第268話 最初の視察ーバッシュ公爵領直轄集積市場ー

カッポカッポと聞こえてくる軽快な足音と、ガラガラと鳴る車輪の音。そして……。


「エレノアお嬢様ー!」


「こっち向いて下さい!」


「是非是非、笑顔のお恵みを!」


「はわわわ!控えめに言って天使!」


沿道に列をなし、群がる老若男女…いや、老若男男の熱気に満ちた、高かったり野太かったりする大歓声(?)の嵐。


そして、引き攣り笑いを浮かべながら、前世で言うところの皇室よろしく手を振る私……。




今現在、私達はバッシュ公爵家本邸のお膝元。いわゆる首都の大通りを、スレイプニル二頭引きの馬車でのんびり闊歩しているのだ。


何故にのんびりか。それはこうして、領民サービスする為である。気分はもう、市中引き回しされる罪人だ。


「お前、昨日は止めろっつーても手ぇ振ってたろうが!良かったなー願いが叶ったぞ?ほれほれ、笑顔!」


ううう……。クライヴ兄様。自発的行為と強制は違うんですよ!しかも私、今迄ほとんど引き籠っていたのに、いきなりこんな大多数との交流なんて、ハードル高いです!


「お前、こんなんでビビッていたら後が辛いぞ?これから行く所には領民だけじゃなくて、他領の連中や国外の奴らもいるからな」


「ええっ!?修行の為の隠密行動というお話はどうなったんですか!?」


「どうやら公爵様は、非公式にお前をバッシュ公爵家の領民にお披露目する予定だったらしい。だったら寧ろ、ドーンと目立って、思い切りお前を売り込もうって腹なんだろうな」


「わ、私に何を売り込めと!?……はっ!ひ、ひょっとして、私印の雑草入り牧草ですか!?」


「…………」


クライヴ兄様は途端、残念な子を見る様な慈愛に満ちた眼差しを私に向けながら、頭を撫でてきた。


……うん、完全に馬鹿にされている。


私は兄様の手をぺちっと払い除け、頬を膨らませた。


本日、まず最初に訪れる予定の視察場所はここ、バッシュ公爵領の首都の外れにある、農産物や畜産物の巨大集積市場である。


そこには、国内随一を誇る穀物地帯であるバッシュ公爵領で収穫された、あらゆる農作物や畜産物が運び込まれているのだ。


そして、バッシュ公爵本人に認められ、市場を管理する『世話役』となった商人達が適正価格でそれらを買い取り、他の商人達に卸したり、各々の独自ルートを使って国内外に売り捌いている……という訳なのである。


分かり易く言うと、築地……いや、中央卸売市場もとい、豊洲市場かな?ああいった感じ。


そして商人達だけではなく、採れたて新鮮な農作物や畜産物を求め、個人バイヤー(のような人達)や料理人、果ては自領、他領の一般人までもが連日大勢足を運んでいるところもそっくり同じだ。


「そこに行けば、ゾラ男爵様に会えますかね?」


「さあな。イーサンの話によれば、本邸に駆け付けられないぐらい大切な用事があるみてぇだしな」


そう。実は私達はまだ、今現在の本邸管理者であるゾラ男爵と会えていないのだ。


本来、主家の姫がやって来るなら何を置いても駆け付け、出迎えなければ不敬にあたるそうなのだが、どうやら彼は、アイザック父様が直々に命じた仕事を手掛けているらしい。うん、それなら仕方が無いよね。お仕事放って駆け付けるの、ダメ絶対!


実はフローレンス様のお父様のゾラ男爵は、卸売市場を取り仕切る商人達の統括をしている方らしい。そして、生産者が単に商人へと品物を売るだけだった卸売り市場を大改革した人でもあるのだそうだ。


生産者の中には個人で店を構え、自分の商品を直接販売したいという人達が一定数存在した。


ゾラ男爵はそんな生産者達を後押しする為、渋る大商人達を説得し、場所代や出店者の選定の基準、そして管理事項などを纏め、アイザック父様へとその案を進呈し、認めさせたとの事だった。


結果、それが更なる商品の品質向上と安定供給に繋がり、バッシュ公爵領産の農産物の名声を大いに高める事になったのだそうだ。


そしてその功績が認められ、ゾラ男爵は爵位を賜ることになったという……。つまりは、自由競争による市場の活性化を成し遂げたという訳だ。へえ~!フローレンス様のお父様って、凄い人だったんだな!


「……娘の教育には失敗しているがな」


「え?兄様、何か言いましたか?」


「何でもねぇ。ほれ、お前の大好きなモフモフが手ぇ振ってんぞ」


「えっ!?」


見れば確かに、ウサミミとネコミミとイヌミミの親子がこちらに向かって朗らかに手を振っているではないか!


それにお応えすべく、満面の笑顔で思いっ切り手を振り返したら、何故か獣人さん達だけでなく、周囲の人達までもがバタバタその場に崩れ落ちた。ど、どうした!無事ですか皆さん!


思わず車窓から身を乗り出しかけた私は、クライヴ兄様に首根っこを掴まれ、車内へと引きずり戻されたのだった。





◇◇◇◇





煉瓦造りの巨大な建物の前に到着した私は、護衛騎士達が馬車の周囲を取り囲む中、クライヴ兄様にエスコートされながら、ゆっくりとタラップを降り立った。


すると、馬車が到着した時の熱狂っぷりが嘘の様に、その場がシーンと静寂に包まれる。……うん、分かります。クライヴ兄様にやられましたね皆さん。


流石はクライヴ兄様。化け物級と称される美貌の威力、お見事です!


