第254話 バッシュ公爵家本邸到着
休憩の後、出発したスレイプニル達は……速かった。
どれぐらい速かったのかというと、馬車から見える景色があっという間に変わるぐらいに速かったのだ。新幹線並み……は大げさとして、電車並みには速かった。しかもノンストップだから急行電車である。
ちなみに護衛騎士さん方の馬はというと……。これまた速かった。
元々護衛騎士さん達の馬は、スレイプニルと並走出来るように、
それでも今のスレイプニル達の速さと馬力には、通常だったら着いていけなかったそうなのだが、実は彼らも私の生やした雑草を食べ、超ハイテンションになっているらしく、騎士さん達やクライヴ兄様もビックリするぐらいにピッタリと並走しているのだ。
「今回は吉と出たが、あんまり得体の知れないものを食わせるな!」
そう言ってクライヴ兄様には叱られてしまったが、でもちょっと待って欲しい。
馬達、私の生やした雑草を嬉しそうに食べているスレイプニル達を、羨ましそうにジーーッと見つめ、しかも悲しそうに
案の定、彼らのいる地面にぺんぺん草を咲かせたら、一心不乱に食べていた。そしてお礼なのか、物凄い勢いで馬面を摺り寄せてきて、そのままもみくちゃにされかけました。
ミアさんが慌ててお化粧直ししてくれたけど……ひょっとして兄様、その事も含めて怒っているのかな?
そんなこんなを回想している内に、段々と周囲の景色が変わってくる。
一面に広がる麦畑。そしてあちらこちらに点在する果樹園。遠くには青々とした牧草地が広がり、なにやら沢山の小さな点々が……あ!あれってもしや羊では!?
「バッシュ公爵領に入ったな」
クライヴ兄様の言葉を機に、飛ぶように走っていたスレイプニル達の歩みが緩やかなものへと変わった。お陰で景色を十二分に堪能できるようになった私のテンションは、ただいまMAXである。
いいなぁ……このどこまで行ってものどかな風景。年取ったら、バッシュ公爵領に引っ込んでスローライフしたいなぁ……。
そうこうしている内に、畑や牧草地だけだった風景に、民家がチラホラ見え出した。
まるでイギリスの田舎町で見かけるように、レトロで中世ヨーロッパ風な家々。それが段々と増えていく。
そして丘を登ったところで目にしたのは、白い城壁に囲まれた中世ヨーロッパ風の美しい町並みだった。
そして更にその街並みの向こうには、小高い丘の上、町を見下ろすようにお城のような……ではなく、まさにお城が聳え立っていたのだった。
当然ではあるが、王都のバッシュ公爵家よりも更に大きい。外観的に言うと、前世でいつか行ってみたいと胸躍らせながら検索していたイギリスのアランデル城のような……。いや、それよりもアンバーリー城に近いかな?
それに聳え立つとは言っても、縦にではなく横に長い感じで、威圧感もあまり感じない。むしろ街並みや風景に溶け込んでいて、『見守っている』って雰囲気だ。なんかバッシュ公爵領ならではのお城……って感じだね。
そうこうしている内に、城門に到着する。門兵は事前に知らされていたのか、私達を止める事もせず、すんなりと中へ入れてくれた。
町の人々は皆、突然現れたスレイプニルの馬車と護衛騎士達に驚いているようで、めっちゃ注目されてしまっている。
そして馬車の家紋に気が付いた人々の顔が次々と笑顔になっていった。中には嬉しそうに手を振る人達の姿も見られる。しかも驚いた事に、この城下町には普通に女性も歩いていたのだ。
「兄様!女の人達がいます!!」
「ああ。このバッシュ公爵領は王国一の治安を誇っているからな。そして土地柄か、出生率もずば抜けて高い。だからああして女性達も気軽に外に出てるんだ。王都や他の領地では考えられねぇよな」
へぇ、そうなんだ。あ!小さい子供連れの親子が手を振ってる。
嬉しくなって、私も笑顔で手を振ったら、何故か父親とおぼしき人やその周囲にいた人達が手を振った状態で真っ赤になってフリーズしていた。そして子供がそれを不思議そうに見ている。
「エレノア、あんまり愛想振りまくな。今回は顔バレは極力避けたいからな」
いや、愛想振りまいている訳では……。と思いつつも、クライヴ兄様の指示に大人しく従う。確かに今回は領地視察ではなく、修行の為の帰省だし、あんまり注目浴びるのは不味いだろう。
「あっ!エレノアお嬢様!獣人達がいます!」
「えっ!?」
ミアさんの言葉に再び窓に貼り付くと、そこには可愛いウサミミとネコミミをピルピルさせ、こっちに向かって元気いっぱいに手を振っている獣人親子達が……!!あああっ!チビケモー!!
