第263話 田舎ネットワーク

吹き抜けの高い天井からは、やわらかな朝日が差し込み、吹き抜ける爽やかな風が、まるでテラスで食事を取っているような錯覚を与えてくれる素敵な食堂。


そして樹齢数百年は経っていそうな巨木をそのまま一枚板にしたようなテーブルの上には、これまた「ビッフェですか!?」というぐらいに、所狭しと料理の数々が並べられている。



「出された食事は全て食べる!」がポリシーの私は、それらを制覇すべく、もっきゅもっきゅと頑張って食べまくっている最中である。


実は私、昨晩はあんまり食欲がなかったので、結局フルーツジュースのみで済ませてしまったのだが、ひょっとしてその分も含めての、この食事量なのだろうか……?なんて疑ってしまう程の品数である。これ、王都邸でいつも取っている朝食の三倍ぐらいはあるよね。


「エレノアお嬢様。本日はバッシュ公爵領の視察をなされてはいかがでしょうか?」


紅茶のお代わりを差し出しながら、イーサンが告げた言葉に、私は思わず目を丸くする。


「え?領地視察……?」


「はい。領地の各村々から「お嬢様はいつ頃こちらにいらっしゃるのですか?」との問い合わせが殺到しておりまして……。ああ、お嬢様。お口元にソースがついておりますよ」


そう言って、イーサンが口元をナプキンで優しく拭ってくれる。ちょっぴり赤くなってお礼を言うと、無表情だった口元がピクリと動いた。


……な、なんかイーサン、表情とかは昨日と変わらないんだけど、態度がこう……柔らかくなった?というより、子供扱いになった?


だって、口元にソース付けちゃったなんて、普通だったら「お嬢様、はしたのう御座いますよ」って言われて叱られるとこだよね?なのに優しく拭われるだけなんて……。ツンツンされるよりも嬉しいんだけど、なんかこう……。落ち着かないというかなんというか……。


あ!ウィルがこっちをジト目で見つめている!


そういえば食堂来てからずっと、イーサンが手取り足取り私の世話を焼いてくれているからな……。その所為でウィル、手持ちぶたさになっちゃって、いつの間にかクライヴ兄様の方に追いやられちゃったんだよね。ごめんねウィル。


あ、ちなみにミアさんはここにはいません。


実は彼女、故郷から移住して来た家族の元に行っているんだよね。まあ、所謂里帰りってやつです。


ミアさん、アルバ王国に来てからこっち、ずっと家族と会えていなかったからね。身の回りのお世話をする人達も沢山いるし、一日でも早く顔見せた方が良いよと、遠慮する彼女を昨夜の内に、家族の元へと送り出したのである。ミアさん、恐縮しながらも、凄く嬉しそうな顔していたなぁ……。


「クライヴ様ッ!アレ、どうにかならないんですか!?」


エレノアが、ミアの事を思い出し、しみじみしているのを他所に、ウィルはすっかりイーサンに自分の持ち場を奪われ、ギリギリ歯軋りをせんばかりにエレノアの傍に侍る憎き家令を睨み付けていた。

そんなウィルの姿は、まるで愛人に妻を寝取られた夫のようで、今にもハンカチを噛み締めんばかりだ。


既に自分の分の朝食を完食したクライヴは、そんなウィルに食後の紅茶に口をつけながら、同情と呆れを含んだ眼差しを向けた。


「ウィル、落ち着け。気持ちは分からんでもないが、そもそもあっちとお前とでは、傍仕えとしての経験値が違い過ぎる。あの男は本邸の一切を公爵様より直々に任される様な奴だそ。騎士あがりで召使歴の浅いお前が勝てる相手じゃねえ」


「そんな事はありません!!たとえお仕えする年数は浅くとも、エレノアお嬢様への愛と忠誠は、あんな陰険野郎には断じて負けませんとも!!」


鼻息荒く、そう断言するウィルであったが、実はイーサンがアイザックと「初めてのパパ呼び」を巡り、昼メロ~奥様愛の劇場~ばりの攻防を繰り広げた程のガチ勢である事を知らない。


対して、イーサンに思う所のあるクライヴは、それに対して何も言わず、ただ黙って紅茶を飲んでいた。そんな彼に、エレノアが声をかける。


「それにしてもクライヴ兄様。私がこっちに着いたのって、昨日の夕方近くですよね?なのに各村々から問い合わせが来るって、どういう事なんでしょうか?」


「そりゃあお前、昨日領民に手を振ってたあれだよ。……ったく。だから無駄に愛想振りまくなって注意したんだ」


「で、でもちょっと待って下さい!!手を振ったって、ほんの数人にだけですよ!?なのになんで、他の村や町の人達が、私がここにいる事を知っているんですか?!」


「甘いな。お前は地方における噂の広がり方を舐めている」


「え?」


ク、クライヴ兄様。ここにきて、地方あるあるですか!?


