわ!
ああ、ほら。素通りされたスペースのおかみさん達、めっちゃくちゃ怒っているじゃない。しかも最初のスペースにいるあのおばちゃん、近隣の村々から『女帝』って言われる程豪快な人なのよ。怒れる女帝を敵に回すなんて……。流石は考え無しのバカ女!私だったら絶対出来ない。
対してお嬢様はあの女の暴言を全否定し、最初のスペースに戻られ、ちゃんとお話を聞かれていた。素通りされた村の人達も、お嬢様のその行動に物凄くビックリしていたけど、物凄く嬉しそうだ。うん、そりゃそうよね。
あっ!お嬢様がお話を聞き終え、スペースを離れた瞬間、女帝が目元を拭った!まさに「女帝の目にも涙」だわ。お嬢様凄い!
あの女は……。あ。お嬢様が展示品に夢中になっている間に、ご婚約者様に媚びを売ろうとしているわ。お嬢様にあれだけピシャリと叱られたのに、反省するどころかあんな女神様をも恐れぬ所業を……!
あ、でも周囲の護衛騎士達がさり気なく間に入ってガードしているわね。わぁ、凄く悔しそうな顔!さっきのお嬢様にご叱責された事といい、なんて小気味いいのかしら。まさにざまぁみろだわ!
ああ、すかさず若い男連中があの女に媚びを売ってるわ。でも明らかに以前よりも数が少ないわね。
まあそりゃそうか。なんせ自分のとこの商品を「地味で価値がない」なんて言われちゃあね。百年の恋も醒めるってもんよ!
それになにより、主家のお姫様であるエレノアお嬢様が、自分達が一生懸命作った作物に興味を持って接して下さる姿を見れば、嫌でも目が覚めるわよね。
しかも老若男女関係なく、平等に接せられていらっしゃるのよ。あれにはやられるわ……。実際、私もほっこりしちゃってるもん。
尤も、目が覚めていない奴もまだまだいるみたいだけどね。男って本当、バカばっか!!
って、あっ!お嬢様がご婚約者様と手を繋がれた!!うわぁ……。あのご婚約者様の蕩けそうな笑顔……!目に眩し過ぎて鼻血が出そう……!!
あっ!おばちゃん達やご老人方がバタバタ倒れている!!刺激が強すぎたのね。分かります!若い女の子達は……ああ、もう何人か鼻血出して蹲っているわね。分かるわ……。私も今ちょっとヤバイもん。
あああっ!そ、そんなこんなしている内に、お嬢様のお姿が近付いて来た!!き、緊張する~!!そそうしないように頑張らなくちゃ!
◇◇◇◇
『ううむ……!見るもの全部、興味深い!!』
実はこの世界の食材って、基本的には前世の食材と名前も見た目も変わらないのだ。植物なんかの名前とかもそう。
ひょっとしたら名前なんかは、私の中の何かがそういう風に変換しているのかもしれないけどね。
だけど見本市(?)に出品されている食材は、どれもこれも初めて見るものや初めて聞く名前のものばかりで興味が尽きない。
見た目はココナッツなのに、割ったら黄色の果肉がぎっしりという果物もビックリしたし、見た目普通のジャガイモなのに、皮を剥こうとするとツルンと身が出てきたり……。
私はそれらの名前や特徴、味なんかを詳しくウィルにメモして貰う。
こういう世に出回らぬ特産品も、加工したりして市場に出せれば村の収益にもなるし、思わぬヒット商品も生まれるかもしれない。何より私が食べてみたい。
当然試食の名の下に、全ての食材を後でバッシュ公爵家本邸に届けてもらう気満々です!今この場で試食が出来なかった分、本邸に帰ったら食べまくるぞー!
「わぁ!」
折り返しの半ば。山の様に盛られた、目にも鮮やかなルビー色に目が釘付けになった。
「凄い量の苺!!私がいつも頂いているのって、こちらの村の商品だったんですね!」
興奮しながら、スペースに立っている私よりも少し年上そうな少女にそう告げる。すると少女は顔を真っ赤にさせながら、カクカクとぎこちない動きで頷いた。
この苺って、主に王侯貴族御用達の高級フルーツだ。バッシュ公爵領でしか栽培されていない貴重なものらしく、ワーズの一番のお気に入りでもある。
普通の苺よりも色が鮮やかで粒が大きくて、おまけに滅茶苦茶甘い。かくいう私もこの苺が大好きだ。
「は、は、はいっ!こ、光栄であります!!」
少女が傍目で見ても分かる程、ガッチガチだ。その口調、まさに上官に報告する兵士のごときである。
癖のある赤毛を三つ編みにして、ギンガムチェックのワンピースの上からエプロンを付けているその姿は、まるであの世界的名作の主人公のようだ。名前はひょっとして「ア●」であろうか。
それにしても、珍しい食材もそうなんだけど、年の近い女の子達と触れ合えるってのもテンション上がるなー!
私はなるべく緊張をほぐしてもらうべく、ことさら意識して笑顔を浮かべるが、何故か少女の緊張は高まってしまったようだ。何故に?
「えっと……。これだけ美味しい苺を作るのには、ご苦労された事でしょう。滅多に市場に出回らないと聞きましたが、普通の苺と違って育てるのが大変なのでしょうか?」
何の気なしにそう言った途端、少女の顔が曇った。……おや?
「い、いえ。違います。確かに手間はかかりますが、普通の苺と同じぐらい採れます。……ですがその……。身が柔らか過ぎて、出荷するのが難しいんです」
「そうなんですか!?」
私は改めて苺の山に目をやった。
見るだけでも分かる程、艶々と瑞々しい。そういえばこれをオリヴァー兄様に「はい、アーン」って食べさせられた時、思い切り齧り付いた結果、果汁が飛び散り大惨事となった。
以来、この苺だけは「アーンNG」指定になっているんだよね。提供される時も、必ずカットされてるし……。
「高位の貴族の方々に重宝されているのは大変光栄なのですが、出来ればもっと沢山の人達に、この苺の美味しさを知って頂きたいのです」
うん。その気持ちはよく分かる。
コストの分、高額になって金持ちしか食べられない前世の高級フルーツと違い、これはその特性から出荷が難しくて高額になってしまっているのだ。
安心安全な輸送……。例えば空間転移とか防御を付与した梱包とかしようとすれば、それが出来る高位の魔導師を雇わなくてはならなくて、結局コストがかさんでしまうのだろう。
バッシュ公爵家の直轄事業に組み込むにしても、他の村々との差別措置に繋がってしまうかもだし、彼女の話によれば衝撃に強い品種の開発も進めているとの事。だったら下手にうちが手を出すより、彼等自身が頑張った方が良いだろう。
でも品種改良の目途がたつ迄の間だけでも、この美味しい苺を何らかの形で世に広めたい……。
私は苺を慎重に指でつまんだ。
途端、シャノンの気配が殺気だったので、慌てて食べる訳ではないのだとゼスチャーしてから、クライヴ兄様を見上げた。
「クライヴ兄様。ちょっと宜しいですか?」
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今回、オーブリーちゃん視点とエレノア視点でお送りしました(^O^)
明後日方向を突っ走る例のご令嬢……女を敵に回すと恐いよー?
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