第245話 黄色い悪魔
「えぇっ!?こ、この場所に花を咲かせるんですか!?」
あの後私は、様々な木々や花が絶妙なバランスで植えられている中庭の一角にある更地へと案内された。
更地とは言っても、綺麗に芝生が敷き詰められているのは他と同じ。だけど周囲に植えられている花とか樹木が不自然な程に何も無い状態なのだ。
「ええ。実はここ、エレノアちゃんの修行の為に、庭師達にお願いして造ってもらったスペースなのよ」
「はぁ…」
アリア様が言うところによれば、私は『姫騎士』の襲名披露の時、何も生えていない土地を満開の花々で満たす……という『奇跡』を演出する事になっているのだそうだ。
へぇ……。そりゃ凄い。いきなりなんも無い地面がお花畑になったら、みんなビックリするよね!……って……え?
「えええっ!?わ、私がそれやるんですか!?む、無理です!出来ませんよそんな事!!」
私はブンブンと頭を思いっきり横に振る。今朝だって、蕾を開かせようとしてぺんぺん草を大量に生やしてしまったのだ。花畑なんて作り出せる訳がない。
「大丈夫!エレノアちゃんって、元々魔力は強いんだから、魔力操作を完璧にすれば、きっと成功するわ!それにその辺りはちゃんと考えているから!」
なんでもこの芝生の下に花の種を沢山埋めておいたのだそうだ。それに私の『土』の魔力を注ぎ、育成を促せばいいとの事。
ふと見てみれば、ベンさん達のような格好をした人達……多分庭師であろう何人もの人達が、期待に満ち満ちた眼差しをこちらに向けていた。多分彼らが私の為にこのスペースを作ってくれたに違いない。
……なんか……物凄く嫌な予感がする……。
「クライヴ兄様……!」
私は縋る様な眼差しをクライヴ兄様へと向ける。
クライヴ兄様も朝のやらかしを見ていたからか、難しそうな表情を浮かべていた。
「聖女様。エレノアは魔素を操る事そのものが苦手なのです。今朝もここに来る前に、色々とやらかし……いえ、失敗しておりましたので、いくらあらかじめ種が撒いてあるとはいえ、花を咲かせるなどといった事を急に出来るかどうか……」
「分かっているわ、クライヴ君。エレノアちゃん。いきなりお花を咲かせようなんてしなくていいのよ?最初は花の芽を出そうかなって感じで、気楽にいきましょう」
クライヴ兄様にそう言うと、アリア様が優しく微笑みながら私を勇気づけてくれる。
そ、そうだよね。最初から成功なんてしないよね。今朝のあれだって、いきなりやったから失敗しちゃったんだよ。うん。失敗は成功の元。ひたすらに修行あるのみだ!
「さ、まずはイメージする事から始めましょう。ゆっくり目を閉じて……。そう。次は種が芽吹く所を想像してみて?」
種が芽吹く所を想像する……。成程。魔力はイメージからですね。分かります。
「いいわよエレノアちゃん。魔力が安定している。さぁ、その魔力を身体の中から地面に降り注ぐイメージで……そうね……園芸的に言えば、エレノアちゃんはジョウロって所かしら?土に水を撒いてあげるように、魔力を地上に降り注いであげるの。……うん。そうよ。その調子」
目をつむり、アリアの言葉に意識を集中させているエレノアは気が付かないが、今エレノアの身体からは『土』の魔力がキラキラとした金色の光となって溢れ出ていた。
両手を胸の前で組み、集中しているエレノアの姿は深く祈っているようにも見え、その身体から漏れ出す魔力がエレノアを彩る。その姿は紛れもなく『聖女』そのものであった。
まるで宗教画の様な美しいその光景に、誰もが声も無く見惚れる。あれが自分達だけの愛しい婚約者なのだと、男達の胸に誇りと喜びが湧き上がってくる。
ついでに、近衛や庭師達の嫉妬の視線もビシバシ感じる。不敬だが、そこは甘んじて受けよう。
対してエレノアの方はというと……。自分の身体の変化に一人驚いていた。
今迄ぼんやりとしか感じられなかった魔力が全身を流れていくのを感じる。
アリアが上手くエレノアの魔力の流れを誘導しているのかもしれないが、頭の天辺から手足の先まで、余す事無く自分の魔力を感じる事が出来る。
『えっと……。私はジョウロで……この魔力を、地面に降り注いでいく……』
地中に沢山撒かれている花の種。それらに届くようにと祈りを込め、魔力を注ぐ。そんなイメージをする。
イメージは大事だ。なんせ最初にぺんぺん草をイメージしたばっかりに、それを生やす羽目に……。
ポンッ!
「ん?」
なんか聞き慣れた音がした気がして、恐る恐る目を開けてみる。
すると視線の先には……。真っ白い小さな花をつけたアレが、芝生にぽつんと生えていた。
シーン……。と、その場に静寂が広がる。……しまった。やってしまった……!
