第256話 別に怒っていませんよ?

『うわぁ……!美少女だなぁ……!』


エレノアは少女の姿を見ながら、心の中で感嘆の声を上げた。


腰まであるサラサラのストレートヘアは、薄いアイボリー。瑞々しい杏の様な瞳を潤ませ、儚げに立っているその姿は、たおやかで清楚なユリのようだ。


『でもこの人、一体誰なんだろう?』


イーサンとのやり取りに気を取られて分からなかったけど、どうやらこの少女、イーサンの後方に控えていたようだ。しかも騎士達や使用人達の前方に立っていたって事は……。ひょっとして貴族なのかな?


「ゾラ男爵令嬢。お引きなさい。貴女が出張る事ではありません。しかもお嬢様の許可無く、勝手に声を上げるとは……」


「でもっ!わ、私の所為なのに……。黙っている事なんて出来ません!!」


――ゾラ男爵令嬢!?じゃあこの人が、今現在バッシュ公爵家本邸を管理しているっていう、ゾラ男爵の娘さん?


「フローレンス!イーサン様の仰る通りです!」


「でも、お母様!」


お母様?って事は、彼女がゾラ男爵夫人か。娘さんに生き写しの、これまた滅多に見ない美女だなぁ。


「ほぉ……。ゾラ男爵令嬢」


「は、はいっ!」


クライヴ兄様に名前を呼ばれた途端、フローレンス様は顔を赤らめさせ、視線を合わせる。


「自分が悪い……と仰られていたな。ではその理由を、我々に是非お聞かせ願おうか」


「えっ!?あ、あの……」


クライヴ兄様の冷たい視線に晒され、フローレンス様の身体がビクリと竦む。しかも表情にも、どんどん戸惑いの色が浮かんでくる。


「クライヴ兄様、落ち着いて下さい!あのっ、初めましてフローレンス様。お手数ですが、何でそうなったのか詳しい説明を……」


「ひっ……!」


クライヴ兄様にこれ以上追及させないよう、まずは直接フローレンス様に理由を聞こうと近寄った私に対し、彼女は真っ青な顔をしながら口元を両手で覆った。え?ひょっとして、叫びそうになって口を押さえた?私、怯えられている?


「フローレンス様!!」


その時だった。彼女の後方に控えていたバッシュ公爵家の騎士達が、まるで私から彼女を守るように、私に向かって立ち塞がったのだ。


『え!?』


突然の事態に、思わず戸惑ってしまう。


だがそれだけでは終わらず、目にも止まらぬ早さで私の前へとやって来た騎士達が、私を背に守るように、フローレンス様側の騎士達と対峙したのだった。


「クリス!?」


「団長……!あんた、何やってんだよ!血迷ったか!?」


「副団長~!こいつら、やっちゃいますぅ~!?」


副団長って……。あれ?この人達もバッシュ公爵家の騎士なの……?


まさかの「バッシュ公爵家騎士Vsバッシュ公爵家騎士」の対図に呆気に取られている私の目に、やはり戸惑った様子のフローレンス様の姿が映る。


「……エレノア様の御前にて、なんたる醜態を……!お前達。双方下がりなさい!!」


投げかけられた、鋭く冷ややかな声に、あちら側とこちら側の騎士達が一斉に引き下がった。そしてその場に膝を着き、私に向かって頭を垂れる。


そんな彼らを、イーサンが青筋をいくつも浮かび上がらせながら睨み付けている。その表情は言うなれば般若。まさに怒り心頭といった様子だ。


「……まあ、ヒル副団長。貴方がたは合格です。問題はクラーク騎士団長、貴方ですよ。よりにもよって、エレノアお嬢様に対峙するなど……。いつから貴方とその部下達は、ゾラ男爵家の私兵に成り下がったのですか?」


