第259話 騎士の誓い

「ああ、それと。こちらの館には、アイザック様の御指示により、温泉大浴場が併設されております。まずは旅の疲れを癒す意味でも、お夕食前にご入浴なされてはいかがでしょうか?」


――温泉キター!!


旅の疲れを温泉で癒してからの食事……。まさに高級旅館にご宿泊スペシャルコースじゃあありませんか!!やだもう父様!ナイスです!大好き!!


「は、入ります!!……ちなみにお湯の色と泉質は!?」


「青みのかかった乳白色の濁り湯で御座います。一説によれば、美白の湯として保養施設では特に人気の高い温泉だとか」


やったー!濁り湯キター!!


「わーい!ミアさん、美白の湯だって!一緒に入ろうね!」


「はい、お嬢様!」


父様、つくづくグッジョブです!これで兄様方やセドリックに「一緒に入ろう」って言われた時も安心だ!!……でもその時は勿論、入浴着は着ますけどね。


「……ぐっ……!!」


温泉にテンションMAXになって、ピョンピョンはしゃいでいた私の耳に、苦し気な声が聞こえてきた。何事と思って顔を上げると、歯を食いしばり、苦痛に耐えるかのごとく、唇に手をあて震えているイーサンとバッチリ目が合ってしまった。ヤバイ……!ドレス姿ではしゃぎ過ぎた!!


「……失礼致しました」


私のビクビクしている様子を目にし、イーサンは先程までの激昂っぷりをスンと引っ込め、元の冷戦沈着な家令へと居住まいを正した。……さ、流石だ……。


「ではお嬢様。温泉に入られ、落ち着かれましたらお夕食に致しましょう。……ああ、その前に。お前達、入りなさい」


私の目の前に、バッシュ公爵家の騎士服を着た二名の男性が静かに入室してくる。……あれ?あの黒髪の人、あの時私を背に庇ってくれた副団長さんでは……?って、うぉっ!物凄い美形!!


「エレノアお嬢様がこちらに滞在している間、お嬢様の護衛騎士としてお傍に付く者達です」


「お久し振りです、エレノアお嬢様。副団長を拝命しております、クリストファー・ヒルと申します。そしてこの者は、私が信頼する部下で、ティルロード・バグマンと申します。エレノアお嬢様がバッシュ公爵領にご滞在中、我々と、我が部隊が一丸となり、身命を賭してエレノアお嬢様をお守り致します」


そう言うと、彼等はその場に片膝を付き頭を垂れた。うおぉ……騎士の礼!沼持ちの血が滾る!


……いや、ちょっと待って。クリストファー副団長。昔私と会った事があるんだ!……不味い。当然の事ながら、全く記憶に御座いません。


心の中でわたわたしている私を他所に、クライヴ兄様やウィル達の方はと言うと、先程と違って威圧も殺気も飛ばしていない。どうやら彼等は受け入れOKという事みたいだ。まあ、当然ですかね。


副隊長のクリストファーさんは、しっとり艶やかな黒髪と、明るいオレンジの瞳をしていて、身体はクライヴ兄様よりも一回り程細身ながら、均整が取れた素晴らしいスタイルをしている。


先程見た大柄な騎士団長さんと並ぶと、とても華奢に見えてしまうだろう。柔和そうな美貌もそれを助長している。……だけど、瞳には鋭い光を湛えていて、見る人が見れば、決して油断して良い相手ではないと分かるに違いない。


そしてもう一人。ティルロードさんの方だが、こちらはやんちゃ系イケメン……といった感じの見た目をしている。

蜂蜜色の、ちょっと癖のある柔らかそうな髪。笑んだ黒い瞳は、私への好奇心からかキラキラ輝いていた。全体的に親しみが持てる雰囲気の青年だ。


「はい、宜しくお願い致します。……あの……。それと、言っておきますが、私、こちらで過ごした記憶殆ど無くて……。クリストファーさんの事も覚えていないんです。なので、失礼な事があるかもしれませんが、その時は許して下さいね」


ちょっと驚いた様に、クリストファーさんが顔を上げる。その際、艶やかな黒髪がサラリと顔を撫でるように流れた。ううっ!オリヴァー兄様もそうなんだけど、どうして美形って、こう一々、仕草や行動が様になるのだろうか。


「かしこまりました。それとエレノアお嬢様。私の事はどうぞクリスと呼び捨てで」


フッ……と微笑むその顔に、思わずボンッと顔が赤くなってしまった。だーかーら!!イケメンは予告なしに微笑むの禁止!!心臓に悪い!!


「あ、お嬢様!私の事も、どうぞティルとお呼び下さい!!」


はいはーい!と、元気いっぱいに片手を上げたティルロードさん。ノリが非常に軽い。そして次の瞬間、クリス副団長のこめかみにビキリと青筋が浮かんだ。ひぇい!


「わ、分かりました。クリス。そしてティル。これから宜しくお願いします」


「は。お任せを」


「あざっす!」


次の瞬間、ティルの顔面が思い切り床に激突していた。ク、クリスさん。なんて容赦のない一撃!


