第257話 あれっ!?

いや、盛り上がっている所悪いんだけど、知らずにお部屋を使っちゃったんだし、改築工事中なら泊まれないのは仕方がないでしょう。そんなんで怒ったりしませんよ。


――ってかそもそも、何故に模様替え!?


そのまま普通にお部屋移動だけで良いじゃないか。あんだけ広いお城なんだから、部屋くらい腐る程あるでしょう。しかも私、別に「ここは私のお部屋よ!」なんてこだわり無いしね。


それに普通の貴族のお嬢様ならともかく、中身が元庶民の私にとって、こんなゴージャスなお城より、離れに泊まる方がかえって嬉しいしホッとする。

あ、でもそれ言ったらまた、イーサンに冷ややかな眼差しを向けられそうだけどね。


――なんて事をつらつら考えながら、私は未だに唖然とした顔をしているフローレンス様と騎士団長さんに向け、話を続けた。


「別に離れでもなんでも、泊まれれば問題ないです。それに騎士だったら、守るべき婦女子の危機に、咄嗟に身体が動くのは当然でしょうし」


うん、気持ちは分かる。でも、それとこれとは話が別だと思うんだよ。


「……ですが、貴方達はバッシュ公爵家に仕える騎士です。相手の行動を冷静に判断し、対処すべき筈の貴方がたが、当主代行である私に敵意を向けた。これは許されざる事です」


私の言葉を受け、騎士団長さん達が恥じ入る様に項垂れた。

まあ、冷静になれなかったのも仕方がないか。騎士団長さん、フローレンス様が好きなんだもんね。


好きな女性に一途なのは、アルバ男の性だし、もし私がフローレンス様と逆の立場だったら、オリヴァー兄様も間違いなく同じ事しそう……いや、しないか。いくら万年番狂いと称される兄様でも、常識外れな事は絶対しない……筈!


「それと、先程も申し上げました通り。私は離れで滞在する事に、なんら思う事はありません。その原因を作った……と仰られたフローレンス様に対してもです。知らなかったうえでの失敗ですし、私の代わりにこのバッシュ公爵家本邸を管理し、守って下さっているのですもの。感謝こそすれ、怒るなんてことしませんよ」


だから安心して……という諸々の気持ちを込め、精一杯微笑んだのだが……。あれ?何故か使用人達や他の騎士さん達が、次々と膝崩れしていく。しかもフローレンス様、何故か困惑顔というか、よく分からない複雑な表情を浮かべている。やっぱり元・我儘お嬢様の言葉なんて、信用出来ないかな?


そんな事を考えていたエレノアの後方では、ウィルを含む護衛騎士達が、前方で身悶えているバッシュ公爵家本邸の使用人達同様、激しく身悶えていた。


「なんと寛大なお言葉……!!」


「流石は姫騎士!尊い!!」


「ああ……。お嬢様!一生お仕え致します!!」


いつも通りのカオスと化した現場に、クライヴは深々と溜息をついた。


そして、何故かエレノアから顔を背け、肩を小刻みに震わせ微動だにしないイーサンを胡乱な眼差しで見つめた後、口を開く。


「……まあいい。エレノア、このバッシュ公爵領では、お前が当主代理だ。そのお前が気にしないと言うのなら、俺からはもう何も言わん。……尤も、この一連の出来事が、非常に不愉快な事には変わらんがな」


そう言いながら、クライヴ兄様は優しい表情で私の頬を撫でた後、一転鋭い視線をフローレンス様の方へと向けた。

あ、フローレンス様がショックを受けたような顔している。だから兄様!女子に睨みきかせちゃダメですってば!……って、ん?あれ?なんか彼女、頬を染めてうっとりしている……?


「……それではエレノアお嬢様。そしてご婚約者様。迎賓館にご案内致します。護衛の騎士様方の馬と馬車は、当家の召使達にお任せ下さいませ」


「はい!宜しくお願いします、イーサン」


「…………」


返事をした途端、イーサンの眉が更にきつく顰められ、目元もめっちゃピクピクする。ううう……恐い。


確かこの人って、アイザック父様を馬車馬のごとくこき使っているっていう、腹心の部下の一人だって聞いた事があったが……。ひょっとして、父様が仕事をサボる原因である私の事、あまりよく思っていないのかもしれないな。

しかもフローレンス様の事好きみたいだし。私が彼女を苛めそうで警戒しているのかもしれないな……。はぁ……。


そうして私達はイーサンの案内で、迎賓館へと向かったのだった。







「エレノアお嬢様。こちらが迎賓館で御座います」


バッシュ公爵家本邸の、滅茶苦茶広い敷地内を歩く事およそ十分。(どんだけ広いんですか!?)私達は離れ……もとい、迎賓館へと到着した……が。


「……えっと。これが……離れ?」


「如何いたしました?何かご不満な点が?」


私の呟きに、イーサンが顰めた顔を更に顰める。……どうでもいい事だけど、あの眉間の皺が深すぎて、痕が残らないか心配になってしまう。ちょっと神経質そうだし、父様より年上っぽいけど、かなりのイケメンなんだし、にこやかにしていた方がモテそうなのになぁ……。


「い、いえ。不満というか……」


エレノアは口ごもると、目の前の建物をまじまじと見つめた。


――……豪華すぎる……。


これが離れ?え?王都のバッシュ公爵邸ぐらいありますが?離れっていうから、てっきり平屋のこじんまりとした建物を想像していたんですが……。これ、普通の貴族屋敷と比べても遜色ないよね?


