第243話 食べ物ではありません!

そうしてエレノアとクライヴは王宮の正門へと到着した。


「バッシュ公爵令嬢、エレノア・バッシュ様。オルセン子爵令息、クライヴ・オルセン様。ようこそお越し下さいました。さあこちらへ。聖女様と殿下方がお待ちで御座います」


二人が馬車を降りると、凛々しい無表情で正門を守っていた騎士達が途端に満面の笑みを浮かべ、恭しく頭を垂れる。


「有難う御座います。皆様、今日もお仕事お疲れ様です!」


そう言って微笑むエレノアを目にした騎士達全員の顔が更に笑み崩れる。

そんな騎士達の姿をクライヴは半目になりながら見つめた。


「クライヴ兄様。この国で最高に高貴な方々をお守りしているのだからと、私てっきり王宮の騎士様方って厳格な方ばかりだと思っていました。ですが皆様、とてもお優しい方々ばかりですよね」


「……そうだな」


クライヴはチラリと後方に目をやると、元の無表情へと戻った騎士達を見やった。


普通、王宮の正門を守る騎士達は、表情に一切の感情を見せない事を絶対の不文律としている。それがなんだ。あの緩み切った色ボケ顔は!


「……後で親父に報告しとくか」


「え?クライヴ兄様。何ですか?」


「何でもない。……っと、ほれエレノア。出迎えだ」


すると向こうの方から、後方に近衛を引き連れたアシュル様、ディーさん、フィン様、そして聖女様であるアリア様が喜色満面でこちらにやってくるのが見えた。


私の修行に付き合ってくれるからか……。聖女様も殿下方も、割とラフな服装をされている。


聖女様はいつもの『ザ☆聖女』って恰好ではなく、光沢のある薄青のロングドレスを着ていらっしゃるし、殿下方もそれぞれ、堅苦しくないシンプルなスラックスとシャツをお召しになっている。あ、フィン様は安定の魔導師団のローブ着用。相変わらずブレない。


それにしても、流石は選ばれし血を持つロイヤルファミリー……。


余計な装飾が無くとも、完璧な美貌と体躯があれば、どんな服でも自身を彩る華となる……って良い例ですな!いつもよりだいぶ簡素な服装なのに、相変わらずキラキラ眩しくて目が痛いです。


私はと言えば、流石に王宮をご訪問するので、そこまでラフな格好は出来なかった。……とは言っても、失礼にならない程度のシンプルなワンピースドレスを着ているけどね。


そしてドレスの色はというと、今が旬のウィステリアみたいに、上が白で段々薄紫になっていくグラデーション仕様。髪の毛も邪魔にならないよう、サイドを整容班渾身の編み込みを施され、後ろで留めている。

髪飾りはこれまたウィステリアをかたどったもので、動く度に小さく揺れて可愛いと、クライヴ兄様とセドリックに褒められました。オリヴァー兄様も気に入ってくれるといいな。


ちなみにクライヴ兄様はというと、ビシッと執事服でキメております。眼福です。


「エレノア、ようこそ!クライヴも久し振りだ!」


「よく来たなエル!よう、クライヴ!元気か!?……あー、お前の弟いないのか。なんかホッとするわ!」


「ああ……エレノア。今日もとても可愛いね!」


「エレノアちゃん、いらっしゃい!クライヴ君もご苦労様!」


「殿下方。そして聖女様。お久し振りで御座います。これから兄共々、お世話になります」


そう言ってカーテシーを行った私に対し、聖女様はニッコリと笑顔を浮かべた。


「あら、エレノアちゃん。『聖女様』なんて堅苦しい言い方より、『アリアお母様』って呼んで欲しいわ!」


「ええっ!?」


――お……お母様……!?聖女様を母呼び!?


「そそそそ……そんな!おおお、恐れおおい!!」


「そんな事言わないで。ちっとも恐れ多くなんて無いわよ?聖女なんて言ったって、ちょっと治療が得意な看護婦みたいなものなんだから」


いやいやいや!百万歩譲って、看護婦みたいなものだったとして、国王陛下や王弟陛下を夫に持っている看護婦さんって、恐れ多いですよ!!

それにいくら私が転生者で聖女様の同郷だっていっても、そんな事一部の人達以外はみんな知らないし、そもそも不敬ですって!


「母上。あまりエレノアを困らせてはいけませんよ。それに母上だけ「お母様」と呼ばれたら、絶対父上達が羨ましがって「ならば自分達も父様と!」なんて言って暴走しますから」


「そうねぇ……。あの人達が下手にしゃしゃり出てくるのもなんだし……。分かったわ。じゃあせめて『聖女様』じゃなくて、『アリア』って呼んで頂戴?」


そう言って優しく微笑む聖女様の尊いご尊顔が目にブッ刺さる……。うう……。さ、流石は殿下方のお母様!聖母の微笑マドンナスマイル、真面目に最強!!


