第273話 東西南北大集結!

山間部に近い、バッシュ公爵領直轄自然保護区域内にある透明度が売りの湖。


別名「精霊の宿る湖」と呼ばれるそこを中心とした自然公園内では、東西南北の村々から集まって来た代表者やその家族、手伝いの村人達が、それぞれ自分の村を代表する作物や酪農品を持って集まって来ていた。


――余談ではあるが、その周囲にはバッシュ公爵家本邸の『影』達が警備にあたり、観光客や遊びに来た領民達をさり気なく遠ざけていたりしていた。


「ふぅ……。うちの陳列はこんなもんかな?」


そんな中、主に果実を育成している南の村からやって来た少女オーブリーは、自分達に与えられたスペースに盛り盛りと置かれた大ぶりの苺を前に、満足そうに何度も頷いた。


「……うん、美しいわ!うちの村の自慢は、なんてったってこの苺だもんね!特に今年の出来は最高だし!」


そんな彼女の横では、柔和な顔立ちをしたイケメンの中年男性が気遣わし気な視線を向けていた。


「だ、大丈夫かい?オーブリー」


「あら、何が?父さん」


「いや……。お前自ら商品の収穫やら選定やら、ましてやこんな重い物を運ぶのを手伝ったりして……。お前は国の宝である女の子なんだから。もうちょっと、自分自身を大切に……」


「何言ってるのよ父さん!だいたい私、小さい頃から農作業の手伝いをしているじゃない!しかも大きくなってからは、普段から土や堆肥を運んでるのよ?今更苺の箱の一つや二つ、持ち運ぶのなんてどうって事ないわよ!」


「お前なぁ……」


はぁ……。と溜息をつく父親に対し、オーブリーは腰に手をあて、仁王立ちになりながら小ぶりな胸を精一杯張った。


「だいたい、うちの村の村長である父さんの子供は私だけなんだもの!私の輝ける……いえ、我が村の輝ける未来の為に、自分の出来る限りの手伝いをするのは当たり前でしょ!?」


「だったら、お前の婚約者や恋人候補の男達を上手く使ってだな……」


父の言葉に途端、オーブリーの勝気そうな眉が釣り上がった。


「はぁ!?あんな見掛け倒しの女に鼻の下を伸ばす野郎共なんか、願い下げよ!!ってか、私に婚約者なんていないわ!『元』婚約者はいるけどね!」


「……あ、もう三下り半突き付けちゃったのか。……ってかお前、見掛け倒しって……。相手は仮にも貴族……」


「ほらっ、父さん!他にも陳列するものがあるんだから!口動かしている暇があったら、手と足を使って!!」


父の言葉を一刀両断、バッサリと切り捨て追い立てながら、オーブリーは「ふぅ……」と息をついた。


「だけど、今回の視察の方法って変わっているわよね……」


オーブリーは、バッシュ公爵領内における村々の代表達が、自分の持ち場で特産品をセッセと並べている姿を見ながら、しみじみとそう呟いた。


バッシュ公爵領は広い。

それゆえ、本格的に視察をしようとすれば、数日がかりになってしまうのは必須だ。


しかも今回、お嬢様は別の予定でこちらに戻られたらしく、急に視察が決まったとの事で、とてもそれだけの時間が取れない。だから視察に訪れるのは、主要な村や町だけになってしまう筈だった。


そこで今回の視察は、東西南北の村々の丁度中間地点を選び、そこにバッシュ公爵領全域の村々が、それぞれ自慢の特産品を持ち寄り、それをエレノアお嬢様がご覧になる……いわば品評会的なものに変わったのだそうだ。


……というか、中間地点とはいうものの、やや山間部寄りになっている気がしないでもないが……。


でもそれも聞いてみれば、山間部は年寄が多く移動も大変との事で、そこら辺に配慮した結果なのだという。


「いや~、今回のご視察では、とても我々の村は来て頂けないと思っていたけど、無事にこうして参加する事が出来て良かった!」


「市場とかには出せない、隠れた名産品をお見せできるな!お嬢様に興味を持って頂ければ良いが」


「このようにご配慮くださる方だ。例え興味が無くても、ご覧にはなって下さるさ!」


嬉しそうにそう話しているのは、山間部の村人達だ。


見れば彼等の前には、その独特の風味や味が特徴で、ほぼ集積市場には出回らない山間部ならではの野菜達が積み上げられている。それに多種多様なキノコも所狭しと積み上げられていた。


