第275話 まだ見ぬ珍味を求めて。視察開始!

「わぁ~!!綺麗な湖!!」


エレノアは馬車の窓から眺める景色に大興奮していた。


バッシュ公爵領直轄の……いわば国立公園に近い、自然公園。

その中でも群を抜いて人気があり、多くの観光客が訪れると言われているこの自然公園には、『精霊の湖』という名の湖がある。そう、つまりはここだ。


どうやら湖底から湧水が湧いているようで、その透明度はアルバ王国随一とも言われているのだそうだ。

しかも角度によっては、深い青が緑になったりもして、まさに精霊や妖精がひょっこり出てきそうなぐらいに神秘的な湖なのである。


「クライヴ兄様!折角だから、湖のほとりでお弁当食べたいですね!」


「ああ、時間もそろそろ昼過ぎだし、視察が一段落ついたらそうするか」


エレノアのはしゃぎっぷりに目を細めながら、クライヴは頷いた。


『それにしても……。次の視察場所では、普通の市場では出回らない食材が沢山あるって言っていたから、ひょっとしてひょっとしたら……『アレ』があるかもしれない……!!』


――エレノアの考えている『アレ』とは何か。……まあ、要するに『米』である。


王家に稲の譲渡を何度頼み込んでも笑顔でスルーされてしまうエレノアは、性懲りもなく父であるアイザックにお願いして、国内外の主要な地域をくまなく捜索してもらったのだが、やはりというか、『米』発見には至らなかった。


唯一探し出せたのは、王家直轄の農場。だがそこに米があるのは分かり切っている。そう、分かり切っているのだ。なので、涙を飲んでスルーする。


オリヴァー達も、米さえ発見してしまえば、王家に『ワショク』を餌にエレノアを呼び付けられる事が無くなると、持てるあらゆる権力と伝手を使って捜索したのだが、その存在の欠片すらも掴む事が出来なかったのである。


そんな時に舞い込んで来たこの青空見本市……ならぬ、バッシュ公爵領全土の村々の、市場にはあまり出回る事が無いという珍品珍味(?)の視察に、エレノアのテンションはだだ上がった。


『米は無理かもしれないけど……。それに近い物は手に入るかもしれない……!もしくはお米と交換出来るような、激レア食物をゲット出来るかも……!?』


それに、普段は滅多に見る事が出来ない珍しい食材が見れるなどというまたとない機会に、否が応でも期待は高まる。まさにリアル食いしん坊万歳である。


「……エレノア。分かっているとは思うが……」


「は、はいっ!(なるべく)羽目を外さないように気を付けます!」


「お前、“なるべく”とか心ん中で呟いてやがったろ!?絶対、羽目を外さないように気を付けろ!!」


「ぴゃっ!!」


まるで心の副音声を読んでいるかのごとき、絶妙なタイミングでの叱責に、エレノアは飛び上がった。クライヴ兄様、エスパーかな!?


――ヤバい。クライヴ兄様がオリヴァー兄様化していっている……!!


内心恐怖に震えるエレノアを乗せ、馬車は目的地である『精霊の湖』の畔へと到着したのだった。







「「「「エレノアお嬢様!ようこそおいで下さいました!!」」」」


沢山の領民の皆さんが出迎えてくれる中、私達は厳重な警備の元、馬車から降り立った。


集まった皆さんは、相も変わらずクライヴ兄様のお姿を見るなり絶句した後、満面の笑みを浮かべながら、大合唱で歓迎の言葉を述べてくれた。……ひょっとして、私達がここに来るまでの間、練習していたのかもしれないな。


「領民の皆様、初めまして。エレノア・バッシュで御座います。この度は私の為にお集まり下さり、有難う御座いました。皆様にお会いし、まだ見ぬ珍味……いえ、珍しい食材を拝見するのを楽しみにしておりました。今日はなにとぞ、宜しくお願い致します」


……ふぅ……。ヤバイヤバイ。ついうっかり『珍味』なんぞと口に出してしまった。……あっ!兄様。そのブリザードな眼差し止めて!わざとじゃありません!事故です!!

後方から「ブフッ!」と小さく噴き出す声が聞こえてきたが……ティルだな。


クライヴ兄様の無言の圧を受け、何とか引き攣りながらも笑顔を浮かべながら、例の簡易的な挨拶を行う。すると領民の方々がワッと歓声を上げながら盛大な拍手を送ってくれた。ありがとう!ありがとう皆さん!……と、声に出せないので、心の中でお礼を言っておきました。


すると何故か、あちらこちらから「はうっ!!」「ぐはっ!!」「んん”っ!!」といった声が上がった。どうした皆さん。


『それにしてもここ、女性が沢山いるなー』


殆どが肝っ玉母さん的な人達だが、中には若い女性も何人かいる。そしてそして……。なんと!獣人の方々が大勢いらっしゃるではありませんか!!中にはチビケモもいるよ!

そういえば獣人の移民の方々、農村部に集中して移住したって言っていたな。うわぁ……!珍味発見と同じぐらいに嬉しい!後で絶対お話しようっと!


