第242話 ちゃんと言葉にして

セドリックを王立学院へ送った後、私とクライヴ兄様は王宮へと向かった。


去り際にセドリックは名残惜しそうに何度も私に口付けをしてから馬車を降りて行った。


「いいかいエレノア。出来ない事は無理してまでやろうとしちゃ駄目だよ?君が無理して頑張ると、大抵ロクな事にならないんだから。あ!あと、クライヴ兄上の言う事をちゃんと聞くんだよ!?」……なんて言葉を最後に残して。


ちょっとセドリック!なんか貴方、クライヴ兄様化(オカン化)してない!?しかも私がなんかやらかすって決めつけてるでしょ!?酷い!愛する婚約者を何だと思ってるんだ!!


「ねぇ!クライヴ兄様!!」


「ねぇ!…じゃねぇよ!だいたい、真っ当な事言われて怒んな!それに何だその『クライヴ兄様化』ってのは!?」


「……いえ。その……」


二の句が告げない私を見て、クライヴ兄様が溜息をつきつつ、両手を広げた。


「クライヴ兄様?」


「ほら、こいよ。……久し振りに二人きりだ。王宮に着くまでの間、お前を堪能させろ」


ボン!と顔から火が噴いた。


そ、そういえば……。ここ最近のクライヴ兄様。オリヴァー兄様に遠慮してか挨拶以外にこう言った事、あまりしてこなかったよね。


私はちょっと戸惑った後、真向かいに座っていたクライヴ兄様の胸にポフリと顔を埋めた。


するとクライヴ兄様は私の身体を膝の上に乗せると、そのまま横抱きにして抱き締める。


「俺のエレノア……。愛している」


「クライヴ兄様……私も……」


“愛しています”と続けようとした言葉は声にならず、深く重なった唇に吸い込まれていった。




「エレノア。お前、疲れていないか?」


キスを何度か繰り返し、そのままクライヴ兄様の腕の中で馬車の振動を感じていると、不意にクライヴ兄様からそんな言葉をかけられた。


「え?」


「オリヴァーの事だよ。あいつ、ちょっと最近余裕が無い感じだろ?」


「……えーっと……」


それは……確かにクライヴ兄様の言う通りだ。


オリヴァー兄様は基本、どんなに強引でも最後にはちゃんと私の意志を尊重してくれる。

例えて言うならば、追い詰めている様でしっかり逃げ道を用意してくれている……といった感じに。


それがここ最近は、そういった余裕が全く感じられないのだ。


いつもどこか張り詰めたような雰囲気を纏っていて、バッシュ公爵邸に居る時は私を傍から放さない。隙あらば抱き締める、愛を囁く、キスをする。


なんなら抱き枕宜しく、夜寝る時も一緒にいたいと主張されたが、「いや、それ普通に同衾ですから!」「お前が抱き枕にするだけで済む筈無いだろうが!!」「そんな事したら、エレノアが一睡も出来なくなって可哀想!」……等々、周囲の人達全員から大却下を喰らい、渋々諦めていた。


「やっぱり……。私が殿下方と婚約したからでしょうか?」


「まあ、それも勿論あるが。一番は“心の傷”だろうな」


「心の傷……?」


「お前をブランシュ・ボスワースに奪われた時についた傷だよ。あの時は下手すれば二度と無事に会う事が出来なかった。その時の恐怖と自分自身に対する不甲斐ない気持ちが心の傷となって、状況が落ち着いた今、じわじわ開いてきたんだろ」


それってつまり、前世で言う所の心的外傷後ストレス障害……いわゆる『PTSD』ってやつでは……?


「クライヴ兄様。詳しいですね」


「クロス子爵領に居た時、魔物に殺されかけた騎士達の何人かが、今のオリヴァーみたいな状態になっていたからな」


成程。それでですか。


というかクライヴ兄様曰く、こうなったら許される範囲内で自分(エレノア)をとことんオリヴァーに堪能させ、落ち着かせようとセドリックと話合っていたとの事。

ああ、それでクライヴ兄様もセドリックも、あんまり私とスキンシップしようとしなかったんですね。相変わらず兄弟思いだな、二人とも。


「あいつにとって『奪われる』って状況そのものが、その傷を開かせちまう鍵なんだろう。だからお前を守る為だと分かってはいても、ついついアシュル達に当たりが強くなっちまうし、お前への執着も強くなっちまうんだ」


『オリヴァー兄様……!』


兄様が私を奪われそうになって心に傷を負い、未だにその傷口から血を流し続けていただなんて…!


