第274話 悪意ある噂

「いやぁ、急な視察も快く承諾されたうえ、このようなご配慮をして下さるなんて、エレノアお嬢様はとても思慮深くお優しいお方なんだろうな」


「ああ。お会い出来るのが楽しみだ!」


主に、山間部の村人達がそんな事を話している中、別の方面から声がかかった。


「いや、エレノアお嬢様は我儘で放漫なお方だと有名らしいぞ?」


「は?何だそれ」


「お前ら、どこからそんな話を聞いた?」


訝し気な山間部の村人達の言葉に構わず、その場にいた他の若者達も、最初に声をかけて来た若者の言葉に追従する様に次々と声を上げ始める。


「そうそう。それにこのバッシュ公爵領を田舎と馬鹿にされているらしく、今迄こちらに戻られなかったのも、それが原因だという話だ」


「寧ろ、そんなお嬢様を上手く誘導されたのも、こうした趣旨を思い立たれたのも、フローレンス様じゃないのか?」


「そうだよ!あの方は慈悲深くお優しいし、色々な村々にも足繁く通われているんだ。きっとあの方だったら、そうされる筈だよ!」


「今回のご視察にもお嬢様と一緒に来られるんじゃないかな?……ああ、楽しみ過ぎる!」


オーブリーは、主家の姫に対する不敬を口にしながら、フローレンスの名を出し、うっとりとしている若者達に眉を顰め、醒めた眼差しで睨み付けた。


『……あいつら……。隣の村の連中ね?ってか、うちの村の若い奴らも何人かいるじゃない!……まぁ本当、仲良くあの女に誑かされちゃって!』


見れば、山間部の村人達。そして自分の村や、他の村々から参加しているおばちゃん、お婆ちゃん、おじいちゃん連中や、自分みたいに視察に参加する為にやって来た若い女性達が、彼等に冷たい視線を向けている。


……いや、彼らだけではなく、移民として各村々にやって来た獣人の人達も何気に怒っているようだ。


顔はいたって平静だけど、耳が高速でピルピル動いている。猫獣人や犬獣人の人達の尻尾も、ピーンと張った尾っぽがユラユラ振れているし。あれ、うちの飼い猫が怒った時によくやるのよね……。


……こんな時になんだけど、妙に癒されるな。ああ、でもあの女!ここに居なくてもムカつく奴ね!


――フローレンス・ゾラ男爵令嬢。


彼女は父親が集積市場の統括という地位にある為、バッシュ公爵領内の村々を視察する父親に同行し、何度も村を訪れていた。


アルバ女は自分同様、気の強い女が多い。


しかも、王都や都心のように引き籠っているのではなく、自ら働いている村の女などは、その傾向がより顕著だ。


そんな中、あのように清楚でたおやかな風情の女が度々訪れるようになったのである。

見かけだけとは言え、そういう女に免疫のない田舎者の男連中は、瞬く間にあの女の信奉者となっていった。


しかもそれだけではなく、あの女の虜となった村の若い男達は皆、何かとあれば村の女達とあの女の事を比較するようになってしまったのだ。無論、その中には私の婚約者も含まれている。……いや、『元』婚約者だが。


そう。自分だけでなく、かなりの数の女性達が、そんな婚約者や恋人達に愛想を尽かし、三下り半を突き付けるという騒ぎにもなっているのだ。中には結婚間近で破談という悲惨な話もあったみたいだ。


勿論、それを言い出したのは女性の側。男の方は泣きながら土下座したものの、許して貰えなかったようだ。ま、当然よね。


噂をすればなんとやらで、私の元婚約者や恋人候補だった連中が、作業をしながらチラチラこちらを伺っている。何とも未練がましい野郎共だ。

父からは「このままだと行き遅れになるよ?」と言われたけど知った事か!というかあいつら、手伝いは断った筈なのに、何故ここにいる!?お呼びじゃないっての!あんたらはあの女の靴の裏でも舐めてろ!