「エレノアお嬢様。あの、ご紹介を致します。こちらが南区の村々の代表をされているゴタナ村長様。そしてあちらが西区の村々の代表をされている……」


そしてフローレンス様だが、最初の集積市場と違い、この場に到着するなり急いで私の元へとやって来た。そして私が村々の皆さんと挨拶をした後、東西南北それぞれの地区の代表者の紹介を始めたのだった。


そういえば馬車から降りて来た時、ウィル共々やけにゲッソリとした様子だったのに対し、シャノンがやけにスッキリ顔をしていたな。ひょっとしたらフローレンス様、馬車の中で彼に何か注意されていたのかもしれない。


それにしても代表の方々、流石はアルバ男!田舎方面であってもやっぱり全員イケメンだ。そしてとても人の良さそうな……あれ?何でか皆、ダラダラ汗をかいている。今日ってそんなに暑かったかな?


「それでは、各村々の名産品を見てまいりましょう。オルセン様も是非、ご覧になって下さいませ」


そう言うと、フローレンス様が先頭に立って案内を開始する。でも何故かフローレンス様。立ち止まらないでスタスタ歩いて行くんですが……。私、端から端までまんべんなく特産品を見たいんだけど……。


「あの、フローレンス様。お待ち下さい」


「はい?何でしょうかエレノアお嬢様」


「私、最初の村の展示品から見ていきたいのですが?」


「え?でも私、お嬢様のお喜びになりそうな果物や蜂蜜などをお見せしたいと……」


……いや私、別に果物や蜂蜜だけを求めている訳では無いんですが。


「いえ。私はどの村にどのような特産品があるのかを知りたいのです。お心遣いは感謝いたしますが、最初の展示品から見てまいりたいと思います」


「ですがお嬢様。そのような事をしていては、時間がいくらあっても……。それに今通り過ぎて来た村々の特産品は、ありふれた地味なものばかりで、お嬢様にとって見る価値があるかどうか……」


尚も食い下がろうとするフローレンス様だったが、その言葉を聞いた瞬間、私は考えるよりも先に口を開いた。


「フローレンス様。貴女にとって興味の無いものは、価値の無いものですか?」


「――ッ!い……いえ、そんなつもりでは……」


「例えそうであっても、他人も全てそうであるという事はないのです。決めつけてはなりません」


ピシャリと言い放つとクルリと方向転換をし、一番端まで戻っていく。


そう。見た目が華やかなものじゃなくても、素晴らしい物は沢山あるのだ。それにその食物は、農家の皆さんが汗水たらして作ったものなのである。その努力の末の結晶を、見る価値の無いものなんて、絶対に言ってはならない。少なくとも私はそう思う。


「申し訳ありません。こちらのお品の説明をお願い致します」


最初の村の展示品を前に、ニッコリ笑顔で声をかけると、恰幅の良い女性が慌てた様な……それでいて凄く嬉しそうな顔で、「こ、こちらは……」と商品の説明を始める。


それに「ふむふむ」と相槌を打つ私の横で、ウィルがサラサラとその説明をメモしてくれている。うん、流石はウィル。私の希望を阿吽の呼吸で理解し、行動してくれる。流石の一言だ。


そういえばウィル、「お嬢様~!!」と言いながら、まるで迷子になっていた犬が飼い主を見つけ、必死に駆け寄って来るがごとく、ダッシュで私の方へとやって来たんだけど……。そしてなんか涙目だったんだけど……本当に何があったんだろうか?


「ウィル。お前、情けないぞ!それでも騎士の端くれか!?」


「やかましい!!あんな空間に同席させられた俺の身にもなれ!!お前は言いたい事言えてスッキリだろうが、俺はめっちゃくちゃ辛かったんだよ!!今この時より、俺はお嬢様のお傍を離れない!!絶対だ!!」


……なんて、シャノンと小声でやり合った挙句、宣言通り私の横にピッタリ張り付いて離れない。……ウィル。本当に辛かったんだね。ウィルの今の顔、輝いているよ。


そうして私は順繰りに、珍しい展示品を堪能していった。中には採ってから二~三日で食べないと腐ってしまう果物や、逆に採ってから数ヵ月経たないと食べられない野菜まであって、とても面白いし興味深い。


「エレノア、楽しいか?」


「はいっ、クライヴ兄様!凄く楽しいです!」


「そうか」


クライヴ兄様が優しいお顔をしながら頭を撫でてくれる。そんな中、チラリと目の端に映ったフローレンス様は、護衛騎士達の後方で、若い男の人達に話しかけられ、楽しそうに会話されていた。


そういえばフローレンス様、さっきまでやたらとクライヴ兄様に声をかけていたな……。


ちょっとモヤッとした私は、クライヴ兄様の手をキュッと握り締める。するとクライヴ兄様は一瞬目を見開いた後、嬉しそうに破顔し、私の手を握り返してくれた。


周囲で小さく「きゃーっ♡♡」なんて声と、バタバタ何かが倒れるような音が聞こえてくる。……皆さん。うちの顔面凶器が済みませんでした。これからも被弾するかもしれませんが、宜しくお願いします。


そう心の中で頭を下げながら、私は視察を続けたのだった。



===============



ウィルの姿を想像したら、獣人の耳と尻尾が生えておりました(笑)

そして無意識なエレノア砲が炸裂しているもようv

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