「お嬢様。このバッシュ公爵領は大変にのどかで過ごし易い土地柄ですが、それゆえ他の領地に比べ、娯楽があまり御座いません。なので、こういった噂は考えられない程に早く広がります。特にお嬢様のご来駕などという、喜ばしい出来事などは、広まるのは一瞬です……そうですね……。これは例えばのお話ですが……」



《イーサンの想像》


『おい、見たか!?バッシュ公爵家の家紋の入った馬車だぞ』


『八本脚の馬だった!あれって、王族や貴族が使う魔獣(?)だよな!?しかも護衛もいたぞ!』


『そしたら公爵様かお嬢様がいらっしゃったんだ!』


『俺、すっごく可愛い女の子が乗っているの見たぞ!』


『俺も見た!手を振ってくれた』


『じゃあお嬢様が来たんだな!隣町の親父に伝えにいかなきゃ!』


『なにっ!?お嬢様が!?田舎の親戚に魔道電報だ!』


『俺も報告しなきゃ!』


『あ、俺も俺も!!』


『おい、倅から連絡があったぞ!バッシュ公爵家本邸にお嬢様が来てるとよ!』


『うちの村に来てもらえるよう、村長さんに直訴じゃー!』


『他の村々に後れをとるな!!うちに一番先に来てもらうぞ!!』



「……とまぁ、こんな所でしょうか?」


イーサンの予想に、私は思わず口を開け、ポカンとしてしまった。


そ……そういえば、私の前世で住んでいた所も割と田舎で、「ドコドコの誰々さんが帰ってきた」「どうやら婚約した報告に来たらしい」「あれまぁ、めでてぇ!」……なんて、あっという間に広まっていたわ。……ヤバイ。田舎ネットワークの恐ろしさ、舐めてた!


「まあ、オリヴァー達が来た後に、領内の貴族連中や有力者達を集めたお披露目パーティーを開く予定ではあったが、その前に領民に顔見せするのはアリだな。修行の事もあるし、何よりオリヴァーが来たらお前と離れたがらないだろうから、自由に動ける今のうちに、領地の視察を済ませちまった方がいい」


「……そうですね。分かりました」


クライヴ兄様のお言葉に、私は汗を流しながら頷いた。

確かにオリヴァー兄様、今でも私をあんまり他人の目に晒すの嫌がるし、他の婚約者ライバルが大勢いるから、少しでも私を独占しようとするだろうしね。


本当は今日、修行に良さそうな牧場や農園を見て回ろうと思っていたんだけど……。

そんでもってついでに、移住した獣人さん達……というより、チビケモミミさん達と触れ合う予定だったんだけどなぁ……。


あ、別にそれが主な目的って訳ではないですよ!?あくまで異文化コミュニケーションの一環です!……まあいっか。まだ来たばっかりだし、一日ぐらいズレたって問題ないよね。


ところで、先程から気になっていたのですが、クライヴ兄様……。なんかやけに気怠そうだな。あ、欠伸咬み殺してる。


差し込む朝日を受けて、兄様の綺麗な銀髪がキラキラ輝いて、アンニュイな表情と相まって、めっちゃ色っぽいです!目に沁みます!眼福です!お陰様で私の心臓。朝からドコドコ五月蠅いです!


『そういえば……』


クライヴ兄様。昨夜、久々に鼻血噴いてグッタリしていた私をベッドに寝かせてくれた後、なんか後ろ髪引かれるような感じにチラチラこちらを見ながら、自分の寝室に入って行ったんだけど……。ひょっとして、私からの添い寝のお誘い、期待していたのかもしれない。


んで、それが不発に終わって、鍵のかかっていない続き部屋で悶々として良く寝れなかった……とか?


……うん。考えてみればクライヴ兄様も、精力盛んなお年頃。しかも『男子の嗜み』を計算に入れなければ、兄様ってまさかの童●なんだよね……。た、溜まってる……のかもしれない。いや、兄様とて健全な男子。溜まっていない筈がない!(はしたなくて申し訳ない)


こ、ここは婚約者たる私が一肌脱いで……いや、脱がないけど!……えっと、そ、それで……。私、まだみ、未成年だし、過激なスキンシップは無理だけど!……じ、自分からキス……したりとか……!と、とにかく、そ……添い寝ぐらい……頑張ろう……かな?


うん、そうだよ。私さえ黙っていれば、オリヴァー兄様にだってバレないだろうし。こ……今夜にでも、勇気を出して、クライヴ兄様を誘ってみよう……かな!?


『……こいつ……。またろくでもねぇ事考えてんな……』


まさにそのろくでもない事が、特大級の天然砲として自分を襲うであろう事などつゆ知らず。クライヴは目の前で百面相をしながら、何度も頷いているエレノアをジト目で見つつ、そう心の中で呟いたのであった。



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地方というより、田舎あるあるです(^^)

そして、クライヴ兄様、逃げてー!……って、逃げないか。

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