第251話 スレイプニル
「エレノア。もうバッシュ公爵領まで半分を切ったぞ」
「もうですか!?まだ三時間ほどしか経っていないと思ったのですが……。流石は『スレイプニル』ですね!」
あ、『スレイプニル』とは青みがかった強靭で大柄な体躯と八本脚を持つ馬である。
一見魔獣と思われがちだが、実は
一日で千里を駆けるとも言われるその俊足と、一頭で巨大な馬車を軽々と引き走るその怪力から、古来より王家の軍馬として名を馳せているスレイプニル。
今回私達は、そのスレイプニルが引く馬車に乗って、バッシュ公爵領へと向かっているのである。
以前、クロス伯爵領に行った時は普通の馬車だったけれども、時間短縮の為に途中まではメル父様の作ってくださった転移門を使用したのである。
お陰で一日もかからずクロス伯爵領に行く事が出来たけど、普通は三日以上はかかる距離だったんだそうだ。
あ、でもこれ『馬車で移動したら』って話で、騎士が軍馬を使えば普通に一日半程で移動出来るらしい。いや、それも『アルバ王国の騎士だったら』って台詞が付け加えられるらしいんだけどね。
流石は顔面偏差値も含め、あらゆる面でDNAを高め続ける男達……全くもって完敗です。
ちなみにバッシュ公爵領は、王都寄りとはいえクロス伯爵領の隣の領地だから、大体馬車で二日はかかる。
でもこの調子なら、半日もかからずバッシュ公爵領に着けそうだ。しかも転移門も使わずに……。どれだけスレイプニルの身体能力が高いかが伺い知れるってもんです。
でもこのスレイプニル。個体数も少なく、また捕えるのも非常に難しい為、王家から貴族に与える褒賞にもされている程希少な馬なのだ。
かくいう我がバッシュ家も公爵に陞爵した際、王家より二頭のスレイプニルを賜っていたりするのだ。
名前は私が付けても良いと父様が仰った為、頑張って考え、『スレ』と『ニル』と名を付けた。
「分かり易くて良い名前だねー!」
「ねー!良いでしょ!?」
後で聞いた話によれば、セドリックと一緒にキャッキャウフフとはしゃいでいた私を、父様方や兄様方、果ては使用人達が全員、生温かい目で見つめていたらしい。
そして下賜されたとは言うものの、一応王家預かりの軍馬という事で名を登録する義務があったらしく、後日リアムが「あの名前つけたのエレノアだろ!?ありえねぇー!!」って言いながら爆笑してくれやがっ……いや、爆笑していたっけ。フッ……。懐かしいわ!
「クライヴ兄様。スレちゃんとニルちゃんって、そんなに変な名前ですか?」
「変というより、安直過ぎる。そういやこいつの名前もピーピー鳴くから『ぴぃ』だもんな」
そう言いながら、クライヴ兄様が胸元のボンボンを指でつつく。するとボンボンから小さくピィピィ鳴く声が聞こえてきた。どうやら抗議しているようだ。
実はバッシュ公爵領に私が行く事になった後、リアムから「これ、俺達が行くまでお守りで持ってろ。何かあったらすぐ連絡しろよ!?」って言って、ぴぃちゃんを渡されたのだった。
「……あのさ、リアム。ぴぃちゃん貴方のじゃなくて、マテオのだよね?なに自分のもののように私に渡してるの?」
しかもマテオのライバルである私に勝手に渡すなんて。きっとマテオ、今頃怒り心頭だよ。折角最近割と仲良くしてるのに、また敵視されるようになったらどーしてくれるんだ!?
「大丈夫だ!マテオも了解している!」
「え!?」
思わず確認する様に、リアムの後方に控えていたマテオの方へと視線をやると、小さく頷いていた。……何故!?
あ、そうそう!ついでに言うと、この馬車を引いてくれているスレイプニル達ですが、うちのスレちゃんとニルちゃんではありません。
「あの二頭は、僕とセドリックがバッシュ公爵領に向かう時に使うから」って言って、オリヴァー兄様が殿下方からぶんどり……いえ、快く貸し出して貰った子達です。
あの時「オリヴァー……。君って本当に……」って言いながら、遠い目をしていたアシュル様の顔が忘れられません。本当に御免なさい。
なんか申し訳なさ過ぎて、お詫びとお礼の意味を込めて別れの抱擁の時に頬にキスをしたら、「ああっ!エレノア!!君の為なら、何十頭貸し出しても悔いは無い!!」って頬を染めつつ、蕩けそうな笑顔を浮かべていらっしゃいました。
そんでもって「案外チョロいな」「初恋拗らせた男はこれだから」と、ヒソヒソしていた兄様方にブチ切れ、物凄い罵り合いをしていたっけ……。うん。何だかんだ言ってみんな、仲良いのかもしれない。
私の方はといえば、その後うっかり鼻腔内毛細血管が決壊しそうになったりしたし、他の殿下方から「ズルい!!」とブーイングを喰らって、仕方なく全員の頬にキスする羽目になっちゃって、羞恥のあまりに、結局目を回しちゃったんだけどね。
ついでに帰りの馬車の中で、兄様方やセドリックに恐い笑顔で酸欠寸前になるまでキスされまくったけど……。うう……。アルバの男の愛と嫉妬が深すぎて……辛い!
