第十四章 大地の聖女

第235話 ヴァイオレット・ローズ再び①

「では、エレノアちゃんの新しい婚約者獲得を祝し、かんぱーい!!」


「「「「乾杯!!」」」」


カチン、キン…と、様々なグラスが合わさる音が響き渡る。


「あ、有難う御座います。メイデン母様。それにオネェ様方」


最近、すっかりお馴染みとなった『紫の薔薇ヴァイオレット・ローズ』では、オフモードのラフな格好をしたメイデンやホステス達がエレノアを囲み、各々好みの酒の入ったグラス片手にワイワイと談笑している。


ちなみに私は、店中のソファーを集めて楕円形にした宴会席の上座、ゴットファザー席に着座している。しかも、左隣にメイデン母様、右隣りにオリヴァー兄様を侍らせているのだ。なんと贅沢(?)なのだろうか。


メル父様とグラント父様はというと、オネェ様方の間に紛れてお酒を飲んでいる。メチャクチャ楽しそうで何よりです。


実は本日、『紫の薔薇ヴァイオレット・ローズ』は、館全体がお休みなのである。


そんな日に、なんで私がここに居るのかというと…。なんでも、グラント父様が「ちょっと相談したい事がある」とメイデン母様に問い合わせたところ、「エレノアちゃん連れて来るんならいーわよ」と言われ、月に二回ある完全休業日に合わせ、グラント父様、メルヴィル父様、私、そしてオリヴァー兄様がお邪魔する事となったのである。


そんな訳で真昼間からお邪魔したのだが、何故かお酒やらおつまみやらが山のように用意され、更には壁にでかでかと『エレノアちゃん、王族との婚約おめでとう!』の垂れ幕が掲げられていた。


どうやら事前に私と殿下方が婚約したことを知らされたメイデン母様やオネェ様方は、内緒でサプライズパーティーを企画してくれていたらしい。

あ、勿論私の前にはお酒ではなく、美味しそうなノンアルコールのカクテルジュースとお菓子が用意されてましたけどね。


そういえば、前回父様方とここに来た時も、『エレノアちゃん祝勝会』と垂れ幕が掲げられ、メイデン母様とオネェ様方に、キスや抱擁の雨あられといった熱烈歓迎を受け、山のようなお菓子とジュースが用意されていたっけ。何気に母様とオネェ様方って、お祭り好きなんだろうな。


ちなみに、クライヴ兄様、セドリック、アイザック父様は欠席。


「…いやまぁ…。親父とメル父さんがいれば大丈夫だろうし…」とは、クライヴ兄様。


「性の深淵を覗くのは、まだちょっと勇気が…。不甲斐ない男でごめん!」ってのは、セドリック。


アイザック父様は、単純に仕事が忙しくて休みが取れなかった模様。「あの陰険宰相野郎ー!!」って叫んでいたっけ。


ところでオリヴァー兄様だが、本当なら同じく欠席したかったであろうに、私への愛と意地で、今回頑張って付いて来てくれた。

それに休日なら、オネェ様方もいらっしゃらないだろう…という目論見もあったようだ。


だけど、オネェ様方はちゃんといらっしゃった。しかもお店自体がお休みだから、なんと全員集合。これにはオリヴァー兄様の顔も引き攣っていました。


兄様を目にしたオネェ様方の目がキラーンと光る。


「「「「あっら~!お兄ちゃん、いらっしゃーい♡♡♡」」」」


そして当然のごとく、オネェ様方の猛攻(揶揄いとセクハラ)の餌食となり、心身共にグッタリといった感じになってしまった。…兄様、ご愁傷様です。


「それにしても、流石は私の娘ね!まさか殿下方全員モノにするとは思わなかったわよ!」


そう言って、上機嫌に私の頭を撫でてくれているメイデン母様の言葉に、オネェ様方も一斉に頷く。


「そうそう!流石はエレノアちゃんよね!」


「本当よねぇ…。私達も姉として、鼻が高いわ!!」


「ほーんと!ほんと!ああ…。それにしても、相変わらずちっちゃくてフワフワしてて可愛いっ♡♡」


「は…はは…」


まるで我が事のように喜ぶオネェ様方。でも私の方は事情が事情な上、よりにもよって王族に対し『仮婚約』した後ろめたさもあって、笑顔が引き攣ってしまう。


でも殿下方との婚約の件、まだ外部に漏らしてはいけない筈なのに、なんでメイデン母様やオネェ様方はご存じなのだろうか?


「あらお兄ちゃん、飲まないの?」


そんな中、目の前に置かれたワイングラスに手も付けず、腕組み足組みしてブスくれているオリヴァー兄様に、マリアンヌオネェ様が声をかける。


「全くもって、めでたくもなんとも無いのに、祝う気になんてなれませんね!」


――…兄様。殿下方との仮の婚約が決まってからこっち、この話題になると、未だにめっちゃ機嫌が悪くなるんだよなぁ…。


いや、婚約自体は割り切っているんだそうだ。じゃあ何がそんなに不満なのかといえば、「過剰な婚前交渉禁止」になった事なんだって。…っていうか、言い方!!


