第267話 あれ?色がかぶってますが?

「……えっと……。おはよう御座います、フローレンス様」


純白のドレスに身を包み、白百合のように美しい笑顔を浮かべるフローレンス様だったが、戸惑う私や、固い表情で自分を見つめる護衛騎士達を見て、自身も戸惑うような表情を浮かべる。


――いや、フローレンス様。私や皆の態度は至極当然なんですよ?


貴族社会では、身分が下の者が目上の者と服装や色が被らないようにするのは常識なのである。


勿論、その日に誰が何を着るのかなんて分かる訳がないよね。だから目安として、自分よりも身分が上の者の婚約者を調べ上げ、その人達の『色のみ』のドレスは絶対に纏わないようにするのが一般的なのだ。


つまり、この時点でフローレンス様が避けなくてはならないのは、『白』と『青』の服である。青いドレスに白いレース飾り……というのも、完璧NGではないが、避けるべきパターンだ。


――なのに今、彼女が身にまとっているのは、私と同じ真っ白のドレス。はい、完全アウトです。そりゃあ、クライヴ兄様もウィルも、クリス副団長達も怒るわ。


あ、でも確かフローレンス様って、新興貴族だったよね。しかも王立学院にも行っていないし、社交界にも出た事が無ければ、貴族同士の暗黙の了解も分からないかもしれない。そもそも貴族達と比べて、平民は女性の数が少ないって、オリヴァー兄様が言っていたし。


仕方が無い。この場では私が一番立場が上なのだから、私が注意すれば角が立たないだろう。


「あの……フローレンス様?私の服とお色が被ってしまっているようなのですが……」


「はいっ!エレノアお嬢様とお揃いなんて、とても光栄です!」


いやいやいや、光栄とかそんなん言ってる場合じゃないから!ほらー!背後から暗黒的なオーラが噴出しちゃってるから!お願い!気付いてー!!


「ああ、えっと……。そのドレス、とてもお似合いですが、私と一緒の色はあまり良くないので……。出来れば、着替えてもらいたいのですが?」


途端、フローレンス様の顔が悲し気に歪んだ。目もあっという間にウルウルしてくる。


「お洋服のお色が同じで、ご気分を害されたのですね?……でも私……。高貴な方々と御一緒する事になったから、持っているお洋服の中で、一番良い物をと……」


……えっと、つまり私に恥をかかせたくなくて、頑張って着飾ったのに、その努力を当の私に否定された……って、そう言いたいのかな?


……あかん。通じてない。というか、貴族の常識が分かっていなくても、主家の娘と服装がバッチリかぶったら、気まずくなるもんだろうに……。ひょっとして、フローレンス様ってかなり鈍い?


「どうしても……。駄目ですか……?」


そんな私の心の声など露知らず、フローレンス様は祈る様に胸の前で両手を組み、潤んだ瞳でこちらを……というより、クライヴ兄様へと、庇護欲をそそるか細い声と縋る様な眼差しを向ける。

……って、ん?あれ?フローレンス様?悲しそうな口調と素振りのわりに、頬が薔薇色に染まっているんですが……?


『もしやフローレンス様。クライヴ兄様に惚れた……?だからクライヴ兄様の色である、真っ白いドレスを着た……とか?』


そりゃあまあ、クライヴ兄様はアルバ肉食系女子にとって、垂涎の的というか、極上の獲物だしな。逆に惚れない方がどうかしているってぐらいにカッコいいし……。


――……モヤモヤ……。


ん?何か胸がムカムカする。あれ?朝食食べ過ぎて胸焼けしているのかな?


「……クリス副団長。アレ、っちゃっていいすか……?」


「……待て。今ここでは不味い。時と場所を考えろ」


なんて聞こえて来た声に、ハッと我に返った。


ちょーっと待ったー!!そこの二人!はやまっちゃダメー!!不味いのは時と場所じゃない!!そこんとこ分かってる!?冷静に……って、やだ!ウィルや美容班のシャノンの顔も、めっちゃ無表情!!し、しかも、アリステアさん達や近衛騎士様方までもが、黒い笑顔を浮かべてるー!!ひえぇ……!!み、みんな、落ち着きましょうよ!!




