第237話 ヴァイオレット・ローズ再び③
「…それって、私達に『雀』をやれって言いたいわけ?」
「いや、どちらかといえば、『雀』に餌やりをして欲しいんだよ。そうだな…。餌の内容は、『王家直系を射止めた孤高の姫騎士』について…かな?」
「ふぅん…。本来、客商売で他人のプライバシーを酒の肴にするってのは、三流以下の所業なんだけど、エレノアちゃんが『公妃』にならない為に…ってんなら話は別よ。詳しい話を聞こうじゃないの」
あれっ?…あっ!
そういえばメイデン母様もオネェ様方も、殿下方との婚約を祝っていたけど、「公妃おめでとう!」とは言っていなかった。父様方や兄様方がいるから、そんな事有り得ないだろうって思ってはいても、実は私が『公妃』になっちゃうかもって気にしていたのかな?
…ところでだ。
「…オリヴァー兄様。『雀』って何ですか?」
こしょこしょと、小声で尋ねた私に対し、オリヴァー兄様は私の耳元に、そっと唇を近付けた。
「情報を話しまくって、噂をばらまく者達の通称だよ。主に情報操作をする者達が、そう呼ばれているんだ」
――くぅっ!兄様のちょい掠れた美声に、腰が砕ける!!…って、にいさまー!!最後にパクリと耳たぶ咥えるのやめてー!!
「そこっ!真面目な話してんだから、じゃれるの禁止!」
メイデン母様のお言葉に、オリヴァー兄様が小さく舌打ちした。に…兄様…。最近色々隠さなくなってきましたね?
思わず取り乱しちゃったけど…。え~と、兄様曰く、要はあちらこちらに飛び回っては、噂を
「ここの人達は全員、エレノアの味方だし、しかも客層は貴族、庶民、外国人…と幅広い。噂を流すには、うってつけな環境だ」
「そーそー!しかもこいつらって、全員が守秘義務の誓約している上に、恐ろしい程口が固ぇんだよ。この店が超一流って言われる所以だな。だから、そんな奴らがばらまく『餌』なら、『雀』が喜んで食って、真実として
オリヴァー兄様のお言葉に、グラント父様が同意する。――成程…。つまりメイデン母様への相談って、例の『公妃対策』についてだったのか…。ってか、姫騎士はともかく、『孤高の』って言葉、要りませんよメル父様!
「まず、殿下方はエレノアを『公妃』に望まれた。…が、エレノアは婚約者達と別れて王家に嫁ぐ事を良しとせず、自ら廃嫡を望んだ。例え自分が平民に下っても、婚約者達への愛を貫こうとしたんだ」
「あら?それって、パトちゃんとの婚約を断る時に使った手よね?何かごっちゃになってない?」
「あ~!その話、大好き!聞いた時は痺れたわ~!!流石はエレノアちゃん!…って、拍手喝采だったもんよ!」
「あれ聞いて、
きゃいきゃいと、再び盛り上がるオネェ様方を、メル父様が手を掲げ、笑顔で制止させる。
「さて。殿下方は、愛しい女性のその一途で健気な気持ちに心を打たれ、彼女への愛を封印し、潔く身を引く事を決めた」
「潔く身を引くどころか、あの手この手と散々手を出してきましたけどね」
「オリヴァー、話の腰を折るんじゃない。…だがそんな時、王家に叛意を持っていたケイレブ・ミラーが、ボスワース辺境伯の魔眼覚醒と共に復讐を企て、王家に対する駒として、殿下方が愛する女性…すなわちエレノアを攫った」
うんうんと、真剣にメル父様の語るお話に聞き入っているオネェ様方。…実際は、ボスワース辺境伯が私を得る為に起こした騒動であって、王家に叛意があった訳ではないんだけど、ケイレブも王家も私の名誉とユリアナ領を守る為、話を合わせたのだそうだ。
「『公妃』ではなく、ましてや婚約者でもない娘を助ける為に、殿下方は己に罰が下るだろう事を百も承知で、愛しいエレノアを助ける為、婚約者達と共にボスワース辺境伯達と戦った。そしてエレノアも、そんな殿下方の見返りを求めぬ献身に心打たれ、彼らが婚約者に加わる事を承諾した…。とまぁ、こんな感じかな?」