「クライヴ兄様!だとすれば私、オリヴァー兄様に何をしてさし上げれば良いのでしょうか!?やはり抱き枕でしょうか!?そ、それともお風呂に一緒に……よ、洋服無しで入る……とか?」


「……いや。どれも物凄く喜ぶだろう。勿論、俺もセドリックも大歓迎だ!……だが、それをやるのは今じゃない。別の何かを踏み抜いて、取り返しのつかない事になりかねん」


はい?何を踏み抜くというのでしょうか?


「それよりも、あいつがお前を抱き締めたりする時に、『自分はどこにもいかないから』とか言って安心させてやれ。そして時たまでいいから、あいつに「愛している」って言ってやれ」


「あ……愛している……ですか!?」


「ああ。お前が俺達の事をちゃんと想ってくれているのは分かっている。だがそういう事は、時には言葉として聞きたいもんなんだよ」


「ク……クライヴ兄様も……聞きたいですか?」


「ん?なんだ、言ってくれるのか?」


クライヴ兄様が揶揄う様な口調でそう言うと私の頭に口付けを落し、そのまま優しく抱き締めてくれる。


「お前がこうやって甘えてくれるのは、今んとこ俺達だけだからな。言葉にしなくても気持ちは十分伝わっているよ。だから安心しろ」


「クライヴ兄様……」


……確かに私、今迄兄様方やセドリックに対して「大好き」とか「大切な人」とかは言ってきたけど「愛している」って言った事がないかもしれない。……でも自分の気持ちを完全に自覚したのが最近だったから……。


いや、そんなの言い訳だ。オリヴァー兄様を不安にさせているのは、多分私のそんな所なんだろう。


どんなに聡い人であろうとも、見えないものを盲目的に信じるという事は難しい。ましてやオリヴァー兄様は、今とても不安定な状態なのだ。だからこそ、その不安を払拭させようと私に対する執着が加速している。


だったら私がするべき事は、自分の気持ちをちゃんと口にして伝える事だ。……オリヴァー兄様の不安を払拭させる為にも。そう。例えその後、私の鼻腔内毛細血管が決壊しようとも!


でもクライヴ兄様って、本当にオリヴァー兄様の事が大切で心配なんだな。というより、とにかく自分よりも他人の事を最優先に気遣う優しい人だ。私の事も最初に誓ってくれた通り、本当に愛して守ってくれて……。


オリヴァー兄様に対して抱いているのと同等の愛おしさが、次々と湧き上がってくる。


「……エレノア?」


黙りこくってしまった私の顔を、クライヴ兄様が覗き込んでくる。

兄様と至近距離で目線を合わせた私は、煌めくご尊顔に頬を染めつつ、震える唇を必死に開き、一言。


「クライヴ兄様……好き……」


「――!?」


ピクッと私を抱くクライヴ兄様の手が動くのを感じ、私は湧き上がって来た羞恥に全身真っ赤になりながら、慌てて兄様の胸元に顔を埋めた。


――あ。「好き」って何だ!「愛している」じゃないか!……いかんな……。やはり言い慣れてないから、ついいつもの癖で「好き」って言っちゃった。反省反省。


「ッ…!エレノアっ!!」


「え?ひゃあっ!!」


突然、クライヴ兄様が座席に私を押し倒した。……え?ク、クライヴにいさま……?な、何か目が据わっているんですが……?え?ちょ…え…!?


その時だった。御者の悲鳴と共に、馬車がガッコンと派手にバウンドした。


「うわっ!!」


「きゃあっ!!」


その拍子にクライヴ兄様と私は座席から転げ落ちてしまい、クライヴ兄様はその衝撃で何やら頭をしたたかに打ってしまった模様。あ、私は咄嗟に兄様が庇ってくれたので無傷です。


「~~~!!!」


「に、兄様!!大丈夫ですか!?」


「だ……だいじょうぶ……だ。……チッ!王家の『影』か。そういやもう敷地内だったな。……まあ、お陰で助かったが……」


後半、ボソボソと小声で何やら呟くクライヴ兄様に首を傾げる。


「……それにしても、お前の本気を舐めていた。これじゃあ治療どころか劇物投入になりかねん。……エレノア。前言撤回だ。『自分はここにいる。どこにもいかない』って感じの言葉はどんどん言え。だが今みたく、全力で気持ちを伝えるのは止めろ!暫く心の中だけに留めておけ!じゃないとオリヴァーの奴が真面目に狂う!!」


「は?……はぁ……」


劇物?真面目に狂う?い、一体なんの事なんだろうか……?


多大な疑問に首を傾げながら、私達を乗せた馬車は、王宮の敷地内を進んでいったのだった。



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久し振りの、セドリック(はちょっとでしたが)とクライヴ兄様のいちゃつきですv

そして「なにやっとんじゃ!コラ!!」と、邪魔をしたのは当然ながらヒューさんです。

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