『………』


分かり易く媚びを売る目の前の女を無表情に見つめたあと、周囲の殺気にオロオロしている、可愛い可愛いエレノアに目をやる。……ああ、癒される。本当に俺の妹は世界一愛らしい。


それに引き換え、なんなんだこの目の前の女は!昨日といい、あの服の事といい、いくらなんでも常識が無さ過ぎる。


格上の相手……。しかも仕えるべき主家の姫と服の色が被ってしまったなら、普通は必死になって謝るか、急いで服を着替えに行くかするだろう。

なのに、あの女は謝罪もしないうえに、まるで自分が被害者のような態度で暗にエレノアを責めているのだ。


そんな態度を見て、あの女に傾倒している様子だった召使や騎士達も、流石に唖然としているようだ。中にはあからさまに顔を顰めている奴らもいる。


それはそうだろう。謝罪もせず、この場から立ち去る気配も見せない下位貴族など、論外中の論外だ。ましてや高位貴族の令嬢であるなら、激高して目の前から排除しようとするに違いない。


だがエレノアは怒るでもなく、穏便に事を済まそうとしている。


それだけでも驚愕すべき温情だというのに、この女はそれを全く汲み取ろうともしないのだから。


俺はふと、本邸の家令であるイーサンへと視線を向けた。するとタイミングよく、当の本人と目が合った。


この男は、最初の方こそエレノアに冷たい態度を取っていたが、今では王都組の誰もがドン引く程の溺愛オーラを隠そうともせず……。いや、あれは隠そうとしてだだ洩れしている状態だな。表情だけはツンツンしているから、鈍いエレノアは、溺愛行動との対比に戸惑っている様子だったが。


まあそれはともかく、多分オリヴァー並みにエレノアを猛愛しているであろうこの男が、何故この女の非常識を諫めないのかが気になったのだが……。


無言で見つめ合うこと暫し。


不意にイーサンが口角を僅かに上げた後、軽く会釈をする。それで奴が何をしたいのか。そして俺に何をさせたいのかを理解した。


……いいだろう。俺もお前の……。いや、公爵様の駒として、のってやろうじゃないか。


「エレノア。お前は同じ色の服が気になるのか?」


「え?い、いえ。私は別に良いのですが……その……」


上目遣いで、俺を気遣わし気に……というより、その瞳には、僅かにだが俺に対して非難めいた色が浮かんでいて、思わず息を飲んだ。


――エレノア……お前、ひょっとして……『嫉妬』しているのか!?


その事実にとてつもない喜びと興奮を感じながら、俺は努めて冷静に見えるよう、エレノアの頭を優しく撫でた。


「俺の事を気にしてんなら、大丈夫だ。お前が気にしないのなら、俺も気にしねぇ」


途端、目の前の勘違い女の顔が輝き、ねっとりとした視線を向けて来る。と同時に、後方からはウィルやクリス達の非難の視線がビシバシと突き刺さってくる。まあ、当然だろうな。


「クライヴ様……!あ、有難う御座います!!」


「俺はエレノアの気持ちを尊重しただけだ。それと、お前に名前呼びを許した覚えはない。弁えろ」


都合よく誤解した様子の女を、これ以上調子に乗らせないよう牽制する。

ちょっと鼻白んだ様子の女は今現在、周囲からどのような目を向けられているのか分かっていないようだ。


……それとも、俺に脈ありと踏んで、そういった諸々がどうでもよくなったのか……。どちらにせよ愚かな女だ。


「エレノアお嬢様。クライヴ様。馬車がまいりました」


イーサンの言葉の後、目の前にやって来たのは……。何故かスレイプニルに引かれた馬車だった。


「……おい」


なるべく目立たないよう、地味な馬車にしてくれと頼んだのに。こいつらスレイプニルが引いてたんじゃ意味がないだろう。


「申し訳ありません。他の馬達が怯えてしまい、馬舎から出ようとせず……」


俺はエレノアを見つけるなり、嬉しそうに鼻面を摺り寄せる二頭をジト目で睨み付けた。こいつら……。他の馬達を脅したな。


「まあ!昨夜も見ましたが、なんと美しい馬達なんでしょう!」


そう言って近寄ろうとしたゾラ男爵令嬢だったが、途端、スレイプニル達に牙を剥きだして威嚇され、悲鳴を上げていた。

どうやらこいつらも、あの女を乗せる気はないとみた。ま、当然だな。


「エレノア」


愛しい妹に手を差し出し、馬車へと優しくエスコートする。後方から鋭い視線を感じたが、敢えて無視した。


背後でイーサンがあの女に別の馬車に乗るようにと伝える声が聞こえてきた。今回、護衛としてではなく、従者として付いて来るウィルと美容班のシャノンが、あの女と同乗する事になるんだろうな……。


……うん。あいつらの胃にストレスで穴が開かないよう、祈っておいてやるとしようか。



===============



クライヴ兄様、思わぬ役得です!

そしてエレノアの方はと言うと、無自覚の自覚にモヤモヤしております。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る