第252話 休憩と目の保養
「二頭ともお疲れ様!」
馬車から降りた私が真っ先にした事は、馬車を頑張って引いてくれたスレイプニル達を労う事だった。
オリヴァー兄様が王家からぶんど……いや、貸し出して頂いたスレイプニルは二頭。スレイプニルらしく堂々とした体躯の若いオス達である。
ちなみに名前は敢えてつけていないのだそうだ。
魔獣も幻獣も基本、『名付け』をした相手と主従関係が結ばれる。そして神獣レベルの幻獣であるスレイプニルは、『名付け』を受け入れると、主人やその近しい者以外、決して乗せようとしなくなるからだそうだ。
それを聞いて「えっ!?ひょっとしてスレちゃんとニルちゃんの主人、私って事!?」と、初めて知ったアホな私です。
そういえば、出がけにオリヴァー兄様に頼まれて「スレちゃん、ニルちゃん。オリヴァー兄様とセドリックをお願いね!」って二頭に挨拶してきたんだった。
あれって主人である私に「ちゃんと二人を乗せて来てね?」って念押しさせたんだな。成程。
私の言葉を受け、スレイプニル達は嬉しそうに嘶きながら私に顔を摺り寄せてくる。スレちゃんとニルちゃんもそうだけど、スレイプニルって幻獣のわりにめっちゃ人懐っこいよね。
そういえば私がバッシュ公爵邸から出立する時、悲しそうな嘶きが小さく聞こえて来た気がしたんだけど……。あれまさか、スレちゃんとニルちゃんだったりして?
「ふふ……。あの子達にバッシュ公爵領で会ったら、新鮮なお野菜たっぷりあげよう!」
微笑ましそうに笑いながら、よしよしとスレイプニルの顔を撫でてあげていた私は、後方でクライヴ兄様とウィルがこちらを見ながら「……相変わらず、エレノアお嬢様の動物タラシ力は凄まじいですね……」「ああ。あの癖のある馬どもを、ああもアッサリ手懐けるとは……」と話し合っていた事に気が付かなかった。
実はこのスレイプニル。幻獣だけあってめっちゃプライドが高く、乙女には懐きやすい
「あ、そうだ!はい、これ。良かったらどうぞ?」
私は二頭の周囲の地面に向かって手を翳す。
するとそこから、ぺんぺん草やタンポポを筆頭に、安定の野花がポンポンポンと勢いよく生えてきた。
途端、スレイプニル達は目の色を変えると、生えた野花を一心不乱に食べ出したのだった。
実はバッシュ公爵家の庭に生やしてしまい、私が責任をもって大量に引っこ抜いたぺんぺん草だが、庭師が馬屋の傍に纏めて置いておいた所、スレちゃんとニルちゃんが何故か興奮しだし、柵を破壊。そのままぺんぺん草にまっしぐらに向かって行くなり、瞬く間にたいらげてしまったのだそうだ。
しかも驚くべき事に、その日は全く餌を食べなかったのだそうだ。
グラント父様いわく「スレイプニルは魔力を帯びたものを好む。だからエレノアが魔力を使って咲かせた花(?)に反応したんだろ」との事だった。
だからこの子達も食べるかな……?って思って試してみたんだけど、どうやら大当たりだったようだ。
しかも物凄く喜んで食べている。どうやら気に入ってくれたようだ。
「へぇ……。やっぱり食ったか。うちの奴らと同じだな」
「はい、兄様。……なんか役に立てているみたいで嬉しいです!」
ただ雑草を生やして庭園を破壊するだけじゃなく、こうして動物の餌として有効活用出来るなら、案外この能力もアリなのではないだろうか。
例えば牧草を一気に生やして売るとか……。その中に色々雑草が混ざっていても、雑穀米ならぬ雑牧草というブランドとして売れば問題ない……筈。
「まあ、そういう事も含めて、バッシュ公爵領では色々試してみような」
「はいっ!」
丁度その時、お茶の支度が出来たのか、ミアさんが私達を呼びに来る。
私とクライヴ兄様は湖の方へと歩いていき、湖が一望できる絶好のポイントに敷かれたシートの上へと腰を降ろした。
「どうぞ、お嬢様」
「ありがとうウィル」
「エレノアお嬢様、お茶菓子も御座いますからね」
「ありがとう、ミアさん!」
ウィルに手渡されたカップを手に取り、少しだけ甘い後味薫るフルーツティーを喉に流し込む。ふぅ……。生き返る!
ついでに、ミアさんから差し出されたお皿に盛られたクッキーにも手を伸ばす。サクサクとしたクッキーを頬張りながら、再び紅茶を一口……。ああっ、至福!!