「ようこそおいで下さいました、エレノアお嬢様。バッシュ公爵領直轄集積市場の副統括を拝命しております、ガブリエル・ライトと申します。後ろに控えている者達は、共にこの市場を管理している世話役の者達です」


黒山の人だかりよりも前に整列していた、見るからにお偉いさんって感じの人達。その中心に立っていた、スラリと長身な白髪のダンディーなイケオジが進み出て、深々と頭を垂れた。


「初めまして、ライト様。エレノア・バッシュです。この度はお忙しい中、私共の為に貴重なお時間を割いて頂き、心から感謝いたします」


それに対し、私もスカートの両端を摘まみ、頭ではなく膝を軽く折って挨拶をする。なんかライトさんや他の方々が息を飲んだ気がしたが、やはり挨拶は基本だと思うのです。高位貴族のご令嬢らしくないかもしれないが、カーテシーをした訳ではないし、これぐらいは許して欲しい。


と、そこにウィルやフローレンス様達を乗せた馬車が到着した。


確か後方をピッタリくっついて来た筈なのに、随分遅れたな。……ひょっとして、馬達がスレイプニルにビビッて距離を取っていたのかな?……あれ?なんかフローレンス様がゲッソリしている感じだけど、どうしたのかな?って、ウィルもなんだかゲッソリしている??


「――ッ!!」


フローレンス様の姿を見た瞬間、ライトさん以下、お偉いさん達が揃って息を飲み、固まった。


中には「信じられん……」といった言葉を呟く人もいる。――が、見学人や集まった領民達は「美人キター!」とばかりに騒めいている。中にはフローレンス様を直に知っている人達も多いせいか「フローレンス様だ!」「ああ……。やっぱり美しい!」との声もあちらこちらから上がっている。フローレンス様もとびきりの笑顔を向け、その声に応えている。


……え~と……。


そのままフローレンス様は、話しかけて来た人達と談笑を始めてしまった。案内役をすると言っていたのに、副統括さん達へ挨拶しなくていいのかな?


「あ……あの、お嬢様……」


ライトさんが、フローレンス様をチラチラ見ながら、私の方へと声をかける。他の人達も同様で、中には「何を考えているんだ!?」「正気か!?」などといった言葉も聞こえてくる。


「こ、この市場の統括が主家の姫を出迎えないばかりか、その娘までもがあのような……。なんとお詫びして良いのか……!」


ふり絞るような声で、ライトさんが私に謝罪してくる。


その表情は顔面蒼白で、額に汗まで浮かんでいる。ああ、同じ色の服を着ている事を謝ってくれてるんだね。うん。確かに高位貴族……ましてや領主の娘に対して無礼極まりない事だろう。だけど……。


「ライト様、気になさらないで下さい。間違いは誰にでもある事ですし、皆様方が心を砕いて私達を迎えて下さっている事は十二分に伝わっております。それに、ゾラ男爵様の不在も、元を正せば我がバッシュ公爵領の為、粉骨砕身働いて下さっているからではありませんか。寧ろゾラ男爵様にお会いしたら、感謝の気持ちを伝えたいと思っております」


そう。それがひいては、明日の糧となり、バッシュ公爵領の為になるのだから、こんな小娘を迎えるより、仕事の方が絶対大事です!何度も言いますが、仕事サボるのダメ絶対!


「――ッ!!……お、お嬢様……!!」


主家の姫らしく、精一杯キリッと伝えると、ライトさん以下、世話役の方々が、まるで雷に打たれたようは表情を浮かべ……そして、ほぼ全員の顔が紅潮した。


「なんという……。寛大なお言葉……!このライト、今ほどこのバッシュ公爵領に生まれた事を誇らしく思った事は御座いません!!」


そう言うなり、ライトさんは胸に手をあて、まるで騎士のごとくにその場に片膝を着いて頭を垂れた。見れば後方の方々も全員ライトさんにならっている。


そしてなんか後方で「お嬢様のドヤ顔、とうと可愛い!」と小さく聞こえてきたが……ひょっとして、ティル?……あ、なんか鈍い音と呻き声が聞こえた。うん、ティルですね。


そんな彼らの姿を見て、この場に集まった人達が騒めき出す。ちょっ……やめて!これってなんの羞恥プレイ!?


すると、向こう側で集まった人達と談笑していたフローレンス様が、こちらに気が付き、慌てて駆け寄ってくる。


「エレノアお嬢様!!申し訳ありません!父が出迎えなかった事をお怒りでいらっしゃるのですね!?ですが父は公爵様から直々にお仕事を命じられ、手が離せなくて……!どうか、お怒りを解いて下さいませ!!」


今朝と同様、フローレンス様は祈る様に胸元で手を組み、潤んだ眼差しを向け懇願する。


「は、はぁ?」


何を言われているのか分からず、思わず小首を傾げた私だったが、ライトさんが即座に立ち上がると、冷たい表情でフローレンス様を睨み付けた。


「フローレンス嬢。君は何を言っているのだね?エレノアお嬢様はお怒りになどなられてはいない。それどころか、君のお父上がこの場に駆け付けられないのは、バッシュ公爵領の為に誠心誠意働いてくれているからだと仰られていたのだ。そしてその事に深く感謝し、お礼を言いたいとまで仰って下さったのだよ」


「……え……?」


「お父上の事より、君自身の無知と厚顔をお嬢様にお詫びしたらいかがかね?さ、お嬢様。どうぞこちらへ。市場の中をご案内致します」


「は、はい!宜しくお願い致します」


冷たい態度と声音を一変させ、ライトさんがにこやかに微笑みながら、私とクライヴ兄様を市場の中へと誘導する。


そして私達は、呆然と立ち尽くしているフローレンス様を残し、市場の中へと足を踏み入れたのだった。



===============



無自覚のエレノア天然砲により、信者が続々と爆誕している模様……。

そして誰かさんが墓穴掘りまくっている模様。

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