第269話 場外市場カモン!
ライトさん達に案内されるがまま、巨大な卸売り市場……もとい集積市場の中を練り歩く。
皆忙しいだろうし、人で溢れている。そんな中を大勢でゾロゾロ歩くのも悪いので、護衛はクリスとティルのみで、後の人達は、外で待機して貰う事にしました。
その中にフローレンス様も含まれていたのだが、ライトさんいわく「彼女は一緒にいても役に立ちませんから」だそうです。容赦ない。
はっ!ひ、ひょっとしてライトさん……。
中はやはり、以前修学旅行で訪れた中央卸売市場と似ていて、野菜や果物、肉やチーズ、果てはそれらを使った瓶詰やソーセージなどの加工品を扱う店まであって、まさに前世の卸売市場。見ているだけで楽しいし目移りしてしまう。
しかも皆、笑顔で「こちらをどうぞ」「採れたて新鮮なフルーツです。是非お召し上がりを!」なんて言って、次々と商品を渡してくれようとするから、もうてんやわんやである。
「有難う御座います。では、頂いたものは全て、バッシュ公爵家本邸に届けて頂けますか?後で本邸の皆と美味しく頂きますから」
と、商品を差し出してくれた人達一人一人にお礼を言うと、皆何故か頬を染めながら嬉しそうに頷いてくれた。
「チッ……。どいつもこいつも、鼻の下伸ばしやがって……」
何やらクライヴ兄様が小声で呟いていたけど、良く聞こえなかった。そして気のせいか、背後から黒いオーラが揺らめいている気がする……。
「こらこら皆、高貴な方は試食なんてなさらないよ。申し訳ありませんお嬢様。皆、お嬢様がいらっしゃったのが嬉しくて、ついやらかしてしまうのですよ」
「いえ、どれも美味しそうで、思わず食べてしまいそうになります」
「ははは!お嬢様。お上手ですな!」
……いや、冗談じゃなくて本気ですがな。
そりゃあ、リンゴやトマトを丸かじりする訳にはいかないけど、一口大に切られたサラミやソーセージ、搾りたて牛乳やフレッシュヨーグルトなんかは、うっかり手に取って口に入れそうになりました。
でもその度、ウィルを押しのけ付いてきた美容班のシャノンが、さり気なく良い感じに妨害してくれるので、結局一つも口に入れられていないのだ。
……いや。さっき必死にお願いして、マンゴーの小さな欠片を食べさせてもらったっけか。
シャノン、思い切り渋面だったけど……。でもでも!マンゴー大好物なんだもん!本当ならガッツリ食べたかったのを、欠片で我慢したんだよ!?それぐらい許してよ!
あああ……。これがウィルだったら、笑顔で「はい、お嬢様!一番大きいのを食べましょうね?」なんて言って食べさせてくれるのになぁ……。
――それにしても……。
私はとあるものを探し、キョロキョロと周囲を見回す。
するとそれに気が付いたライトさんが、不思議そうに私に話しかけてきた。
「お嬢様。どうされましたか?」
「あ……いえ。お食事処がないなぁと思って……」
「食事処……ですか?」
「はい。ひょっとして、この建物の外にあるのですか?」
前世で修学旅行に行った中央卸売市場では、色々な商品を売っている傍ら、その商品を使ったお店を併設している所が多かった。
それは観光客の為というより、寧ろ市場で働く人達や運送業、もしくは仲買の人達が一息つく為のもので、場外市場では逆に、観光客用に商品のアピールも兼ねて様々な食べ物屋さんが並んでいた。その中で入った店で食べた海鮮丼は、真面目に最高だったっけ……。
おっと!うっかり回想に意識が持っていかれてしまったが、とにかくそういうお店を見るのも、今回の視察の楽しみの一つであったのだが、ライトさんの返答は私の期待を裏切る無情なものだった。
「いえ、この建物の中も外も、そういったお店はありませんね」
「えっ……!」
なんと!どこにも食べ物屋さんが無いとな!?それじゃあ皆、どこで食事を取っているんだろうか。
「大抵は、軽く摘まめるものを持参してきますね。それを持って来なかった者は、首都や近隣の市街に戻る迄我慢するか、小売りで買ったリンゴや加工品を齧るかしています」
なんと!そんな貧しい食事情が!?折角こんなに新鮮で美味しそうな食材が溢れているってのに!