爽やかな風が頬をくすぐり、瑞々しい草花の香りと鳥のさえずりに心癒され、私は目を細めた。
「気持ち良いですねぇ……クライヴ兄様」
「ああ、そうだな」
前方を見れば、バッシュ公爵家と王宮から選抜された護衛騎士達の姿が目に飛び込んで来た。
ビシッとキメた騎士服の胸元を寛げ、木に凭れ掛かってお茶を飲む者、他愛ない雑談を交わしている者、草原に腰を降ろし、風景に魅入っている者……。
思い思いに寛ぐ彼らの姿は、制服萌えという沼を持つ私にとって、まさに眼福そのものである。しかも全員がイケメン……。まさに神スチル!これを萌えと言わずしてなんとする!という訳で、思わず合掌!
「……お前、何やってんだ?」
寛ぎの騎士達を思わずガン見していた私に、クライヴ兄様のドスの効いた声がかかった。あっ、ヤバい!
「い、いえっ!皆さんに「お疲れ様です!」の念を送っておりました!」
「ほぉ……。俺には締まりのねぇ顔で見惚れていたように見えたんだがな?」
ううっ!に、兄様鋭い!しかもめっちゃ不機嫌!……くっ、かくなるうえは!
「た、確かに騎士様方カッコいいなぁと思っておりましたが、クライヴ兄様が一番カッコいいです!私の中では別格です!!」
キリッとしたドヤ顔でそう言い切ると、クライヴ兄様が更にジト目になった。
「お前って奴は……。そう言ってりゃあ、俺の機嫌が直るとでも思ってんのか?」
「あっ!やめっ!やめてくだひゃい!!」
そのままほっぺをツンツンつついたり、ムニムニしたりするクライヴ兄様に対して悲鳴を上げる。ち、違います、兄様!今言ったのは紛れもなく真実で……ああっ!ほっぺた左右に引っ張るのやめてー!!
「ああ……。姫騎士様。今日もなんと愛らしい……!」
「ううっ!エレノアお嬢様の護衛騎士として参じる事が出来るとは……!子々孫々に語り継ぐべき栄誉!!」
「護衛騎士の任、勝ち取れて本当に良かったよなー!」
「貴殿らもか!実は我らも、王宮騎士団内の血みどろの修羅場をくぐり抜けて来たのだ。それだけでも僥倖だというのに、なんとも可愛らしいメイドさんのご奉仕というオマケ付き……!」
「本当に素晴らしいですよね!真面目にここは天国かな!?」
「女神様、有難う御座います!!」
エレノアがクライヴと戯れているのを好機と、今度は一斉に、王宮騎士達とバッシュ公爵家の護衛騎士達が揃ってエレノアをウットリとガン見する。
ちなみに彼らは、エレノアが自分達を見ている事にちゃんと気付いていて、さり気に自分が一番カッコよく見えるポーズや角度を取っていたのである。
このようにアルバの男とは、いついかなる時でも女子に対するアピールを瞬時に、かつナチュラルに行える民族なのであった。
「そういえばエレノア。お前に言っていなかったが、今現在バッシュ公爵家本邸を管理しているのは、東の地方領主をしているゾラ男爵家だ」
「ゾラ男爵家ですか」
「ああ。地方領主の中では新興勢力だが、中々のやり手だと聞いているな」
父様のように領土持ちなうえ、王宮で何らかのお役を頂いている貴族達の多くは、領内の下級貴族達を『地方領主』として据えて、それぞれに領地を管理させている。前世で言えば、県内の各市町村に市長や町長を置くようなものかな?
そしてその中でも特に信認の厚い貴族家に、交代で本邸の管理を任せているのだそうだ。
「ゾラ男爵には確か娘が一人いた筈だから、到着したら会えるかもしれないな」
「娘さん……ですか?」
「ああ。確かかなり評判の良い娘だと聞いた。ひょっとしたら、お前と良い友人になれるかもしれんぞ?」
「友人に……」
なんだそれ、素晴らしいじゃないか!
ケモミミパラダイスに加え、女の子の友人が出来るかもなんて。
「兄様!私、凄く楽しみです!」
「そうか。だが、修行もちゃんとするんだぞ?」
「うっ……そ、そうでした……」
「……お前。バッシュ公爵領に行く目的、忘れていただろ」
私は再びジト目になったクライヴ兄様の胸に抱き着いた。こういう時は甘えて誤魔化すに限る。
「……ったく、お前って奴は……」
呆れたようにそう呟きながらも、クライヴ兄様の声はとても優しく甘い。髪を撫でてくれる手の気持ち良さに、私はうっとりとしながら目を閉じた。
◇◇◇◇
「どういう事だ!?クラーク団長!!」
その頃。バッシュ公爵領本邸の敷地内にある騎士団本部。その団長室では、騎士団長のジャノウ・クラークと、副団長のクリストファー・ヒルが、剣呑とした空気の中、睨み合っていたのだった。
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制服をビシッと着こなす人って、格好いいですよね!
エレノア印の雑草入り牧草。将来的にバッシュ公爵領の名産になったら面白いかもしれません。
そして最後の方で、ちょっとフラグが立ちました。
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