「……えっと、エレノアちゃん……?」
アリア様が戸惑いがちに声をかけてくる。そりゃそうですよね。花は花でも雑草だもん。
「エレノア……。お前、まさかまた想像しちまったのか?」
「あの……。えっと……ハイ」
私は戸惑いながらもコクリと頷く。あっ!クライヴ兄様がジト目に。ううう……地味にへこむなぁ……。
「クライヴ、一体どういう事なんだ?この雑草、ひょっとしてエレノアが色々やらかしたって事と関係しているのか?」
アシュル様の言葉に、クライヴ兄様は渋々といった様子で頷く。
「実はな……」
そうしてクライヴ兄様が、今朝の私のやらかしを説明する。
そして聞き終えたアリア様、アシュル様、ディーさん、フィン様は、揃って私を見た後、口を引き結びながら視線を外した。
「……そ……そう……。それはなんというか……斬新ね……!」
アリア様が口元を震わせながら、一生懸命言葉を口にする。ってかアリア様。肩も小刻みに震えていますが?
「えっと……。大地の魔力の事を聞いた時に、ぺんぺん……いえ、ナズナぐらいしか生やせないと咄嗟に思ってしまったんです。ひょっとしてそれが原因なんですかね?」
ブハッと小さく噴き出す声が聞こえ、目を向けるとディーさんが完全にこちらに背を向け、震えながら俯いている。……くっそう!いーですよ。笑いたければ笑っても!
……ん?なんか庭師さん達の顔色が悪い?先程までは全員ニコニコ笑顔だったのに、全員「え……?」って顔している。……そりゃそうか、済みません。もしヤツが出てきたら、私が責任を持って引っこ抜きます。
アリア様が気を取り直すようにコホンと咳ばらいを一つした。
「た、確かに魔力を扱う上で、イメージって大切ですものね。じゃあ、今度は頭の中にお花畑を思い描いてみましょう」
そう言われ、私は再び先程と同じく自分がジョウロになった姿を想像する。……集中……集中……お花畑……。
だが、集中しようとすればするほど頭の中に『ヤツ』が出てきてしまう。……くっ!これが煩悩か!!
「しっかり!エレノアちゃん、集中よ!
私の湧き上がる
そうだ!集中だ!!心頭滅却、心頭滅却!私の頭から消え去れ
――満開になあれ!
ポポポ……!!
おっ!ぺんぺん草を生やした時と音が違う!成功した……のか!?
よしっ!この調子で咲き誇れ!!
ポポポポポポ……
「ギャーッ!!!」
「えっ!?」
突然、木綿を裂くような男の悲鳴が響き渡り、私は慌てて目を開いた。……すると緑の芝生だった目の前の光景が、黄色一色に変化していた。
――おおっ!成功した!?……ん?あれ?この花、なんか物凄く見覚えがあるな……。えっと、これって……タンポポ?
「うわあああぁっ!!黄色い悪魔だー!!」
「ひーっ!!」
次々と上がる叫び声に振り向くと、目を丸くしているアリア様や殿下方の後方で、庭師の方々がムンクの叫びのような顔になっていた。えっ!?何で!?
「うわーっ!!しかも綿毛になっている部分もあるぞー!!」
「なにぃー!?」
見れば本当に、端の方からタンポポが綿帽子になっている。……あ、綿毛が風に飛ばされ飛んでいく……。
「あああっ!!!!全員、臨戦態勢!!奴らを飛散させるな!!総動員で駆除しろー!!黄色い悪魔もだ!!これ以上綿毛になる前に根絶やしにするぞー!!」
わー!ぎゃー!と、庭師の人達が悲鳴を上げながら右往左往している。え?え?なに!?タンポポってそんなにヤバイ奴だったの!?
「根絶やしにすりやぁ良いのか?よっし!お前ら全員下がってろー!!」
ディーさんの言葉に、庭師の人達が全員「えっ!?」って顔をしたその直後。爆音と共に目の前に火柱が上がった。
――後で聞いた話によると、タンポポはあの可愛らしい見た目に反し、庭師泣かせの厄介な雑草で、駆除が本当に大変なのだそうだ。
根は一メートルまで伸びるし、引っこ抜こうとするとすぐ千切れる。再生力も強いし、何より気付けば綿毛を飛ばしてどんどん増える。一番良い駆除方法は、一本でも見つけたら、根元から徹底的に根絶させる事。
ゆえに、こちらの世界でタンポポは別名『黄色い悪魔』と呼ばれ、恐れられているのだとか。もしバッシュ公爵家でタンポポ畑を作っていたら、ベンさんがポックリ逝っていたかもしれない。……うん。ぺんぺん草で本当に良かった……。
――閑話休題。
「……ディラン……。あんたって子は……」
「あれ~?おっかしいな?」
ワナワナと肩を震わせ青筋を立てたアリア様の横で、首を傾げるディーさん。そして、呆然自失となった庭師の皆さんと私達の眼前には、「あれ?今は野焼きのシーズンだったっけ?」とツッコミたくなるような焼野原が広がっていたのだった。
そんな私達の目の前を、爆風に舞った綿毛がフワンと一つ、通り過ぎていった。
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実際、こちらでもタンポポはガーデニングの大敵と呼ばれているそうです。
子供の頃、よく綿毛を飛ばしていましたが、あれってめっちゃ罪深かったのですね。反省。
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