第十五章 大地の聖女【バッシュ公爵領編】
第250話 バッシュ公爵領へ
――……一時間後。
私達子供組は、オリヴァー兄様とアシュル様の、心を抉りまくるお説教と正座し続けた結果の足の痺れによるダメージにより、畳の上で倒れ果てていた。そして何故か殿下方や兄様方も全員、靴を脱いで畳の上で寛いでいたりする。
あ、ちなみに私はというと、正確には畳の上ではなく、胡坐をかいた(超レア映像!)オリヴァー兄様に膝枕されている状態だ。
そしてたまにクライヴ兄様に足をつつかれて悲鳴を上げている。他の殿下方も面白がってリアムやセドリックの痺れた足をつついて悲鳴を上げさせて遊んでいたりする。……あの~……止めて上げてくれませんかね?え?これもお仕置きの一環?はい、そうですか。
「さて、僕達と国王陛下方との会議の結果だけど……。エレノアにはバッシュ公爵領に行ってもらう事になった」
私達を畳に転がしたままの状態で、アシュル様が話し始める。
「えっ!?バッシュ公爵領……ですか!?」
「ああ。今回の事で、中庭と裏庭が使えなくなってしまっただろう?このままでは王宮が大草原になってしまうと訴えが……。いやまあ、それは置いておいて」
「はぁ……」
アシュル殿下が言い淀んだ。きっと庭師の方々から苦情と陳情が殺到したのだろう。
ううう……。皆さん、本当に申し訳ございませんでした。
「宮廷魔法師団に結界を張らせて王宮内で……という話も出たのだが、過去の文献などを解析したところ、どうも『大地の魔力』とはその名の通り、自然界において力を発揮する性質を持った魔力らしいんだ」
ほうほう、成程。だから初っ端から外での修行だったのですね。
「ではバッシュ公爵家で……という話も出たんだけど、一日で王宮内にこれ程の被害……いや、変革をもたらしたんだ。うちでやったらどのような大惨じ……いや、庭師達が驚くだろうと思ってね」
……オリヴァー兄様。
いいんですよ、素直に大惨事になってベンさん達が発狂するって言っちゃっても。
「かといって、王宮やバッシュ公爵家以外の場所で修行するにしても人の目がある。他の貴族達や外国勢力にエレノアの力を知られるのも厄介だ。ならば、国内有数の穀物産地を有するバッシュ公爵領ならば、どれだけ雑草を生やしても目立たな……いや。緑溢れる大地でのびのびと修行が出来るんじゃないかという意見で一致したんだ」
アシュル様……。
常に変わらぬレディーファーストなお気遣い、痛み入ります。
……でも成程。確かにそれは良い考えかもしれない。
それにうちの領土は穀物だけでなく、酪農なんかも盛んだ。万が一タンポポやぺんぺん草を大量に生やしても、きっとヤギや羊達が有難がって食べてくれるに違いない。
アルバの牛馬は……。グルメっぽいから、食べてくれるか微妙だな。
『それにしても、バッシュ公爵領か……』
今の私になってから何だかんだあって、実はまだバッシュ公爵領にはまだ一度も行けていなかったのだ。修行とは言え行く事が出来るのは凄く嬉しい。
――でも、そうするとオリヴァー兄様と暫く離れ離れになってしまうな……。
PTSD(?)を患わっている兄様が、その元凶である私と離れたら、また症状が悪化するんじゃないだろうか?
「オリヴァー兄様……」
不安そうに兄様の名を呼んだ後、兄様の膝の上から少しだけ上半身を起こし、ギュッと抱き着く。
「エレノア?」
「……兄様と離れるのは(兄様のメンタルが)不安です……」
いや勿論、純粋に大好きな兄様と離れるのも嫌なんだけどね。
「――ッ!エレノア……!!」
「ひゃっ!」
途端、身体が物凄い勢いで抱き上げられ、そのまま思いっきり抱き締められる。
「ああ……!僕の愛しいエレノア!大丈夫だ。君を何日も一人でなんていさせないとも!!後任の生徒会役員に引継ぎをさせたら、すぐにでも駆け付けるからね!!」
「おい、待てやオリヴァー。エレノア一人じゃなくて、俺も一緒に行くんだっての!」というクライヴ兄様の声もまるで聞こえないかのように、オリヴァー兄様は私を幸せそうに抱き締めながら、何度も頬に口付けを落す。
終いには「いい加減にしろ!!」と、全員からツッコミを受けた挙句、クライヴ兄様に私をむしり取られたオリヴァー兄様です。
「さて、話を元に戻すとしようか。……まあ、バッシュ公爵領にした理由は、もう一つあるんだ。ほら、バッシュ公爵領は移民の獣人達を最優先で受け入れてもいるだろう?」
あ、そういえばそうだった!