「…いい話よねぇ…」
「滾るわ…!」
「是非、書籍化して欲しいわね!」
メル父様の話を聞き終わったオネェ様方が、ほぅ…と溜息をつきながら、ウットリと頬を染めている。…うん、確かに、一体どんな少女漫画だと言いたくなるストーリー展開だよね。私も当事者じゃなかったら、オネェ様方と一緒になって萌えていたかもしれない。
ちなみにこれ、円卓会議で王家と父様方が、膝突き合わせながら楽しく練り上げたストーリーなんだよね。
え?何で知っているのかって?だって私も殿下方や兄様方と一緒に、一部始終聞いていましたし。
んでもって、これ聞いた殿下方は「ちょっと!なんなんですか、その負け犬ストーリーは!!」「王家直系がフラれた話を、なんで拡散されなきゃいけないんだ!!」と大反発していたし、兄様方も兄様方で、「何だその純愛物語!見返り、思いっきり求めてましたよね!?」「ちっとも潔くねーじゃん!!下心満載だったし!!」と、散々喚いておられました。
「なーる程。確かにこれ聞いた男共は、『王家直系にも靡かず、愛する婚約者達への想いを貫く為、我が身を平民に堕とそうとした女性』って、感動するわよね。そんな女がいるなんて想像もしていないだろうし。その潔さ、まさに姫騎士!男にとってはロマンよねぇ…。それに、殿下方も同情票を得られるだろうし」
いや、その同情票、絶対要らないって思っていますよ。
「対して女共も、『国で最も高貴な存在が、身分をかなぐり捨ててでも、命をかけて愛する女性を守り抜く』…なんて話、大好物でしょうし?少なくとも、国民の絶大な支持を得られそうよね。…でも、貴族の方はねぇ…」
「うん。いくらその話に感動し、共感したとしても、やはり『公妃』の壁がある。…それにアストリアル公爵家や、その他の貴族達…そして、上位下位問わず、多くの貴族達が反発し、それを盾に抗議してくるに違いない」
メルヴィルの言葉に、エレノアが申し訳なさそうな顔でしょんぼりする。
だが実際の所、エレノアの思っているような「一貴族の娘が公妃にもならず、王家直系全員を婚約者にする」という事に反発している者は、王族の妃狙いのご令嬢がいる高位貴族や、貴族の慣習に煩い保守派などの、ごく一部である。
大体は「王家直系が全員婚約したら、もうエレノア嬢に手が出せない」事に対する反発であった。
特にそれを主張するであろう者は、レイラ・ノウマン元公爵令嬢と正式に婚約破棄した四大公爵家の一柱、アストリアル公爵家の嫡男、ジルベスタ・アストリアルであろう。
彼はグロリス公爵邸で、直接エレノアのあの廃嫡騒動を目の当たりにし、心を撃ち抜かれて以降、エレノアに求婚すべく、事あるごとにバッシュ公爵家にやって来ているのだ。(当然というか、オリヴァーがジョゼフに命じ、門前払いを喰らわせている)
ここで息子の援護とばかりに、アストリアル公爵までもが出てくれば、派閥の貴族達も一斉にそれに追従するだろう事は明白だった。
その誰しもが、「あわよくば恋人の一人にでもなれれば…!」「息子(孫)の嫁に…!」と、おこぼれ狙いをする気満々なのであろう。
欲した
「だからね。エレノアには正式に、『姫騎士』になってもらおうという事になったんだよ」
「はぁ?!」
そう言って、にっこりと極上スマイルを浮かべたメルヴィルに対し、メイデンやハリソン、そしてホステス達は、一斉に目を丸くしたのだった。
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自分の息子をからかうのが好きなのは、ロイヤルズ側でも同じだったようです(^^)
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