――それにしても……。


「あの女がこの視察を企画?そんな事、ある訳無いじゃない!」


あの女は、ニコニコと人畜無害そうな笑顔と優しい物腰で口当たりの良い事は言うが、村の状況や商品に関しては無関心で、「困った事があったら遠慮なく仰って下さい」と口では言うものの、一度もそういった事について興味を示した事が無かった。


それに、男には気持ちが悪い程媚びた態度を見せるが女に対しては割とぞんざいで、笑顔を浮かべていても、その目は決して心から笑っておらず、しかも極力目を合わせようともしてくれなかった。私がこの苺を差し出し意見を聞こうとした時も、村の若い男連中達と話すのに夢中で綺麗に無視されたしね。


そんな女が山間部の村々の為に、わざわざこの場所を選ぶとは思えない。だいたい、あの連中が言っていたお嬢様の噂だって、あの女が発信元なのだ。


「実は私が知り合いから聞いたのですが……」って、さも本当であるかのように、あいつらに色々話していた事、私は知っているんだから。

しかも、「有り得ないとは思いますが、もし事実だったとしたら……。このバッシュ公爵領の未来が心配です」って感じで締めくくる。


それを聞いた時は、真面目に腹が立った。


いくらなんでも、実際にお会いした事のない……。ましてや主家のお姫様の事をそんな風に話すなんて。悪意があるとしか言いようがない。


だがそういう気持ちを口にしても、結局は「女の醜い嫉妬」扱いされてしまうのだ。


かくいう元婚約者にも「君はどうしてそういう酷い事を言うんだ?この領土の行く末を案じておられるフローレンス様のお優しさを、もっと見習うべきだ」なんて言われてしまい、父親にもやんわり諫められてしまう有様。


その時、私は心の中で誓った。


「男なんて、当てにするだけバカ見るわ!私は村を預かる父さんの後を継ぎ、立派な女村長となってみせる!!」


その為にと、村の特産品をよりよくする研究をするだけではなく、畑仕事や出荷作業も積極的に手伝い、言い寄る男どもを蹴散らし、今ここにこうして立っているのだ。


父には「孫の顔が~!!」と嘆かれたが、まだ見ぬ夫や子供よりも自分のキャリアよ!!女として規格外だと詰られようがそしられようが構うものか!!私はあんたらの大好きな、自称淑やかでお優しい女とは違うのよ!


「女一人で生きていく為には、お嬢様にうちの商品をしっかりアピールして実績作らなくちゃ……。はぁ……。エレノアお嬢様、あの女みたいな御方じゃなければいいんだけど……」


「オーブリーさん。これはどこに置けばいいですか?」


その時だった。タイミングよく声をかけられ慌てて振り向くと、重そうな木箱を二つ抱えたウサギ獣人のジャンさんが立っていた。


流石は獣人。草食系でも力があるのよね。彼を含めた移住者の獣人達は、今ではうちの村に無くてはならない戦力となりつつある。


「あ、それは後方に置いて下さい。後で私が陳列しますので」


「分かりました。では、僕も後で手伝いますね」


そう言って、ニッコリ笑いながら耳をピルピルさせるジャンさんに、うっかり和んでしまう。


「…………」


彼らはアルバの男達に比べ、平凡な容姿をしている人達が多いけど、なんというか純朴で裏表がない人ばっかりだ。女に対してギラギラしていない所も好感が持てる。それになにより、あの耳や尻尾はもう反則だと思う。ずっと見ていても飽きない。


そういえば獣人の女性達も、穏やかで優しい人が多いよね。


もう既に各村々では、彼女らを巡って争奪戦が激化しているみたいだけど、不思議と彼女らに関しては嫉妬とか起きないな。……それよりも。


「誰でもいいから今度、耳とか尻尾を触らせてくれないかな……」


そんな事を呟いていた私の耳に、もうすぐエレノアお嬢様の馬車が到着するとの知らせが届いたのだった。



===============



フローレンス嬢。エレノアとは真逆の嵐を巻き起こしていたもよう。

アイザック父様が「厄介だね」と感じていたのは、まさにここでした。

そしてオーブリーちゃん。ライトさん同様、ケモミミ同盟会員になりそうな予感が……(笑)

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