「さて……と。そろそろ途中休憩にするか」
そう言うと、クライヴ兄様は馬車の窓を開け、スッと手を出す。
すると途端、滑るように走っていた馬車が静かに減速を始め、やがて完全に停止した。
馬車から顔を出してみると、街道から少し離れた所に、キラキラ光る湖面が見えた。どうやらそこで休憩を取ろうという事らしい。
本当は休憩なんてしないで、このままバッシュ公爵領まで行く予定だったらしいんだけど、私が「途中で休憩しましょう」って提案をしたのだ。
だって、体力無尽蔵なスレイプニルと違って、護衛騎士達の馬はちゃんと休ませてあげないと可哀想だからね。
「さて……。疲れていないか?エレノア」
「いいえ、クライヴ兄様」
「ウィル……はいいとして、ミアの方はどうだ?」
「若!私はどうでもいいって、酷くありませんか!?」
「はい、クライヴ様。私は何も問題ありません!」
ミアさんが、クライヴ兄様の問い掛けに、にこやかに返事を返す。ちなみに二人とも、ウィルの抗議を完全無視しているので、私がウィルに肩ポンしときました。
あ、今回馬車には私とクライヴ兄様の他に、ウィルとミアさんも同乗しているのである。何故ならスレイプニルの馬車は一台だけだし、そもそも六人は余裕で乗れるぐらい広いからだ。
あ、ミアさんの耳がピルピル踊っている。最初は「わ、私なんかがこのような素晴らしい馬車に同乗など……恐れ多いです!」って恐縮していたけど、どうやらしっかり旅を満喫してくれていたようだ。良かった良かった。
「さ、お嬢様。お手をどうぞ?」
先に馬車を降りたクライヴ兄様が茶化すようにそう言うと、恭しく私の手を取り、馬車から降ろしてくれた。
言っておくが、クライヴ兄様の今の恰好は執事服ではない。れっきとした貴族の正装服を身に着けているのだ。
濃紺と白を基調とした一見軍服にも似た正装は、ついうっかりその美しさに目が潰れそうになった程、凛々しくて格好いい。……いや、神々しいと言っても過言ではない。視覚の暴力、どうもご馳走さまです!
ちなみに何故兄様が正装を身に纏っているのかといえば、今回の領地への帰省は私の『婚約者』のお披露目も兼ねているからである。
なので当然、私も気合を入れたドレス姿である。でもクライヴ兄様の色を主に使わず、若草色を基調とし、白いレースを花のようにあしらったバッスルラインのドレスを着用している。
髪の毛はそのまま下ろした状態で、サイドを緩く編み込んで後方に流し、白いレースと小花の飾りで留めている。動くとその小花の飾りが躍る様に動いてとても可愛らしいと、ミアさんからは絶賛されていて、ちょっと嬉しい。
勿論、オリヴァー兄様とセドリックが到着したら、三人の色をちゃんと使ったドレスを着る予定でいますとも。
そして実は今回、聖女様のたってのお願いで、リアムとディーさんの色をさり気なく使ったドレスも着用する予定なのである。
兄様方やセドリック、なんだかんだいってあの二人にはあまり強く出れないらしく、二人の色を私が纏う事に対して異議申し立てはしなかったそうだ。
「お披露目の本当の主役は主家の姫であるお前なんだから、俺は別に何の服着ても良かったんだがな。まぁ、せいぜいお前を引き立てる為のお飾りとして、気合を入れて着飾ってやるさ」
……なんて、男前な発言をされるクライヴ兄様。
いや、待って下さい兄様。兄様が気合入れて着飾ったら、引き立て役になるのは確実に私の方だと思いますよ?己の人外レベルな顔面偏差値、ちゃんと分かってんですかね!?
そんな事を言ったら、クライヴ兄様は私の髪を一房手に取ると、恭しく口付けを落した。
「俺にとって、お前以上の女はこの世に存在しない」
ボフンと顔から火を噴いた。
こ、こんな大自然の真っただ中で、アルバ男の本領発揮しないで下さい!!
どうやらクライヴ兄様、しっかり旅の解放感に浮かれているようである。
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エレノアの名付けが安直なのは、ぴぃちゃんにだけではなかった模様。
そしてクライヴ兄様も攻めます!……が、ウィルとミアさんが同乗しているのは、「二人きりにさせてなるものか!」との、他の婚約者達全員のゴリ押しゆえですv
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