「それなら、獣人王国とのやり取りで重大な役割を果たした君が、領土の療養と視察を兼ねて訪れたとしても不自然ではないだろうって話になったんだよ」
そう。実は草食系獣人の多くは労働階級だった。しかも農家や酪農に従事していた人達が多かった為、王家や重鎮の方々が話し合いを行った結果、まずはお試しとして、バッシュ公爵領に移住させてみたのである。
けどその事によって、アイザック父様が「ズルい!抜け駆けだ!」「自分はもう獣人メイドを雇っているくせに!」と、他の臣下や貴族達から散々突き上げを喰らったのだそうな。
なんでも、今回移住した獣人の大半が可愛いウサギ獣人だったそうで、侍女・従者として召し上げたかった貴族達が不満たらたらだったとの事。父様もそんなの「知らんがな!」って感じだったろう。ドンマイ!父様。
でも移住した獣人さん達はというと、温暖な気候と優しい領民達。そして働き甲斐のある仕事を得て、今とても幸せだそうで、「ずっとここに住みたいです!」と口々に言いながら、日々楽しくお仕事に励んでいるらしい。
うん、大いに結構な事だ。ついでに領民達とロマンスが生まれ、チビウサミミを大量生産して下されば、なお嬉しい。
そういえば「エレノアお嬢様!私の両親や兄弟達も、バッシュ公爵領で働いておりますのよ!この間、物凄く良くして頂いているって、父から手紙が来ました!」って、ミアさんが嬉しそうに報告してくれてたっけ。
私がバッシュ公爵領に行けば、当然専属メイドのミアさんも一緒に行く事になるから、久し振りに親兄弟と水入らずで過ごせるだろう。ミアさんにとっては、いわば里帰りのようなものだもんね。この事を知ったら喜ぶだろうな。
……あ、そうだ!里帰りのついでに私も紹介して貰って、兄弟姉妹か親戚のチビウサミミと触れ合いを……いやいや、いかん。目的はそれじゃなくて修行だから!
「さて、エレノアと同行する者達だけど、まずはクライヴとウィル、他数名が同行する。僕とセドリックは学院があるから、長期連休に入った後で追い掛けるよ」
「そんで後日、リアムとお袋が視察がてらバッシュ公爵領に遊びに行く。んでもって俺はその護衛に付く……って寸法だ!」
オリヴァー兄様からの話を続けた後、そう締めくくったディーさんがニカッと笑った。
そうか。初の移民モデルケースの視察って感じですね。リアムとセドリック仲良いから、遊びに行くって体も取れるし……あれ?アシュル様とフィン様はどうするのかな?
「僕は王太子だからね。そうそう王宮をあける訳にはいかないんだよ……」
「僕は表向き、バッシュ公爵家と接点無いし、不自然だから留守番だって!」
「ま、当然ですね。アシュル殿下はご公務を。フィンレー殿下は体力作りをそれぞれ頑張って下さい」
アシュル様とフィン様が、ジト目でオリヴァー兄様を睨み付ける。オリヴァー兄様!わざわざお二人を煽らないで下さい!!
最も長期休暇の半分は、王宮内で修行する事になっているんだって。というか、そうなるようにアシュル様とフィン様がゴリ押ししたらしい。それぞれの父親も援護に加わったとか。……う、うん。皆様にバッシュ公爵領からお土産、沢山持って帰りますね。
かくして数日が経ち、私達がバッシュ公爵領へと向かう日がやって来た。
「エレノア!僕達がいなくて寂しいだろうけど、心を強くして耐えるんだよ!?後任の生徒会役員に仕事を押し付け……いや、引継ぎを終わらせたら、すぐに飛んでいくからね!」
「は、はいっ!オリヴァー兄様。一日でも早いお越しをお待ちしております!」
「ああっ!エレノア……!!」
「エレノア!暫く会えないけど元気で!!僕も終業式が済んだらそのまま飛んでいくから!!」
「うん!待っているからねセドリック。寂しいから早く来てね?」
「勿論だよ!僕のエレノア!!」
別れを惜しんだオリヴァー兄様とセドリックから、熱い抱擁とキスの嵐を受け、ついでに私の方からも羞恥を抑えつつキスをして、感激した彼らから、またキスと抱擁の嵐を……と、無限ループになりかかった時、「……ねぇ君達。少しは義父への遠慮ってもんを持ってくれない?」と、アイザック父様が恨みがましい顔でストップをかけてくれた。ありがとう、父様!
あ、メル父様とグラント父様は、収拾がつかなくなるって理由で父様が出禁にしたそうです。物凄いブーイングだったって言っていたけど、父様大丈夫かな?後で苛められたりしないかな?
「父様も……。暫くお会い出来ませんがお元気で!お手紙書きます!」
「ああ。僕の可愛いエレノア!修行なんて二の次で、領地をうんと堪能してきなさい!」
「いや、それはいかんでしょ」と心の中で汗を流しつつ、アイザック父様と別れの抱擁を交わした後、私はクライヴ兄様、ウィル、ミアさん、そして数名の召使達や護衛の方々と共に、バッシュ公爵領目指して出発したのだった。
――修行の為とはいえ、エレノアが『私』になって初めて訪れるバッシュ公爵領。
のんびり穏やかな田舎に行くような心持ちでいた私は、色々な問題が手ぐすね引いて待っている事も知らず、「どうせなら稲に似た植物……いや、そんな贅沢は言わないから、雑穀なんかを探せたらいいなぁ……」と、呑気に考えていたのだった。
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次回から、エレノアにとって初の田舎訪問(実家訪問?)となります。
そして今から、「修行どこ行った!?」的な事を考えているエレノアでした。
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