「勿体ない……」
ボソリと呟いた私の言葉をしっかり拾ったライトさん。
「お嬢様?何が勿体ないのでしょうか?」
「あ、いえ。折角こんなに豊富で新鮮な食材が沢山あるんだから、それを使った料理を提供したら、商人さん達や、観光客の人達への商品のアピールに繋がるんじゃないかな……と思って」
途端、ライトさんや周囲の人達が固唾をのんだ。
「……お嬢様。他にお気付きになった点など御座いますか?」
おっ!?興味を持ってくれましたか?そうだよね。やっぱり食に不自由していたんだよね。分かります。
「えっと、この市場は首都の町から離れていますし、朝早くこちらに来た人達は休憩がてら、絶対何か食べたいと思う筈なんです。そんな時、色々な料理を出すお店があったら嬉しいし、観光客の人達だって、お弁当やら飲み物を持参しなくて済みます。それにここの料理目当てで訪れる人達も沢山出てくる筈です」
そう、それで美味しかったら、自分でも材料を買って家で同じものを作ろうと思うかもしれないし、バイヤーの人達も、新たな商品へのヒントが生まれ、今迄取引の無かったお店の商品を仕入れようって思うかもしれないじゃないか。
「……ですがお嬢様。ここはあくまで、商品の売買を行う施設です。一般人にも開放していますが、料理目当ての素人で溢れかえってしまったら、商人達と店主とのやり取りに差し障るのでは?」
うん、それは確かにそうだよね。一分一秒でも惜しい仕事人の邪魔になるのは本末転倒。……だからこそ、前世の卸売市場には「あの」スポットがあったのだ。
「そうしましたら、こちらでは先程の様に試食スペースだけ作って、本格的なお店は場外に、そういう食事を提供するエリアを設営すればいいんじゃないでしょうか?そうですね……例えば『場外市場』とでも命名して」
場外市場……。懐かしいなぁ。あそこでも色々食べまくったっけ!特に串に刺したフワフワジューシーな卵焼きが絶品だった……!
「それに、ぶつけてしまって破損してしまったり、売れ残ってしまった商品を料理用として使えば、廃棄も出さずに済むし、お金にもなります。小売りの方々も、味は同じでも不格好で売り物にならない野菜や果物なんかを、最初からそれ用に持って来て使うっていうのもありなのではないでしょうか?」
そうすれば、元々廃棄するものを使っているから、店側も商品を安く提供できるし、お客は美味しいものが安く食べられて、どちらも幸せ!まさにWIN-WINではないだろうか。
「……エレノアお嬢様……!」
おっと、いけない!思い付くまま欲望のまま、ぺらぺら喋ってしまった。……って、んん?ライトさん、なんか顔が赤い。しかも興奮しているのか、目がめっちゃギラギラしている。
「……感服致しました。働く者達への気遣い。そして廃棄されるものにまで心を砕き、なおかつそれを新たなる金の卵へと変えようとする、その大胆かつ斬新な発想。流石はアイザック様とマリア様のご息女。お見事で御座います!」
ライトさん、まさに感無量といった様子で、声も弾みまくっている。……というかこれ、私のアイデアじゃないんだけど……。
「……して、今の構想は、後程詳しく形にして進める……という事で、宜しいでしょうか?」
「あ……は、はい?」
形にして進める……?え?つまり、私の丸パクリ案を早速展開するっていう事でいいのかな?
しかも「宜しいでしょうか?」と言いながら、圧が凄い。お伺いの形をとっているけど、これって絶対、やる気満々だよね?