「副団長!酷いっす!!ただでさえ低い鼻が潰れちゃったらどうするんっすか!?」


「やかましい!!おまえの鼻の一つや二つ、潰れた所でどーでもいいわ!!」


「ひ、ひどっ!!もしそうなったら、責任取って副団長娶らせてもらうっすからね!?」


「何でそーなる!!?しかも何故僕が娶られなきゃならないんだ!!生憎僕には下になる趣味は無い!!寝言は寝てからほざけ!!」


「……貴方達……。そこまでにして頂きましょうか……?」


ビキビキと青筋を浮かべたイーサンの鋭い眼光を受け、クリスとティルがピタリと口を噤んだ。……うん、私、この人達と上手くやっていけそうだ。見ればクライヴ兄様やウィル達も、無表情に肩を震わせている。


「申し訳ありません、エレノアお嬢様。お見苦しい様をお見せ致しました。……もしご不快に思われましたら、別の者達をお付けしますが?」


見れば、ティルは「てへぺろ☆」顔をしているけど、クリス副団長はバツの悪そうな顔をしている。多分だが、さっき自分が第三勢力だってカミングアウトしちゃったからだろう。第三勢力と女性陣って、敵同士みたいなもんだからな。


「ふふ……。いえいえ、全然大丈夫!クリス副団長、ティル。もし良かったら、これからもかしこまらずに、そういう自然な感じで接してくれると嬉しいです。その代わり、私の地が出たとしても、その時は大目にみてね?」


笑顔でそう話すと、クリス副団長の目が大きく見開かれ……次いで、ふんわりと微笑むように細められる。


「かしこまりました。……エレノアお嬢様」


クリス副団長は、改めて居住まいを正すと帯刀していた剣を外し、両手で私に恭しく差し出した。


「たった今より、私の騎士の忠誠をお捧げ致します。私、クリストファー・ヒルは生涯かけて、エレノア様を貴婦人と崇め、騎士として生涯忠誠を尽くす事を、ここにお誓い申し上げる」


おおおおっ!!リアル『騎士の誓い』キター!!


十一歳の時、クロス騎士団の団長のルーベンから、簡易的な『騎士の忠誠』を受けた事はあるけど、こういう正式なものは初めてだな!……えっと、この後どうするのかな?


チラリとクライヴ兄様を見ると、ゼスチャーで『剣を取れ』って指示された。はい、了解。えっと、次は……ふむ。鞘から剣を抜いて……。え?肩をポンポンって叩いてますが、ま、まさか切れと!?……あ、違う?そうですよね、あー焦った。え?肩に置けと?……えっと、こうかな?


意図せずして、必死にクライヴ兄様とのパントマイムなやり取りをしていた私は、それを見ていたティルやウィルを含む、周囲の人達全てが、ふき出すのを必死に堪えていた事に気が付かなかった。


「……エレノアお嬢様。口上を」


テンパっている私に、すかさずイーサンが合いの手を挟む。って、口上?……えーっと、それっぽい事言えばいいのかな?


「クリストファー・ヒル。貴方の騎士の忠誠、しかと受け取りました。これよりは私の騎士として、このバッシュ公爵家ならびにバッシュ公爵領を守護していって下さい」


「御意に!」


……こ、これで良いのかな?あっ、クライヴ兄様が親指立ててる!イーサンも感慨深げに頷いている。よっしゃー!!

……って、あれ?イーサンの目尻に何か光るものが……?あ、拭った。


「エレノアお嬢様!俺も!俺も忠誠捧げさせて欲しいっす!!」


またまた、「はいはーい」とばかりに元気一杯手を上げたティルに対しても、先程のクリス副団長と同じ事をする。

違ったのは、最後に「あざっす!」って言って、クリス副団長にぶっ飛ばされていた所かな?


その後、ウィルを含んだバッシュ公爵家の皆がクリス副団長達を羨ましがって、「エレノアお嬢様!我々も騎士の忠誠をお捧げしたいです!!」「あっ!でも今、騎士服脱いでたわ!!」「しまったー!!……じゃあ、帰りにやらせて下さいね!?」と大騒ぎになってしまった。


しかもその光景を見たクリス副団長とティルが目を丸くしていた事により、怒ったクライヴ兄様が「てめーら!恥かかせんな!」と、全員ぶちのめしていました。

そんでもって何故か、後から合流していた近衛騎士さん達も皆、ソワソワしていた。何でかな?


……余談ですが、後でこっそり「やってみっか?」と提案してきたクライヴ兄様と二人で『騎士の忠誠ごっこ』をし、男前が爆上がった兄様への萌えと羞恥に、うっかり鼻腔内毛細血管が決壊したのは、誰にも内緒です。



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クリス副団長、己の性癖を気にしておりますが、沢山のオネェ様と心の母(父?)のいるエレノアには死角はありません!(笑)

そしてクリスさん、タチでしたv

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