「いっ、いえっ!!わ、我々は……!!」


「言い訳は結構です。クラーク騎士団長以下、無礼を働いた者達は全て、エレノアお嬢様のご滞在中は謹慎処分とし、更にバッシュ公爵家の騎士の任を解きます。そのうえで、正式な沙汰は御当主であるアイザック様より下して頂きましょう。……ヒル副団長に感謝するのですね。彼が出なければ、今頃貴方がたはあの方々・・・・によって、血祭りにあげられていたでしょうから」


チラリとイーサンが見つめた視線の先には、クライヴ兄様と護衛騎士達が……ひぃぃっ!!凄まじい殺気を放ってたー!!しかも抜刀寸前でしたー!!団長さん達やその他の騎士さん達も、兄様達を見て顔を強張らせている。


ま、まあでも、イーサンの言う通りだ。いくら私が何かしようとしたからって(しませんけど!)、仮にもその家に仕える騎士が、よりにもよって当主の娘に敵意を向けるのは、アウトなんてものではない。護衛騎士達や婚約者に制裁されても文句は言えないレベルだろう。


うん、そんな事にならなくて本当に良かった。副団長さん、グッジョブ!!


――……にしてもだ。


話しかけただけで、騎士達が話しかけられた側を守ろうとするなんて。過去の私、どんだけ酷い我儘令嬢だったんだろう。ちょっと……いや、だいぶへこむなぁ……。


「それにしてもクラーク。貴方のその軽率な態度が、ゾラ男爵令嬢への不利に働くと、想像出来なかったのですか?全くもって、情けない限りですね。私だったら……」


その後に言葉は続かなかったが、微かに動いた唇の動き……。あれは……『もっと上手くやる』……?


――ッ!!ひ、ひょっとしてイーサン、フローレンス様の事を……!?


鋭い叱責と馬鹿にしたような口調に、クラークと呼ばれた騎士団長は思わずイーサンを睨み付け、そのまま激しく目と目で火花を散らす。


うん、間違いない。この二人、ライバル関係なんだ!おおっ!リアルアオハル劇場!!


「あっ、あのっ!申し訳ありません、エレノアお嬢様!わ、私と母は、知らずにお嬢様の御為に作られたお部屋を使用してしまったのです!それでお部屋の全ての模様替えに時間がかかってしまって……。騎士様方は、私がその事でお嬢様に叱責されると思い、このような事を……!騎士様方は悪くないんです!!責められるのも罰を与えられるのも、私一人に……どうか……!」


「いいえ、フローレンス様!これは私が勝手に行動した事。貴女様に咎など……!」


「でも……!!」


……あれ?この流れ……ひょっとして私が、離れに泊まる事に対して怒っているって思ってるのかな?そんでもって、フローレンス様に対して何か罰を下すかもって考えてる?いやいやいや、何でそうなるんですか!?やりませんて、そんな事!


そんな彼らのやり取りに対し、クライヴ兄様を筆頭に、ウィル達がめっちゃ冷たい視線を向けているのが分かる。


え?何で分かるのかって?だってその余波で私の身体、クライヴ兄様側と背中がめっちゃ冷えているんだもん。いや、比喩表現じゃなくて物理的に。


これ、あれだ。クライヴ兄様とウィルの水(氷?)と風の魔力が合わさって、冷風機みたいになっているんだわ。まさに人間クーラー。常夏のバカンス地に一緒に行くのに、最高な人材かもしれない。


――いや、だからそうじゃなくて!


「……えっと……。私、別に怒っていませんよ?」


「え!?」


「は!?」


お互いに「自分が悪い」と言い合っていたフローレンス様と騎士団長さんが、目を丸くしてこちらを振り返った。



===============



男爵令嬢、騎士団長、共にアウトです。特に騎士団長。かなり染められている模様。

そして、エレノアの傍にいた婚約者がクライヴ兄様で良かった……。例のお方がいたら、全員瞬殺(黒焦げ)決定でしたね。(こわっ!)

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