「勿論、お嬢様の肝いりという事で、この計画は周知徹底させて頂きます!……ふっふっふ……。滾ってまいりました!この集積市場が更なる発展を遂げる事は間違いないでしょう!!いやあ……。お恥ずかしながら、このガブリエル・ライト。年甲斐もなく、胸の高まりが止まりません。なあ、皆もそうだろう!?」
見れば、他の世話役の人達の目も、キラキラしていますよ。……というより、ギラギラ?イケオジ軍団の野生溢れる笑顔……これはこれで眼福なり。
……ん?あれ?よく見れば、いつの間にか色々なお店の店主さん達も、めっちゃ興味津々っていった感じにこちらを見ている……?
「お嬢様!その案、最高です!!」
「そうかー!そうすりゃ、折角作ったってのに、今迄捨ててたモンも有効活用出来るってわけだ!」
「店番は、年寄連中や子供でも出来るし、新たな雇用も生まれるぞ!」
「お嬢様、最高!」
う、うん。まあ、どうやら私の望む通り、場外市場が出来るようだ。それは嬉しいんだけど、前世での知識を披露しただけだから、そんな尊敬の眼差しを向けられると居心地が悪いです。
その後は、行く先々で「この店の品物を使ったら、どのような商品を出せばいいか?」という質問の嵐で、その度「野菜の煮込み料理は?」「果物を使った季節のフレッシュジュースなんてどうですか?ミックスしてもいけますよ?」「チーズをワインで溶かして、お肉やソーセージを絡めた料理なんてどうでしょう?」「色々な小麦を使ってパンを焼いて、野菜やお肉を挟んで売ればいいのでは?」……等々、色々案を出していった。
その度「素晴らしい!何という発想力か!」と感動されましたが、これを機会に、前世の色々な料理やお菓子を食べたいだけです。ただ単純に食いしん坊なだけです。はい。
「お嬢様!大変に有意義な時間を過ごさせて頂きました!これからのご視察もどうぞ、そのご慧眼をいかんなく発揮なさって下さいませ!この度お嬢様から授けられました構想については、私共が責任を持って草案にし、イーサン様にお届けいたします」
「よ、宜しくお願いします」
「エレノアお嬢様ー!また来て下さいねー!!」
「今度いらっしゃった時には、美味しいシチューを召し上がって下さい!」
「うちのフレッシュジュースもお忘れなく!」
「エレノアお嬢様、ばんざーい!!」
何故か湧き上がってしまった歓声と万歳の大合唱を背に、私達は中央集積市場を後にした。なんか、首都の凱旋パレードもどきよりも、いたたまれないような気持になるのは気のせいだろうか。
「クライヴ兄様。だ、大丈夫なんでしょうかね?あれ」
あんな、素人が欲望のままに話した案を形にするって……本当にいいのかな?
「大丈夫もなにも、俺もお前の発想には驚いたぞ。よくもああ、合理的で理にかなった案が次々出てくるもんだ。……ひょっとして、『転生者』としての知識なのか?」
「は、はい」
「ふぅん……そうか。『転生者』が各国で保護対象になる筈だ」
いや、でもクライヴ兄様。『転生者』って言っても私の場合、ごくごく平凡な一般人だったから、経済構想だの兵器作成だの、そういったチートな知識はないんです。あるのは食欲と沼だけですから、保護対象なんてガラではないですよ。
「尤も、お前の場合は食い意地はってるのが、結果的に功を奏しているってだけだがな。そういう点で言えば、お前とバッシュ公爵領って滅茶苦茶相性いいかもな」
「……クライヴ兄様。褒めてるんですか?貶してるんですか?」
……仰る通りですが、改めて言われるとムカつくな。兄様ってほんと、前世のお母さん並みに容赦がない!
ええ、ええ!次の視察も気合入れて、食い意地パワーで頑張るぞ!
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エレノアの食いしん坊バンザイが炸裂しております!
でも試食は美容班のシャノンによって阻止されまくったもよう……。
バッシュ公爵領視察に白は相性最悪ですねv
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