第270話 【閑話】エレノアお嬢様がやって来た!①

私の名はガブリエル・ライト。代々バッシュ公爵家が領主を務めているこのバッシュ公爵領において、集積市場の副統括を拝命している商人の一人だ。


祖父の代から続く商家であったライト家は、父が大幅に販路を拡大させ、私の代で他国への輸出ルートを確保した事により、バッシュ公爵領にこの商家ありとまで言われる程の大商家へと成長した。いずれは爵位を賜るだろうと周囲は囁いているが、私自身はあまりそういった事には興味は無い。


使える権力が多いに越した事は無いが、貴族のしがらみに足を取られ、身動きが不自由になるのは避けたい。私の生きがいと趣味は、あくまで商人として辣腕を振るう事。

幸いにして、一人息子もそれなりに出来がよく、今現在は王立学院に通い、様々な事を学んでいる。貴族との交友関係は私よりも余程多いので、爵位は息子あたりに任せよう。きっと私よりも上手く有効活用してくれるに違いない。


そんな中。私よりも先に爵位を賜わったのは、世話役の商人達の中で一番歴史も経験も浅い、エルモア・ゾラであった。

だが、彼の功績と先見の目を考えれば、統括の地位も爵位も、十分に妥当と言えるものである。




このバッシュ公爵領は肥沃な大地を有している。それを代々有能で懐の深い当主様が庇護し、どこよりも住みやすく、安心安全な領地として領民達共々守っているのだ。


お陰でこのバッシュ公爵領は、国で一番平和で呑気な領土と言われている。


出生率も良く、領民達の気質も穏やかで、希少な女性達も他領と違って、安心して外出する事が出来る。移住希望者も多いが、この領はあくまで、穀物一大生産地。どこまでも続く広大な畑と家畜溢れる……つまりは田舎だ。


治安は果てしなく良いが、刺激も少ない。なので折角移住しても、あまりののどかさに飽きてしまって出て行く者達も多い。隣のクロス伯爵領は逆に、ダンジョン一大地域で一攫千金を夢見る者達の憧れの地なので、そちらに流れる者も多いしな。


という訳で必然的に、この領土が性に合ったのんびり者が定住するので、土地柄が保たれるという訳だ。


これだけのどかな土地柄だと、それを食い物にして私腹を肥やそうとする者達が定期的に顕われるのだが……甘いな。全くもって、激甘だと言わざるを得ない。


平和と食べ物がタダで手に入る訳が無いだろうが!!


このバッシュ公爵領は、表ののどかさと反比例し、絶対的な実力主義だ。そこには貴族だ平民だなどの括りも壁も存在しない。あるのはこのバッシュ公爵領を身を挺して守ろうとする郷土愛と、この領にどれ程の利益をもたらす事が出来るか……である。


防衛力だとて、隣のクロス伯爵領や王都と比べても、なんら遜色ない戦力を有していると胸を張って自負している。

最近、騎士団の秩序がやや乱れているとの情報が入ってきたが、そこはあの公爵様の懐刀であるイーサン様が迅速に手を打たれる事だろう。


とにかく。このバッシュ公爵領においては、己だけが私腹を肥やそうとする者などは、論外中の論外。この領土をいかに己の手でよりよいものにし、ついでに己も潤えるか……。そう、自分の利益などついでに過ぎない。それこそがこのバッシュ公爵領を預かる者達の共通認識である。


だからこそ、エルモア・ゾラがバッシュ公爵家当主であるアイザック様のお目に留まり、大抜擢されても誰も文句を言わないのである。彼は十分、それに値する働きをしたのだから。


……そう。例え細君がキナ臭かろうが、娘がちょっと怪しい動きをしていようが、彼が手綱さえ締めていれば問題はないのである。







さてさて、最近になって、東大陸で内乱に遭い、難民となった獣人達が大量に移住して来る事になったが、彼等の殆どが草食系だったせいか、全員あっという間にこのバッシュ公爵領に馴染んだ。多分、こののどかな土地柄と彼らの感性が性に合っていたのだろう。


こちらも土地だけは大量に余っているし、どこの領土でも問題視されている、女性が少ないがゆえの人口不足で猫の手も借りたいぐらいなのだ。

なので、彼等の移住は諸手を上げて歓迎した。……いや、実際猫獣人もいたので、まさに言葉通り猫の手を……いやいや、そんな事はどうでもよろしい。


しかも彼らは全員……こう、なんというか……。可愛いのだ!