しかも、見た目も普通の貴族の邸宅と違い、まるで武家屋敷のように、一階建ての平屋造りという、非常に面白い造りになっている。


「アイザック様より、エレノアお嬢様がこのバッシュ公爵領にお戻りになるとお聞きしまして、本邸の改修と合わせ、こちらも急ぎ手を加えさせて頂きました。なにぶん急ごしらえゆえ、お嬢様のお気に召されるかどうか……」


そう言いながら、しかめっ面のイーサンが眼鏡のフレームを指でクイッと上げる。


「こっちにかける手間を、本邸に集中させれば良かったんじゃないのか?」


皮肉気な口調のクライヴ兄様のお言葉だが、イーサンは顔色一つ変えずに言い放った。


「いえ。そういう訳にはまいりません。なにせこの迎賓館には、王族のみならず、聖女様がご滞在されるのですから。万が一にも不備があってはいけません。お嬢様も当主代行として、ご滞在中少しでも気になる点が御座いましたら、私共に遠慮なく申しつけて下さい」


「はい、分かりました!」


「……はぁ……!?」


……ん?えっ!?ク、クライヴ兄様!足元凍ってる!!何で怒ってるんですか!?


「バッシュ公爵家本邸の家令は、当主代行の姫を本館から追い出しただけではなく、その姫に離れの使い心地を試させようって腹なのか!?」


成程。つまり私を離れ……いや、迎賓館に滞在させるのは、迎賓館のモニタリングも兼ねているって訳ですね。うん、一石二鳥で無駄がない。それに、実際に使用してみるのって大切だもんね。


「クライヴ兄様。イーサンの言う通り、お招きする方々がより快適に過ごせるかどうか、我が身をもって改善するのは、招く側として当然の事です。私、全然気にしませんから!」


ね?だから機嫌直して下さい。という気持ちを込めて、クライヴ兄様の手を握ると、キュッと握り返された。


そんな私達を、何故かもんのすごーーーく、穴が開くかもってレベルでガン見していたイーサンが、まるで肺の中の空気を全て吐き出さんばかりに溜息をつく。そして胸元に手をあてると、ほぼ九十度の角度で深々とお辞儀をした。


「エレノアお嬢様……。なんとご立派なお心構え。今までのお振る舞いやお言葉の数々。そのどれもにこのイーサン、深く感銘を受けまして御座います。まさに我が忠誠を捧げるに相応しきお方。……くっ……!返す返すも、十三年前のあの時が悔やまれます……!」


「え?十三年前?」


「……いえ。何でも御座いません」


咳ばらいをした後、イーサンが指で眼鏡のフレームをクイッと上げる。……これ、動揺した時の癖なのかな?


「ああ勿論、殿下方や聖女様をお迎えする時には、エレノアお嬢様には当主代行として、本邸に移って頂きます。なにせお嬢様は、このバッシュ公爵領を統べる、由緒正しき直系の姫であられるのですから」


「だったら最初からエレノアを本邸に……「さぁ、お嬢様。こちらへ」


クライヴ兄様の圧も皮肉もどこ吹く風といった感じに、イーサンが恭しく私達……というより私を離れ(迎賓館)の中へと誘導する。あっ!背後から冷気と共に「こいつ……。やっぱるか……?」って呟きが!!どうどう、兄様!お願い、堪えて!!


「バッシュ公爵令嬢。我々はこの付近をお調べした後、参ります」


「あっ……宜しくお願いしま……あれ?」


騎士様方の声に振り返ると、何やら違和感が……。な、なんか……。護衛騎士の人数減ってませんか?


というか、バッシュ公爵家側の騎士さん方がいない!?えっ!?あ!ウィルとミアさんも!ど、どこ行っちゃったんだろう!?


「「「「「お帰りなさいませ、お嬢様!」」」」」


戸惑う私に、屋敷の方から元気いっぱいな声がかかる。……あれ?この声……。まさか……。


「えっ!?み、みんな!?ど、どうしてここにいるの!?」


見れば案の定。王都のバッシュ公爵邸で馴染みの皆さん召使達が、ビシッと使用人服に身を包み、私達を出迎えてくれていた。その中にはしっかり、ウィルとミアさんがいて……ってか貴方達、いつの間にここ来たんですか!?



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何気に色々、「あれっ?!」な感じで御座います(^^)

ちなみに迎賓館のイメージは、和モダンです。

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