実はこの世界、婚約者となった男性同士の関係を円滑にする為、どの国も大なり小なり、ある程度平等に女性と接するのが、暗黙の了解となっているのだそうだ。


あ、勿論、女性が「嫌だ」って言ったら出来ないらしいんだけどね。


まぁつまり、例えばオリヴァー兄様達が私とキスをしているのなら、婚約者となった殿下方も、当然私にキスをする事が出来る。

というか、キスとハグは婚約者の特権だから、婚約者になった時点で自動的に解禁になるんだそうだ。


更に、膝に乗っけてお菓子や料理をお口にあーん…。これはまぁ…。筆頭婚約者に優先権があるけど、女性が嫌がらなければ基本OK。というか、嫌がる女性なんていないらしい。…いや、私は未だに羞恥で死ねるから、出来ればやって欲しくないんだけどね。


つまりその論理で行けば、もし殿下方が「お風呂一緒に入りたい」って言って、私が「OK」すれば、入れる訳だ。だって、兄様方やセドリックとは入っているから。


――ええ、勿論却下です!!


兄様方やセドリックと入るのだって、いつ何時、鼻腔内毛細血管が決壊するか分からないから、出来れば避けたいってのに、よりにもよって殿下方まで一緒に入るだなんて、そんなの絶対、ご褒美なんかじゃなくて拷問ですよ!そんな事したら、真面目に私の血で湯が血の池地獄と化してしまうだろう。うん、断言できる!!


恐ろしい事に、もし私が兄様方やセドリックと着衣無しで一緒にお風呂入っていたとしたら、当然殿下方もそれをする権利を得られていたのである。…あ、危なかった…!!


兄様方やセドリック、私が殿下方と婚約する前は割と(私的には)スレスレのスキンシップを仕掛けていたからなぁ…(互いに裸で入浴とか。…未遂ですが)しかも聞けば、アレ以上を狙っていたとの事。…いや本当、あれ以上ってマジですか!?


…まあ、なんだ。ようするに、キス・ハグ・お口あーん・着衣付き入浴…以上のスキンシップを致すには、私が今以上に慣れなくてはいけない訳だ。


だって、いくら拒否できるとは言っても、あんまりにも殿下方ばっかり拒否するのは宜しくないし、それに何より申し訳ない。でも、ハグやお口あーんなら…まぁ…何とかなるが、一緒にお風呂なんて絶対入れない!血の池地獄、ダメ絶対!


一番良いのは、兄様方やセドリックとも、そういう事をしないって選択なんだけど、それは兄様方とセドリックから大却下を喰らった。


「で、でも!どこまでスキンシップしたのかなんて、言わなければ分からないんじゃないですか?」


そう言ったら、三人が三人とも私をジッと見つめた後、溜息をついたり首を横に振ったりしていた。


「僕達が言わなくても、君をつつけば一発だからね…」


「ああ。問いただした瞬間、即バレるよな」


「そこがエレノアの美点でもあり、欠点でもあるんだよね…」


…なんて、めっちゃ残念な子を見るような目をしながら言っていたけど、失礼だな!私だって、隠し事の一つや二つ…。うん、残念ながら無理だ。特にアシュル殿下のあの、ニコニコ笑顔とエロエロボイスで迫られたら、全てをゲロってしまう自信がある。


って訳で、オリヴァー兄様はずっと不機嫌な訳なんだけど、そんな頑なな態度のオリヴァー兄様に、メイデン母様が呆れたように声をかけた。


「相変わらず狭量ねぇ…。エレノアちゃん、あんた将来、絶対苦労するわよ」


「何を仰っているんですか?僕がエレノアに苦労をさせるなんて、有り得ませんよ」


「…いや、あんたのそういうトコなんだけど…。ねぇ、分かってる?」


流石のメイデン母様も、『万年番狂い』と称される、オリヴァー兄様の私への執着…もとい、凄まじい溺愛ヤンデレっぷりには引いていらっしゃるご様子。


でも、私的には「ああ、オリヴァー兄様だ」って、今では何だかホッとさえするようになってしまってるんだけど、それをメイデン母様にこっそり話したら…。


「エレノアちゃん…。あんたそれ、間違ってる!慣れさせられちゃって、麻痺しているだけだから!正気になんなさい!!」


って、超真剣な顔で諭されてしまった。…え?あれ?私、間違ってる?あ、オリヴァー兄様が極上スマイルでこっちを見てる。


「大丈夫だよ、エレノア。君は何も間違ってはいない」


「そ、そう…ですかね?」


「そうだよ。だから君は安心して、僕の腕の中に包まれていればいいんだ。僕の可愛いお姫様」


そう言いながら、優しく頬にキスをされ、ボフンと頭が沸騰してしまう。そんな私達を見ながら、メイデン母様が「末期ね…」と呟いていたのだが、それどころではない私の耳に、その呟きは入って来なかったのだった。



===============



お久し振りのヴァイオレット・ローズです!

そして、メイデン母様をも戦慄させる、オリヴァー兄様の万年番狂いっぷりも健在であります。

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