思わず全力で、思いっきり手を振り返した私の脳天に、クライヴ兄様の鉄拳制裁が炸裂したのだった。
◇◇◇◇
「……来ましたね」
大門の向こう側に、小さく見えて来た馬車に目をやりながら、バッシュ公爵家当主アイザックにより、本邸の管理を一手に任されたとされた男が、細い銀縁の眼鏡をクイッと指で持ち上げ、呟く。
――イーサン・ホール。
年の頃は四十半ば。肩下まで伸ばした黒髪を、まるで夜会巻きのように後頭部でひとくくりにした、整ってはいるがいかにもインテリ然とした神経質そうな顔をしている男だ。三白眼の鋭いアッシュグレーの瞳が、その酷薄そうな表情をよりいっそう際立たせている。
スラリとした体躯にキッチリとした執事服を隙なく着こんだその堂々とした姿は、エレノアが見れば、「ジョゼフとはまた違ったタイプの『ザ・執事』!」と称することだろう。
そんな彼は眼鏡が良く似合う、いかにも怜悧で有能そうな表情を不機嫌そうに顰めている。その身に纏う空気はピリリと張り詰めていて、とてもではないがこれから主君の娘を迎える態度には見えない。
それがその後方に控えるフローレンス・ゾラ男爵令嬢を気遣っての事なのか。それともこれから主君の娘に対して行う不敬に対する緊張からなのかは、流石に伺いしれない。
だが、彼の後方に整列した従僕や騎士達は皆その雰囲気にあてられ、一様に緊張の表情を浮かべていた。
やがて馬車と護衛騎士達が正門を抜け、次々とこちらに向かってやってくる。
「あれは……まさか……!」
「スレイプニル……!初めて見た!」
馬車を引いている、八本脚の馬を見た騎士達が一斉に息を呑んだ。滅多にお目にかかれない幻獣の登場に、ざわめきがさざ波のように広がっていく。が、イーサンの鋭い咳払いに、その喧騒はピタリと止んだ。
馬車が整列した使用人達の目の前で静かに停止する。
そうして御者が御者台から降りると、素早くステップを用意する。……そして扉が開かれ、まず降り立ったのは、召使の恰好をしているが、明らかに騎士であろう隙の無い雰囲気と柔和な顔立ちをした青年。そして、真っ白で雪のような髪と赤い瞳……そして、真っ白い兎の耳を持つ、メイド服を身に着けた可憐な獣人の少女であった。
彼等は馬車を降りると扉の左右にそれぞれ別れて控え、深々と頭を垂れた。
それに倣い、イーサンを含めた使用人達全員が一斉に頭を垂れる。
カッ……。
ステップに降り立つ音と共に、その場にいる者達へと静かに声がかかった。
「顔を上げろ。俺もエレノアも、そういう仰々しい出迎えは好きじゃない」
若々しく、それでいて深みのある声に次々と顔を上げた使用人や騎士達は、総じて息を呑んだ。
沈み掛けの太陽の光を受けながらも、眩いばかりに煌めく銀色の髪。パラリと下ろされた前髪の間からこちらを見つめる、晴れ渡る青空のようなスカイ・ブルーの瞳。隙なく着こまれた、軍服のような仕様の貴族の正装。その体躯は、熟練の騎士に比べても遜色ない程に均整の取れたもので、精悍な美貌は同性の目から見ても、思わず溜息が漏れる程に美しかった。
「あれが……。『ドラゴン殺しの英雄』グラント・オルセン将軍の御子息……。クライヴ・オルセン子爵令息か……!」
騎士の誰かがそう呟いた。
――グラント・オルセン。
元は一介の平民であったにもかかわらず、その類稀な戦闘能力と剛腕で、アルバ王国の英雄となり、現アルバ王国騎士団を統べる将軍の地位にまで昇りつめた男。
武の者であるのなら、憧れずにはおれない強者だ。
その彼の容姿、能力全てを受け継いだとされる息子の登場に、騎士達は全員色めき立った。
そして、クライヴにエスコートされ、地面に降り立った少女の姿を目にした瞬間、一同は、先程クライヴを見た時以上の衝撃を受けた。
艶やかに波打つヘーゼルブロンド。インペリアルトパーズのようにキラキラと輝く黄褐色の瞳。健康的なバラ色の頬。
……まるで妖精のような愛らしい容姿をした少女は、その場に佇む召使い達や騎士達を前に、形の良い薄桃色の唇を綻ばせ、咲き誇る花のように微笑んだ。
「皆様、お久し振りです。エレノア・バッシュ、只今到着致しました。これから暫くの間お世話になります。そしてこのバッシュ公爵家本邸並び、バッシュ公爵領を守って頂き、有難う御座います。この地を預かる者の娘として、心からの感謝を皆様に捧げさせて頂きます」
鈴の音が鳴る様な、心安らぐ温かい声音でそう挨拶をした少女は、クライヴと繋いでいた手を離すと、居並ぶ者達に向け、まるで流れるような美しい所作でカーテシーを行ったのだった。
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バッシュ公爵領に入って……きました!チビケモミミです(笑)
そして、エレノアを迎え入れる人達に、クライヴ共々、まずは先制カウンターをお見舞いです。
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