女性は勿論の事、何故か男だろうが子供だろうが老人だろうが、とにかく可愛い。草食系だからなのだろうか?とにかく可愛い!大事な事なのでもう一度言うが、本当に可愛い!!


モフモフした耳とか、尻尾とかがパタパタしていると、もう何というか、とてつもなく可愛い!それは他の領民達も同様であったようで、皆、彼等と接するたびに大なり小なり身悶えている。私とて、思わず触りたくなって伸ばした手を、幾度己自身で叩き落とした事か!


しかも女性が沢山!!これも大事な事なので繰り返し言うが、希少な女性が沢山いるのだ!!それもウサミミ、ネコミミ、リスミミと、多種多様、バラエティーに富んでいる。しかもしかもだ!我が国の気の強い女性達とは対照的に、一歩下がった控えめで可憐な女性のなんと多い事か!……ここは元々楽園だったが、更に輪をかけて楽園となった。

やはりこれは、バッシュ公爵家が代々行ってきた善行が、今の幸運を引き寄せたに違いない。いや本当に、この領地に生まれて良かった。これからも頑張ろう!


まあそんな訳で。私もそうだが、この領地の男共の浮かれっぷりは半端ない。あちらこちらで彼らを巡って、静かなる争奪戦が繰り広げられているようだ。

かくいう私も、いずれはウサミミの孫をこの手に抱きたいと……いやいや、落ち着け。


……いかんな。彼らが我々に怯えて他領に移住しないように、領民達には彼等への節度ある対応を周知徹底させなくては。





そんな時だった。バッシュ公爵領を震撼させる衝撃的な出来事が起こった。


なんと、アイザック様のご息女であらせられるエレノアお嬢様が、お忍びでこのバッシュ公爵領にいらっしゃったというのだ。


……最も、八本脚の馬スレイプニルに引かれた馬車や、一目で普通の騎士よりも格上と知れる騎士達に護衛されていれば、お忍びもクソも無いとは思うが……。


ともかくだ。


バッシュ公爵領の主都に居を構え、主要産業の要たる集積市場を取り仕切る我々が、他の者に後れを取る訳にはいかない。


そう思い、統括であるエルモアに連絡を取ったのだが、何故か音沙汰がなかった。なのでやむを得ず、副統括である私が動き、イーサン様に集積市場へのご視察を願い出たのだった。


――エレノアお嬢様の情報は、アイザック様の手により、非常に入手し辛いものとなっている。


だが、息子から送られてくる学院におけるエレノアお嬢様の評価。そして今回、裏で密やかに進められていた獣人王国との攻防に、お嬢様が深く関与なさっていた事を踏まえるに、素晴らしいお人柄である事が伺い知れた。


このバッシュ公爵領をいずれお父上やお母上に代わり、治めていくであろう主家の姫。


是非とも直に、その人となりに触れてみたい。そしてこの領地の事をもっと深く知って頂きたい。


イーサン様から、市場の視察を承諾する連絡が入った所で魔道通信を使い、王都の息子へとその旨を伝える。……すると。


『エ、エレノアお嬢様がバッシュ公爵領にーー!!?&%%*$$##!!!』


最後には、よく訳の分からない奇声を発し、魔道通信は切られた。……おい。まさかと思うが息子よ。お前、こっちに戻って来るつもりじゃないだろうな?消化期間とはいえ、まだ長期連休前だぞ?……もし戻ってきたとしたら、フルボッコにしてやるから覚悟しておけ。


ともかく明日、エレノアお嬢様を万全の体勢でお迎えすべく、他の世話役らや警備担当者、市場で店を構える者達や配送人達に素早く指示を出す。


万が一にでもお嬢様に御不快な思いをさせてはならないからな。……うん、させようものなら、間違いなくイーサン様によってこの首が飛ぶ。あの方のバッシュ公爵家至上主義は、この領内では有名だからな。



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久々の閑話です。そして全二話となっております。


バッシュ公爵領、実は弱肉強食(?)な領地だった事が判明v

そしてライトさん、ケモラーでした。

いずれエレノアの『モフモフ同好会』会員になるに違いありません。

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