山間部は開けた土地も少なく、小麦や普段見慣れた野菜などを大量に作る事が難しいうえ、特産品もあまりない。


それゆえバッシュ公爵様も、彼らが安定して収益を得られるようなものをと、色々とお骨折りをされているらしいのだ。

それでも、唯一小麦の代わりに栽培されている雑穀も、小麦の一大生産地であるこの領ではわざわざ口にしようという者は僅かで、殆どが家畜の飼料として出荷されているような状態だそうだ。


それゆえ、彼等は将来この領を背負って立つ主家の姫に、少しでも自分達の商品を知り、興味を持ってもらおうとしているに違いない。……が、そもそも高位貴族が、食べた事も無い地味な食材に果たして興味を示してくれるだろうか?寧ろ素通りされなければ良いのだが……。


「なんて、人の事心配している場合じゃないんだけどね」


我が村の誇るこの苺は、村の先人達が何代にも渡って品種改良を施した逸品だ。見た目も味も極上で、特に貴族が喜んで買い求めてくれる。父の話によれば、王族への献上品にもなっているのだそうだ。


それ自体は大変名誉で誇らしい事なのだが、実はこの苺。残念なことにあまり一般的には名が知られていない。


それは何故か。……それはこの苺があんまりにも繊細過ぎて、大量出荷が出来ないからである。


大ぶりで驚くほど甘いこの苺はその分繊細で傷みやすく、どんなに注意して出荷しても、集積市場に就いた時点で半分程売り物にならない状態になってしまうのだ。


そんな訳で残った苺も金持ち連中達に売る為、商人達に買い占められてしまう。その結果、近隣地域の住民以外の一般人は滅多に口にする事が出来ないのである。お陰で巷では『幻の苺』なんて言われてしまう有様だ。


「駄目になった苺は、近隣の村々にお裾分けしたりジャムにしたりしているから、生産者側からすればありふれた苺なのになぁ……」


オーブリーは「はぁ……」と溜息をついた。


高級フルーツと称されるのは誇らしい事だが、出来れば限られた一部の人間だけではなくて、多くの人達にこの苺の味を知って楽しんでもらいたい。そしてせっかく作った苺が出荷の際にダメにならないよう、何とかしたい。


いっそ全てジャムやジュースなどの加工品に……とも考えたが、ありふれた加工品と生の苺と比べてしまえば、どうして価格も価値も落ちてしまう。やはりこの美味しさは、そのまま食べてなんぼである。


そんな悩みを抱えていた時、この降って湧いた視察の話。


集積市場を先に視察されるのに、何でわざわざ品評会みたいなものを……?と思っていたが、こうして集積市場にはあまり流通していない影の特産品を知りたいという事なのだろう。成程。奥が深い。というよりこれは、千載一遇のチャンスだ。


何とかこの苺をお嬢様のお目に留まらせ、アピールしなくてはならない。そしてあわよくば、お父様であるバッシュ公爵様に現状をお伝えしてご協力を仰ぎたい。


「……それにしてもエレノアお嬢様……。一体、どんな方なのかしら?」


歳は私の一つ下の十三歳だと聞いた。

だがそれ以外、このバッシュ公爵領の姫様だというのにもかかわらず、驚く程情報が伝わってこないのだ。


……いや、今回の視察の件で、「小柄で可愛らしい方」だという情報はきた。どうやらうちの村出身者がエレノアお嬢様に手を振ってもらったらしく、意味不明に興奮した魔道通信が家族にかかってきたらしいから。

だが肝心の性格とか、なんで急にバッシュ公爵領にお戻りになったのかとか、そういった情報はやっぱり一切入ってこない。


でも……。


『……“噂”は、知っているのよね……』


オーブリーはある事を思い出しながら、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべたのだった。



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新たなる女性キャラ登場。

元気な果物農家の娘、オーブリーちゃんです。

何気にエレノアと気が合いそうですね。

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