第244話 黒歴史は忘れましょう

聖女様の癒し力で復活した私は、聖女様と殿下方から「うちの子(弟)がごめんなさい!」と謝罪を受けつつ、王宮の中庭へと連れていかれた。


「あ……ここって……!」


あいも変わらず百花繚乱といった感じに花々が咲き乱れる、幻想的な程に美しい庭園。そして中央には白亜のガゼボがある。


忘れもしない。ここは私が初めてお茶会デビューした場所であり、殿下方と初めて出逢った場所であり、野生の王国を間近で見た場所である。


「クライヴ兄様!あのウィステリアの木!」


「ああ。あの時のお茶会で、俺達がいた場所だな」


私とクライヴ兄様は、あの時の姿のまま……まるで滝のように満開の花を垂らしている巨木へと目をやった。


そう。なるべく目立たないようにと、一番隅にあった席に行ったんだけど、その席があの藤の木の真下だったんだよね。


偶然にも今日の装いはまさにあの藤の花をモチーフにしているんだけど……。

そういえばあの時、ピエロのようなどぎつい衣装と慣れない我儘お嬢様の演技を引っ提げ、お茶会に挑んだっけ……。思い出したくないけど懐かしいな。


「……思い出すな。エレノア」


「……はい。ここでクライヴ兄様と、心の声でやり取りしましたよね……」


「ああ。お前、一生懸命頑張ったもんな」


「結局無駄でしたけどね……」


藤の花を見つめながら、私とクライヴ兄様が共にたそがれる。


うん。自分で言うのもなんだが、あの時の我儘令嬢っぷりは、殿下方が私を懲らしめようとしたぐらいに完璧だったと思うんだよ。……その日のうちに化けの皮剥がれたんだけどね。


あの時の態度が演技だってバレていた……って知った時は、思わず羞恥でのたうち回ったもんです。

あの時リアムと遭遇していなかったら、演技だとバレる事はなかったのになぁ……。つくづく無念だ!


ドヤ顔でいきっていたら、実は「あいつって…」ってクスクスとされていたのかと思うと…!あああ…恥ずかしい!!いや本当、黒歴史なんてもんじゃない!真面目に死ねる!!なんなら思い出した今でも、羞恥で死にそう!!


心の中で羞恥に転げまわっているエレノアであるが、当然の事ながらアシュル達はエレノアの演技の事などすっかり忘れているし、痛いヤツなどとは欠片も思っていない。一事が万事、完全なるエレノアの被害妄想であった。


『……ん?あれ……?アシュル様?』


そんな事を思いながら、ふと斜め前にいるアシュル様の方へと視線を向ける。

するとアシュル様は無言のまま、何故かガゼボをジッと見つめていた。


――…はっ!ひ、ひょっとして、アシュル様もあの時の事を思い出して……?


私の視線に気が付き、アシュル様が振り向く。

そして私と目を合わせるなり、困った様に眉が下がった。


「ああ御免。ちょっと懐かしいなと思ってね。ここは初めて君と出逢った場所だから。……尤も君にとっては、思い出したくもない場所かもしれないけどね……」


私にとって思い出したくもない……?って!や、やっぱり……あの時の事を…!?


「エレノア。あの時の君は……」


――はい、ビンゴー!!


「うわぁぁぁっ!!い、言わないで下さいぃぃ!!」


アシュル様がガゼボを見つめながら話し始めたのを、私は慌てて叫びながら制止する。


やめて!私の黒歴史を掘り起こさないで!!あのこっぱずかしい演技を直にプークスクスされたら……私……っ!羞恥で恥ずか死ねる!!


「ア、アシュル様!か、過去を振り返るのは止めましょう!!」


「え?」


「わ、私達は未来を見据え、前を向いて歩いていくべきなのです!!」


そう。黒歴史は封印されるべきものであって、振り返るものではない。


そんな私の真剣顔を、アシュル様が戸惑うような表情でみつめる。


「……エレノア。それって、あの時の事を言っているの?」


「はいっ!アシュル様!」


「でも僕は……。忘れてはいけないと思う。君の為にも、自分の為にも」


「いいえっ!私の為にも、もうその事(痛い演技)は口にしないで下さい!そして出来れば忘れて下さい!……そうして頂けないと私……これからアシュル様と、きちんと向き合えないと思うんです」


「――ッ!エレノア……!!」


私は胸で手を組んだお願いポーズをしながら、何故か色々な人に「あざとい」と言われる上目遣い(チビだから見上げる形になるだけ!)で、必死にアシュル殿下にアピールした。


いや。アシュル様は過去の私のやらかし(イタい言動)を、今になってまでプークスクスするような方ではないって分かっています。ただ単純に懐かしんでいるだけかもって事も、十分理解しております。


でもね。見ていた方はなんとも思っていないかもしれない事でも、やってしまった側にとっては、穴を掘って埋まりたいぐらいの羞恥な訳なんですよ。


それなのに、この庭を見る度に懐かしまれたら、私のライフはその都度マイナスになってしまうだろう。そしてこの庭は私にとって『黒歴史の庭』となり果てるに違いない。こんな素敵な庭だというのに。そんなのは絶対に嫌だ!


「……卑怯だな。そんな事言われたら、忘れるしかないじゃないか」


ええアシュル様。黒歴史を葬り去る為なら、私はいくらでも卑怯者になります!


「……そうだね。君と僕との未来の為にも、過去を振り返るのは止めよう。そうしてあの記憶を塗り替えるような素晴らしい思い出を、新たに作っていこう。共にここで……」


「はい。アシュル様……」


やったぁ!良かった!あのイタい黒歴史、脳内からデリートしてくれるんですね!?


「……有難うエレノア」


「こちらこそ!アシュル様!」


満面の笑みを浮かべたエレノアに、アシュルは優しく微笑みかけた。


実はアシュルにとっても、ここはエレノアと初めて逢った記念すべき場所であり、誤解ゆえに初っ端からエレノアをイジメてしまった黒歴史の場所でもあったのだ。


改めてあの時の事を謝罪しようとした自分を、エレノアは察して止めてくれた。

許すと…。そんな事に目を向けるより、共に未来に向けて歩いて行こうと諭してくれたのだ。


――ああ、本当に君って子は……。どこまで僕を魅了すれば気が済むのだろうか。


『過去は振り返るな……か。そうだね。君はとっくに許してくれていたのに、僕はいつまでも拘ってて……。本当に君は僕に色々な事を気付かせてくれる。僕にとって君は聖女候補なんかじゃなく、まさに女神様が遣わしてくれた聖女そのものだ』


……というかこちらの黒歴史に関しても、エレノアにしてみれば、そもそもアシュルにイジメられたなどとは欠片も思っていない為、許すも許さないも無かったのだが……。


互いの黒歴史を互いに勘違いしたまま記憶から葬る事にした彼らの顔は、実に晴れやかだった。


「……なあクライヴ。良い話っぽいんだけど……。なんかこう、お互いの言いたい事がズレてるような気がしてならねぇんだよな。これって俺の気のせいか?」


「多分間違いなく気のせいではないと思います。ですが良い感じにまとまったみたいなので、あのまま放置しておきましょう」


そんな彼らの清々しい勘違いに何となく気付きながら、ディランとクライヴは「触らぬ神に祟りなし」とばかりにスルーする事を決定したのだった。



――そしてエレノアは知らない。今日この場で。新たなる黒歴史の幕が上がるという事を。



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新たなるヤンデレ(オリヴァー兄様)が生まれた瞬間でした。

エレノアのヤンデレホイホイは今日も通常運転です。

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