「エレノア。挨拶してもいいかな?」


「――ッ!……は……はい……」


わざわざ許可をとってくるアシュル様に、私は瞬時に真っ赤になってうろたえながらも頷く。そんな私をアシュル様が嬉しそうに抱き締めた。


「ああ……。それにしても今日の君。まるで軽やかな春の風を受けて揺れる満開のウィステリアのようだ。控えめでありながら華やかで美くて……。こちらの胸も躍るようだよ」


そう囁きながら、優しく頬に口付けてくるアシュル様。


ひゃーーっ!!選ばれし褒め殺しキターッッ!!


ボフン!と、脳天が噴火する。……くっ……!な、何とか鼻腔内毛細血管に魔力暴走が集中するのは防げたか……。


「流石だなアシュル。オリヴァー並みにキメやがる」


「ああ。俺にはとても真似出来ねぇわ」


クライヴ兄様とディーさんがなにやら言っていますが、私の心臓停止を防ぐ為にも真似せんで下さい!!


うう……。で、でもこれ、もし唇にされていたらヤバかったかもしれない。前回、聖女様が禁止令を出してくれてて本当に良かった。


『あんた達はまだ『仮』婚約者なのよ!?節度を守りなさい!それに、オリヴァー君やクライヴ君達も、唇にキスをしたのは婚約して何年も経ってからって言うじゃない。だからエレノアちゃんがあんた達とのスキンシップに慣れるまで、唇へのキスは禁止!!』


って、鼻血を出してぶっ倒れた私の治療をしながら、殿下方に雷を落していた聖女様。


はい、そうなんです。私、まずオリヴァー兄様やクライヴ兄様とのスキンシップ、兄様方のご尊顔に慣れるところから始めました。唇へのキスも、セドリックとの人工呼吸からスタートだったしね。(何で聖女様がそれを知っていたんだろうって疑問は、この際隅に置いておく)


ちなみに聖女様。それを知った時に「正統派のラッキースケベね…」って呟いたそうだ。……聖女様。ひょっとして元の世界では同志オタクだったのかな?


まあそういった訳で。


聖女様…もといアリア様が仰った通り、殿下方との交際も、まずはご尊顔に慣れるところから開始したいんです。そこのところ宜しくお願いします。


――え?じゃあいつ頃慣れるのかって?


……え~っと……。未だに兄様方の顔面破壊力にもやられているから……。いつになるんでしょうかね?


殿下方、何気にジト目になっていたけど、すかさずクライヴ兄様に「あんたらは、エレノアにある程度の耐性が出来てるだけマシなんだからな!?俺とオリヴァーなんてなぁ…!」って延々と愚痴られ、最終的には大人しくなっていました。


「クライヴ……オリヴァー……。君達、苦労してきたんだね。セドリックも」って、アシュル様がめっちゃ同情のこもった眼差しを兄様方へと向けていたっけ。


…うん。そうなんだよね。私って最初の頃、兄様方からのキスを頬にされただけで鼻血出していましたもんね。苦労かけてます。本当に御免なさい。


まあそんなこんながありまして。


ボフンボフンと真っ赤になって脳天を噴火させながら、次々とロイヤルズからの抱擁と頬へのキスを受けていく私です。そして辛うじてだが、鼻腔内毛細血管は崩壊していない。


ふっ……。私だって伊達に、あの兄達とのめくるめく(?)婚約者生活を生き延びて来た訳ではないんですよ。た、例え最終破壊兵器ばりの美貌を持っていたとして、か……顔をなるべく合わせないようにしていれば……うん。なんとか……。


「ああ。こんなに真っ赤になって……。熟れたリンゴのようだね。食べちゃいたい位に可愛い……。ちょっと齧ってみてもいい?」


「は、はい?」


私を抱き締め、頬にキスをしたフィン様が、そんなズレた事を言いながらペロリと頬を……。頬を……舐めた!!?


――ひぃぃぃー!!!


「あれ?エレノア?」


プッツン切れて、ぐんにゃりしてしまった私の顔を、フィン様が不思議そうな顔で覗き込む。……っくぅ!!そ……そんなキョトン顔でコテンって小首傾げる仕草がギャップ萌えだわなんて……よ、喜ばないんだから……ねっ……!!


「お前という奴はー!!なにやってんだー!!」


「おいフィン!エルは食いもんじゃねーぞ!?」


「エレノア!!ちょっ!殿下、その手を放せ!!」


「フィンレー!!あんたって子はー!!」


遠のいていく意識の中。「今後、舐めるのも齧るのも禁止!!というか常識!!」「えー!」という母子のやり取りが聞こえてきたような……気がする。


うん。ひとまず齧られなくてよかったな……。歯形付いてるとこ見たら、オリヴァー兄様が発狂する……。


そんな事を心の中で呟き、私は意識を手放したのだった。……あれ?修行はどうした?



===============



エレノア。自分が以前言っていた、ピンクなカルチャーショックをまともに喰らってノックダウンです。……いや、最後のアレってカルチャーかな?

ちなみに藤の花の花言葉は「優しさ」「歓迎」「決して離れない」「恋に酔う」だそうです。

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